日経テクノロジーオンライン「任天堂Switch、私はここに期待する」に寄稿した記事が2017年3月1日に公開されました。 http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/feature/15/022100062/022100001/ 以下、Web公開バージョンで紹介します。 なお、当時は「こんなハード絶対売れない!」という下馬評でした。ホントですよ! 1.Switchは「テレビゲームの歴史にトドメを刺す」 2.グラフィックス性能の向上で見えなくなる「何か」が明らかに グラフィックス性能を上げたら売れるとは限らない 3.テレビの奪い合い戦争が終焉する 遊びを遊びとして保つためには「やめる自由」が大事 4.「何かゲームがしたい人」は結局なにも買わない ゲームを買うのはソーシャルな理由 5.でもスプラファンは「スプラ2」さえ出れば満足 任天堂ハードで「○○専用機」は珍しくない 6.玩具の歴史であってゲーム機の歴史ではない 7.「1-2 Switch」こそが最注目タイトル 8.「VRエンタメ」の未来に「触覚VRエンタメ」あり 一番手が抜けない場所がユーザー任せ 9.「Joy-Con」がひらく日本がアップルを超える未来< “Switch”という名前の本当の意味 10.やはりSwitchは「テレビゲームの歴史にトドメを刺す」  

「Nintendo Switch、みんなが気がついていない10の未来」

  「Nintendo SwitchにはXXがない!だからダメだ」という噂をよく耳にします。 そうですよね。後方互換性もないし、今流行りのVRサポートもないし。 でも本当にダメなのでしょうか。   発売前のゲーム機ですから、開発者は「守秘義務」があり、知っていても何もいえません。本稿を真剣に読んでくれている読者さんに予め宣言しておきます、以下のお話は筆者の憶測です。しかしただの憶測ではありません。ちょっとした未来予測を込めたSFとして書いています。筆者がかつて2006年にWiiリモコンと出会い、2009年に「WiiRemoteプログラミング」という書籍を執筆させていただいたとき、Wiiに対する世間の当初の印象と、そのプロダクトが本当に持っていた価値とはずいぶん違う、ということに多く気付かされました。今回はそのようなハッカー・開発者・教育者・エンタテイメントVRの研究者としての視点から、未来予測フィクションを書きます。​題して「みんなが気がついていない10の未来」、です。  

1.  Nintendo Switchは「TVゲームの歴史にトドメを刺す」

TVゲームの歴史を終焉させる、つまりゲーム的に言えば「トドメを刺す!」ということです。物騒な書き方かもしれませんが、いわゆる「TVゲームのマーケットが縮小して…」という市場の話ではありません。俯瞰的にゲーム機の歴史を見ると、現在のTVゲーム据え置き機は「第8世代」、携帯機は「第7世代」ハードと呼ばれています(Wikipedia「ゲーム機」)。Nintendo Switchはこの歴史の中では「据え置き機の第9世代」かつ「携帯機の第8世代」というべきタイミングで登場することになるのですが、もしかするとこの年表はNintendo Switchの登場によって終焉を迎えるのかもしれない。その1つが「携帯機と据え置き機の融合」というちょうどネアンデルタール人とホモ・サピエンスのように「進化的吸収説」で歴史に終止符を打つのかもしれません。他にも様々な理由を挙げていきます。  

