「Nintendo Labo」公開によせて

2018年1月18日、任天堂の新製品「Nintendo Labo」が発表されました。あまりに興奮してしまい、Twitter連投してしまったのと、前回のSwitchの時みたいに「こんなの全然売れない!」という世間の評価に対して、ちゃんと論評して未来を描いてみたところ、しっかり売れました。そういう未来が来てしまうと、あとで振り返るのはなかなか難しいので、回想録としてまとめておきたいと思います。

Switchはもはやゲーム機ではない、材料だ。

すっごい良くできた映像。どんな国の人にでも、段階を追って理解を積み上げながらわくわくできるようになっている。Switchはもはやゲーム機ではない、材料だ。
書籍「WiiRemoteプログラミング」の続きを書くときがきたかも?

Nintendo Labo(ニンテンドーラボ) 初公開映像

儲かるとか儲からないとかいう視点で見ている大人がいるけど、それは関係ない。京都任天堂とMAKE文化は正直とても遠いのに「子供の遊び文化への大いなる挑戦!」と評価したい。原価はとても低いし、消耗品、というか材料しか提供しないのだから安全基準、製造体制なども含めて。株価も上がっている。

「Switch」という名前は、遊びの文化へのスイッチONなのかもしれないし、もしかしたらこのプロダクトにおける電子部品としての「SW」という意味があるのかもしれない。

 

予測を上回る未来

個人的には寄稿「Switch、みんなが気付いてない10の未来」(2017/03/01)の予言が当たっていてうれしい。日経テクノロジーオンライン寄稿「Switch、みんなが気付いてない10の未来」(2017/03/01)の予言が当たっていてうれしい。 http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/feature/15/022100062/022100001/
(有料サイトですみません)

自サイトにてインデックスと無料版を公開しております
http://aki.shirai.as/2017/03/nintendo-switch-20170301/

「Nintendo Switch、みんなが気がついていない10の未来」
http://aki.shirai.as/2018/01/nintendo-switch-unknown-future/

関係ありそうなのは
1.Switchは「テレビゲームの歴史にトドメを刺す」
4.「何かゲームがしたい人」は結局なにも買わない
6.玩具の歴史であってゲーム機の歴史ではない
9.「Joy-Con」がひらく日本がアップルを超える未来
“Switch”という名前の本当の意味 などなど。
http://aki.shirai.as/2017/03/nintendo-switch-20170301/

リクエスト多かったので再編集しておきましたが長いので以下おもしろいところだけ抜粋。

一番手が抜けない場所がユーザー任せ

Switchが新たな将棋盤となり、触覚を主導にした触覚VRエンタテイメントが玩具の未来にあるとすれば、その開発をまず任天堂が最初に行ってユーザーやサードパーティに示すべきです。HD振動だけでなく、分離合体が可能なゲームコントローラー「Joy-Con(ジョイコン)」は、コントローラーをどう持つか、Joy-Conと組み合わせて使うガンやハンドルなどのオプション機器をどう組み合わせるか、画面とどう対峙するかまでをユーザに任せています。
ゲーム開発者の視点から見ると、「エクスペリエンスを作る際に一番手が抜けない場所」をユーザーに任せているわけで、開発者としては戸惑いもあると思います。簡単に表現すれば「カードゲームと同じ、トランプの持ち方まで設計しない」ということでもありますが、そのトランプで大貧民やブラックジャックといった「ゲームの遊び方」を示していく必要があるということです。ミニゲーム集「1-2 Switch」がまさにその具現化でしょう。

そんなわけで、Nintendo Laboは新たな遊びを開拓するために、ユーザにクラフトを預けることで、想像力のバトンをユーザに戻すのですね!

ちなみに、昨日、VR関係の桜花一門さんとこの手の話をしていたのですが、「ユーザに任せる」って発想がゲーム開発者側から出てくるにはとても勇気がいると思います。とても大事なことです。

STEAM教育とメディアアートと研究とLaboの関係

STEM教育、もしくはSTEAM教育について「チームラボの高須さんからシンガポールのSTEM教育について学ぶ」というエントリーを書いたことがあるのですが、STEM教育つまり”Science, Technology, Engineering and Mathematics” すなわち科学・技術・工学・数学の教育分野にアートを加えたSTEAM、でもやっぱりここには「遊び」が足りない。プレイフルであることを(日本の)教育の現場が供しないのもありがち。でも研究者はこの分野に果敢に取り組んできたのです。