2. グラフィックス性能が向上すると見えなくなる「何か」が明らかに

  少なくとも、Nintendo Switchは「最新のゲーム機」ではありますが、「最高スペックのゲーム機」ではありません。CPUやメモリ、グラフィックスのスペックで最高を手に入れたいのであれば現在は間違いなくPCベースのVR Readyなハードウェアが最上位機種になります。ムーアの法則で語れるような半導体の世代交代モデルは既に様々な分野で特異点を迎えています。 ところでゲームハードはこの20年、リアルタイムグラフィックス産業において、世界で最も先進的なハードウェアの一翼を担っていました。例えば現在では一般的になっている「GPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)」という名称ですら、ゲーム機のグラフィックス戦争により生み出された語なのです。 1996年当時、世界で最も高速な3Dグラフィックスといえば、産業用グラフィックスワークステーション(GWS)を開発するシリコングラフィックス社(SGI)一強でした。当時の3Dグラフィックス、立体視やVRといった映像環境は、最低限の体験をするだけでも3000万円の予算が必要だったのです。その当時の任天堂はSGIのGWSと同等の能力を持つ第5世代ハード「NINTENDO64」を希望小売価格25,000円で販売しました。SGIと提携してRISCベースで開発したカスタムCPUをもち、当時に存在していた他のゲーム機をはるかに大幅に上回る高性能であり、競合機種の一つである初代PlayStationの搭載するCPUの約4倍の処理能力を持っていました。しかしゲームハードとしては大成功とは言いがたい印象がありました。CDROMが主流となるメディアが、ROMカートリッジである点もよく指摘されました(そういえばNintendo SwitchもROMメディアです!)。 しかしNINTENDO64は失敗だったのでしょうか。 ゲーム機はこの20年、グラフィックス市場を一変させ、NVIDIAとATI(現・AMD)を大きく成長させました。「GPU」という単語はPlayStation初代からPlayStation2の登場、DirectXによるゲーム機のグラフィックス戦争のさなかにあったNVIDIA「GeForce 256」(1999年)により生み出された語です。ゲーム機によって世界中で数千万、数億という単位で消費されるプロセッサ「GPU」は、グラフィックコントローラとしてPCパーツの一部として産まれ、3万円前後のゲーム機という畑で育ったのです。 その後のハードソフトを合わせた「ゲーム市場」は拡大し続けています。ゲームソフト市場は変わらず成長し続け、モバイル、特にスマホを舞台とするオンラインゲームサービスを含めた市場はこの10年間で高成長を続けています。その一方で相対的にTVゲーム、特にゲームハードの市場は微減し続けています。ここで、CPUやGPUといった「ハード性能が向上することによって市場が拡大する」という考えかたが幻想であることを見つめ直さなければなりません。シンプルに表現すれば「ゲームプレイヤーはグラフィックスを気にするが、グラフィックスが性能が上がってもゲームハードが売れるわけではない」ということを、任天堂ハードは20年かけて証明し続けてkているのです。一方でそれは「グラフィックスが汚くてもゲームが売れる」という話ではありません。「ゲームと映像の間にある重要な何か」への挑戦が重要なのです。Nintendo Switchによって、リアルタイムグラフィックスとGPUの歴史における「大切な機能」がまた一つ明らかになるかもしれません。  

3. テレビの奪い合い戦争が終焉する

  Nintendo Switchは家庭でのテレビの奪い合いを終焉させます。家族間のチャンネル争いだけでなく、拡大多様化する映像コンテンツ視聴の奪い合いも終焉させる技術が搭載されています。そもそも「テレビのチャンネル戦争」以前に、そもそも地デジ化・デジタル多チャンネル化以降、チャンネルは争うどころか物理的な視聴時間自体が足りなくなり、YouTube以降、非インタラクティブな映像コンテンツの視聴携帯は大きく変わりました。大学生と日々触れ合っていると「若者がTVという据え置き型ディスプレイデバイスを所有していない」という状況は否定しようがありません。今の若者にとっては「テレビのお笑い芸人」よりも「人気ユーチューバー」の方が影響力をもっていたりするのです。 さてこのような背景で任天堂ハードは「TVに繋いで遊ぶTVゲーム」というハードウェアを連続的に変質させるような根本的な変革を起こす必要があります。どうやってそんな変革を起こせるのか!多くの電機メーカーは「機器を買う人」のペルソナを中心に市場を分析しがちですが、任天堂ハードの特性として「自分で買わない人が主ユーザー」、つまり子供達であることに注目しましょう。今後のゲーム市場、ゲーム文化の支え役になるであろう若年齢プレイヤーのゲーム・プレイスタイルを設計することは今後の十数年に渡って影響があります。そこを設計しなければ、PlayStation PortableやPS Vitaのようにスマホと融合し「進化的吸収」の道を歩んでしまいます。それも仕方ないのかもしれませんが、「コアなゲームプレイヤー」が、PlayStationやアニメ視聴のためのハードディスクレコーダーと取り合いしている場合ではないのです。ゲームプレイヤーはゲームがしたいのです、テレビやスマホのUIに拘束されるべきではないのです。ここはゲームプレイヤーに向けて「あえて”TVゲーム”にトドメを刺す!」ということで様々な垣根も壊して新しいID(工業デザインとアイデンティティ)を示していかなければ、という気概も感じて欲しいと思います。 技術的にはNintendo Switchの「TVを前にプレイしている最中に、モバイルとしてゲームが続けられる」という点は大きな特徴です。ディスプレイデバイスをいつでも切り替えられるということは、サスペンド機能、つまり「いつでもやめられる」という機能を持っているということです。この「やめる自由を持つ・いつでも再開できる」という技術は、遊びを遊びとして保つための重要な要素であり、Nintendo DSをはじめとする携帯ゲーム機とスマホゲームが据え置き機を凌駕するきっかけとなったという見方もできます。PlayStationもOSの改善により、いつでもやめられるソフトウェア技術が成長していますが、Nintendo Switchでは、解像度ごと変えられるという大胆な設計です。ゲーム開発者は根底からそれを考慮して開発する必要があります。ハード的にはNVIDIA Tegra X1カスタマイズ版によって、ドックモードと携帯モードでディスプレイ描画解像度が代わり、携帯モードではGPU最大性能の半分程度しか出さない、という大胆な設計です。これはGPUの後の歴史から振り返ると、大きな転換点になるかもしれません。  

4. 「何かゲームがしたい」という人は結局何も買いたくない

筆者は大学生などを中心に長年「ゲームをはじめてプレイした理由」を調査しています。それによると、現在の20代が初めてプレイしたゲームは圧倒的に「ポケモンシリーズ」が優勢です。「Pokemon GO」の爆発的な人気を見てもそれは納得ができますが、筆者の興味はタイトルだけではなく「いつ、なぜそのゲームをプレイしたか?」という理由です。 大学や保育園・幼稚園等、様々な教育環境で調査したところ「ゲームをはじめてプレイした年齢」つまり、ゲームとのファートエンカウントは「4歳」が最も多く、その理由は「兄弟や友人などの話題についていきたい」というものでした。ゲームを開発する側の視点で考察すると、具体的に「ポケモンが面白いからプレイした」という記憶をもっている人はほとんどいない、という点は注目すべきで、ゲームデザインの良し悪しはファーストエンカウントにあまり影響を及ぼさない可能性が示唆できます。 実践教育学的に見ると4歳児はちょうど、自分と社会との関係を理解する年齢です。つまり非常にソーシャルな理由でゲームとのファーストエンカウントを達成するということで、現代のゲーム市場が”ソーシャル”ゲームであることを考えると今後もその傾向は続くでしょう。 さて4歳で友人や年上のきょうだいでゲームを知った子供たちはその後、親やサンタクロースにお願いするという方法で「話題についていきたいからポケモンがやれるゲーム機が欲しい」と明確に希望するようになります。「自分で財布を開き、購入する」という段階にはさらに遠く、中高生になっても「無料だからスマホゲームをやっている」という理由が明確に残ります。 つまり「何か(something)ゲームがしたい」と漠然と考えている子供達は、結局のところ「何かゲームを買いたい」という衝動には中々繋がりません。むしろ「無料で遊ぶというゲーム」を楽しんでいるプレイスタイルすらあります。「ゲーム機を買いたい」という気持ちを刺激するには、良いゲームが出ることが大事ですが、その次の決め手はソーシャルな理由であることをよく見極めておく必要があるでしょう。そういった意味で、Nintendo Switchのパーティプレイに適した設計と価格帯は大変よく狙った設計であると評価できます。  