例えば、神奈川工科大学 情報学部 情報メディア学科の鈴木浩 准教授(つまり同僚ですが)が中心に開発してきたプロジェクト「たたかえ!!僕らのシャドウロボ」はまさにNintendo Laboにインスパイアを与えたと見ます。
http://www.hsuzuki-lab.info/?page_id=87

SIGGRAPH Studio2013での発表
https://dl.acm.org/citation.cfm?id=2503673.2503688

LABO、MAKEやCAMPといった名前からも、これまでのモノづくりコミュニティへのリスペクトと、その先を提案する気持ちを感じます。

今後に期待!

この狙ったかのようなタイミングで、ニンテンドースイッチ向け「KORG Gadget」というゲーム感覚で音楽が制作できるアプリも発表されています。なんだか対戦ゲームっぽいこともできる様子。

 

日本のゲーム、デジタルモノづくり、メディアアートやSTEAM教育はNintendo Laboを刺激し、Laboはそれらを刺激して新しい才能を育てるものと考えます。素晴らしいです。

タイムラインでいろんな方々のご意見や興奮を収集しておきました。

http://aki.shirai.as/2018/01/o_ob-at-2018-01-18/

今後も何かあれば追記していきたいと思います。

追記

■「Nintendo LABOの熱狂がマジでわからない」と人はいふ

TVゲームの概念と市場をTVゲームから連続的にTVの前から引きはがすのがどんなに大変なのか?って話はTVゲーム開発者やVR開発者なら絶対わかる。

でも熱狂的なビデオゲーム信者にはわからない、枠の外が見えてないし、子供も見えてないからこれはしょうがない。LABOはそれを破壊しにかかっているわけじゃないから安心しよう。純粋に「インターフェイスを自作できる”だけ”」と考えていただいてもよい。HORIの仕事を自分でやれる、それだけでも「与えられたものしか遊べない支配」から子供たちは抜け出せるんだよ。

あと「クソ高いダンボール」という意見はわかる。
正直なところ、利益率90%の製品が飛ぶように売れてしまうぐらいでないと、30年成長しそびれたビデオゲームの負の思考をひっくり返すことは難しいと思う。
逆言えば、この価格でクリスマス商戦までもつなら、地殻変動が起きると思います。

この30年、ゲーム産業はソフトウェア産業としては成長し続けたのだけど、
でも玩具産業としては、新しいものはすべてゲームソフトがが潰してきた。
玩具とゲームが融合した形でソフト化した例はamiboだけど、これも他者が真似て失敗している。
LABOはKANOやlittlebitsの追従として見ても異様さはないですよね。

ユーザの自由なクリエイションや現実世界の物理を生かしながら、既存IPを生かす方法や、上手な箱庭を作る方法は、現在のビデオゲーム開発の現場においてとても重要、マリオメーカーしかり、マイクラしかり、VRなんてまさにそれ。

根拠もなく「売れないでしょ」って言っている御仁は、未来の「LABOを楽しむ子供の想像力」すらないオジサンだってことを認めるべき。
例えばamiboが「パイルダーオン」するようなゲームが出てきてやっとその価値や意味が分かるぐらいの想像力のなさ。一方で「ダンボールが邪魔」とかリアリストなんだ。

想像力がない人は「LABO」を買わないし、彼らが現在考えている遊びに想像力は必要がない。任天度としてもキャズム超えるまでは市場に寄与しないから特に気にする必要はない。

そしてクリエイションはエネルギーが必要。継続的に遊ばせる必要すらあるのかどうかも模索する必要がある。きっかけで十分。

まずは「ファミリーベーシック」や「ロボット」、「バーチャルボーイ」は「高嶺の花」でいいんだ。
でも、一生に一度でも触れておいてほしい。
そんな玩具を友人の家で遊んだことはないか?
月刊誌の雑誌の付録を一気に作り上げてしまった記憶はないか?

まずは、それでいいんじゃないかい?

値段の高さは気になるけど「買いたいけど買えない」それでいい。今の任天堂の社長がこの価格を判断したんだ、何か考えがあるんだろう。初期の極度な品薄とかね。

ちなみに任天堂の株価はこの2日で5%以上、100株でも持っていたら30万円は上げた計算。いいものをつくれば市場は評価するし、資本は動く。