5. でもスプラファンは「スプラ2」さえ出れば良い

センセーショナルなNintendo Switch発表以降、Google TrendsやTwitterなどの反応を見ていると、驚くほど「Nintendo Switch」に対する言及は少ないです。加えて「1-2 Switch」についての言及も探すことは難しいです。名前が一般名称すぎるという理由もありますが、むしろゲーム機本体よりも「スプラトゥーン2」、「ゼルダ」のほうが「Switch」よりも期待されていることを肌で感じます。 しかしこれは正しい任天堂ハードウェアの進化ではないかと考えます。WiiUを初めて店頭で見た時の子供達の反応は「デカっ!」でした。しかし「スプラトゥーン」が大流行してからの子供達の反応は全く異なるものでした。 Nintendo WiiUの代表作となりシューティングゲームの歴史も塗り替えた「スプラトゥーン」、2016年5月28のリリースから2年近くの人気が続いています。「スプラトゥーン2(以下スプラ2)」をWiiUで発売しないことは、狂気にも似た感想をスプラファンに与えています。振り返ると、現在のWiiUは「スプラトゥーン専用機」です。これではまるでファミコン登場以前のカセットを交換できずに単一ゲームしか遊べない「第1世代ハードウェア」のようではありませんか。しかし「カセットを交換できない」のではありません。交換したくない。「WiiUは最高のスプラトゥーンのためのハードウェア」で良いのです。 スプラファンにといってNintendo Switchは「スプラ2さえ出れば良い」、「トルネードをどうやって打つのか!だけが興味ある」という反応です。真のスプラファンにとって「スプラ2専用、3万円のハード」は高くはないはずです。なんせ現行の「WiiU+スプラトゥーンセット」はAmazonで45,540円しますから、おそらく比べても安くなります。なお筆者はユルめのスプラファンですが、現行WiiU本体とスプラトゥーンを合計3セット所有、イベントにも家族総出で参加します。唯一残念なのが、P2Pネットワークの設計です。大変高速で高度なネットワーク実装なのですが、同一LAN環境では快適な対戦ができないのです。快適な「スプラトゥーン2によるLANパーティ」が開催できるのであれば歓迎です。 さらに思い起こせばWiiの時代は市場においても「WiiはWii Fit専用機」でした。なかなか下がっていかない超ロングテールな「Wii Fit」人気は、一方では健康管理アプリの分野を刺激しましたが、一方ではサードパーティで参加しているゲーム開発者のため息を呼びました。新作ゲームを発売しても、Wii Fitの週間売り上げランキングを超えられないのですから! このようなサードパーティに冷たい状況を任天堂の開発環境を整備する側は意識しており、WiiUではUnityやHTML5による開発環境が整備されました。しかし任天堂文化の最大の問題は「開発者ライセンスの硬さ」とも言われています。それも体制が変わったのはつい最近のことですから、今後は期待できるかもしれません。 これまで述べてきた通り、発売前は色々と噂になりますが、きっちりとした品質の製品を提供していれば、ハードウェアの第一印象は普及後にはあまり意味を持たないのです(また今回も第一印象は「デカっ!」かもしれませんが…)。  

6. これは玩具の歴史。ゲーム機の歴史ではなく。

  さてここまで予測してきた通り、Nintendo Switchはゲーム機ではありません。今一度、Nintendo Switchの定義を「最新のTVゲーム」から「最新の玩具」に置き直してみましょう。だんだん未来が見えてきます。え?見えてこないって? 多くの一般の方にとって、玩具の技術は枯れた技術であり最新の技術ではないと考えるかもしれません。それは多くの玩具が「飽きられる、子供向け」という性質上、品質、バリエーションと利益を維持するために低価格の原価で抑えられているためでもあります。しかし「ゲーム機という玩具」は価格帯が異なります。高級かつ高品質、ソフトウェアとサービスが詰まっています。そして「高機能である必要」はないのです。例えば、過去の任天堂ハードにはブラウザもDVD再生機能も標準搭載されませんでした。今回もブラウザは搭載されないようです。PS VitaにはWifiに加えて3Gモデルが発売されましたが、Nintendo SwitchにはWifiしか搭載されないようです。これは任天堂ハードが「なんでもできる家電の中心」ではなく、純粋な遊びのための装置であろうとする意思を持っていると感じます。遊びのために余計な機能を追加することで、遊びを阻害します。そして全てがスマホに吸収されていってしまうのです。 任天堂はカルタや将棋の会社です。ファミコンカセットやポケモンカードはその遺伝子を引き継いでいます。Nintendo Switchは「TVゲームの呪縛」から解き放たれ、再度、ゲームを玩具という装置にもどし、新しい将棋盤を作っているものと考えましょう。  

7. 「1-2 Switch」こそが最注目タイトル

もしここまで読んで、Nintendo Switchを入手する気持ちがムクムクしてきたのでしたら、ぜひ「1-2 Switch」を一緒に購入しましょう。ゼルダとスプラ2も大期待ですが、筆者は「1-2 Switch」こそがSwitchの本質を占う最注目タイトルであると考えます。もうディスプレイすら不要。HD振動も思う存分味わえます。任天堂も本気です。2月中旬から大泉洋さんを起用したCMでプロモーションを開始しています(動画)。   「1-2 Switch」公式ホームページ https://www.nintendo.co.jp/switch/aacca/   これまでも任天堂は新ハードにおいて「メイドインワリオ」、「リズム天国」のようにシンプルかつ限られた機能でジョイフルなゲームタイトルを発売してきました。今回は全28種類のミニゲームが用意されています。  

8. 「VRエンタテイメント」の未来に「触覚VRエンタテイメント」あり

  Nintendo Switchがまだ「NX」と呼ばれていた頃、世間は「VR元年」となりHMDベースのVRエンタテイメントが大流行しました。当然Nintendo Switchにも「VRサポートはあるんだろうな」という憶測があり、それを否定された報道や発表があるたびに、Nintendo Switchへの残念だという意見が飛び交うようになりました。仮想的なライバル「PlayStation VR」だって20年来のグラストロンの経験を超えて実現した製品であり、そもそも任天堂自体「Virtual Boy」を1995年に15,000円で発売しています。 そもそもNintendo Switchの設計であれば、HMD対応は可能です。現状のWiiUだって、ヘッドトラッキングさえ実装すれば、HMDとしての利用は可能であり、非常に性能の良いワイヤレス画像伝送を実現しています。Nintendo Switchにおいては、子供達への安全と、それを実現するヘッドマウント部さえ設計できれば、製品や体験は実現可能でしょう。むしろ、ゲーム開発者やユーザ側に任されていると理解した方が良いと思います。 このようなVR研究を大学等の研究機関で経験したスペシャリストも任天堂の開発者にはいらっしゃいます。当然、様々な可能性を検討した上で、この設計なのでしょう。リアルタイムグラフィックスやHMD、没入映像環境などはVRの研究者としては当然の技術です。TVゲームからの脱却、映像が綺麗になっても面白くはならない、いっそのこと画面見なくても遊べるゲームつくったら?という意思で「VRでゲームを面白くするには」、それはまさに筆者が博士論文でテーマとした「触覚VRエンタテイメントシステム」です。そしてそれを実現する挑戦が、Nintendo Switchの「HD振動」です。 さてNintendo Switchが新たな将棋盤となり、触覚を主導にした触覚VRエンタテイメントが玩具の未来にあるとすれば、その開発をまず任天堂が最初に行ってユーザやサードパーティに示すべきです。合体可能なゲームインタフェース「Joy-Con」は、HD振動だけでなく、UI(ユーザインタフェース)の持ち方、樹脂等で作られるペリフェラル、ユーザがディスプレイをどう構えるか?までをユーザに任せていることになります。これらはゲームのソフトウェア開発者としての視点では「エクスペリエンスを作る上では一番手が抜けない場所」をユーザに任せているということで、開発者としては戸惑いもあると思います。簡単に表現すれば「カードゲームと同じ、トランプの持ち方まで設計しない」ということでもありますが、そのトランプで大貧民やブラックジャックといった「ゲームの遊び方」を示していく必要があるということです。「1-2 Switch」がまさにその具現化と考えます。特徴的な2作を紹介します。   ライアーダイス https://www.youtube.com/watch?v=Heg2x50O6cg       金庫破り https://www.youtube.com/watch?v=5hPibSI8YDo   非常に繊細な触覚をゲームに組み込んでいます。「HD振動」がどのようなハードウェアで実現されているのか、購入して分解するまでは謎ですが、技術的にいくつか想像できることがあります。まず、コントローラと本体の通信速度が非常に高い可能性があります。この辺りは実現しているゲームの速度や、触覚からも想像つきます。1秒間に60〜100回の更新で実現できる映像信号のレンダリングに対し、触覚レンダリングは1秒間に1000回以上の更新が必要です。HD振動がどこまで触覚レンダリングを実現しているのかは発売後でないと検証しづらいですが、合体分離可能なハードウェアであり、特許や前情報を拝見すると、電気や無線通信といった旧来の接続方式ではなく、光を使った通信で、NFCや無線給電を採用しているようです。少なくとも長時間遊ぶ人は「Joy-Con充電グリップ」は入手しておいた方が良さそうです。またゲーム機本体よりもJoy-ConのほうがamiboやNFCで培った任天堂のゲームハードのビジネスとして明確な感じがします。  

9. 「Joy-Con」が拓く、日本がAppleを超える未来。

  上記のようにJoy-Conは現在公開されている情報としての合体分離や「IRカメラ」だけでなく、反応速度、電源、接続性、タフネス…と驚くべきポテンシャルを秘めています。スポーツゲーム、釣りゲーム、いや「スポーツや釣りのVRエンタテイメント」を待ち構えている人々は期待して良いのではないでしょうか。 そしてこのJoy-Conをコアとしたテクノロジは、日本発のエンタテイメント・ペリフェラルの基幹産業を刺激する可能性があります。それは例えるならAppleがiPhoneで切り拓いた「スマートフォン」という市場を凌駕するようなインパクトがあります。たとえばAppleの   Apple Watchで触感フィードバックを実現するモーター装置「Taptic Engine」を製造する2つサプライヤのうちひとつは日本電産(Nidec)と言われています。アルプス電子も自動車用の触覚フォースフィードバック技術をゲーム用途に検討しているようです。先に紹介した「バランスWiiボード」のキーパーツであるフォースセンサはミネベアミツミによる製品で1台あたり4個使用されています。経済効果は当時の株主総会でも話題になっていたようで開示はされていませんが数十億円規模と推測できます。 ゲーム開発者やゲームプレイヤー向けにもうちょっと「わかりやすい昔話」をします。筆者がiOS用の新しいゲーム「王様スロット」を学生とともに開発していた2013年頃の話です。そのゲームは研究として「ディスプレイの外側で起きるエンタテイメント」を設計したものでした。簡単に言えば「王様ゲーム」のためのスマホアプリです。これを子供でもプレイできるかどうかを実験した動画が残っていましたので紹介します。   「王様スロットを5歳児で試す」 https://www.youtube.com/watch?v=iSPPBc0xTvU     このアプリは結局リリースされませんでした。当時のAppleの審査において「スマートフォンの画面内ではなく外部で起きるインタラクションを検証できない」という品質保証上の問題で懸念でAppleにリジェクトされたのです。IngressやPokemon GOが実現している現在では昔話でしかありませんが、日本のハードウェア製造業がこのような挑戦を許すでしょうか?最終製品を提供するメーカーが考える「品質」の中に「画面の外側まで設計、品質維持する!」という意思がなければ不可能です。そのような意思があるプラットフォームとハードウェアメーカーとの協業やその経験は今後、明確な違いが出てくると考えます。具体的にはミドルウェアやOS、APIの設計がその基盤技術になります。CRI・ミドルウェアはゲーム開発者向けに20年近くの歴史があるソフトウェア企業ですが、東大卒の博士所有VR研究開発者を数多く擁しており、触覚ミドルウェア「CRI HAPTIX」として、まるで音響ファイルを扱うようにインタラクティブな触覚を発生させられるミドルウェア製品を発表しています。 このような、コンテンツ開発を支える知見や経験がミドルウェアとして水平展開し、ゲーム業界が爆発的なエネルギーを持つ例は近年の「VR元年」におけるUnityやUnreal Engineなどのゲームエンジンにおいてすでに実証されています。 ゲームコンテンツ開発者はApple、ソニーやマイクロソフトといった競業他社のプラットフォームともマーケットを棲み分けつつ共存し、特殊なハードウェアをミドルウェアがつなぐ、そして生まれたハードウェアが、スマホやVRの未来を刺激する。任天堂が「Switch」という電子部品のような名前をつけた、もう一つの理由がここにあるようにも感じます。少なくとも、PlayStation VRを産み出したソニーと、Nintendo Switchを産み出した任天堂がどちらも日本の会社であることに誇りと興奮を覚えませんか?    

10. 最後に、 Nintendo Switchは「TVゲームの歴史にトドメを刺す」

Appleですら設計できなかった「画面の外のインタラクション」とその後のハードウェア産業の刺激も予言したところで、さいごに大事な未来を予測しておきます。それは「Nintendo Switchには最強のコピープロテクトがかかっている」という点です。 かつて任天堂はDSの違法複製ソフトウェアに悩まされました。Wii以降では「バーチャルコンソール」として公式エミュレータが提供されており、1980年代の懐かしいゲームがプレイできますが、おそらく「Nintendo Switchのゲームはコピーできないどころか、エミュレータも出せない」という表現が正しいと思います。NFCがついたゲームコントローラはamibo付きでゲームを売っているようなもので、任天堂とそれを流通させる店舗には確実な利益が保証されます。店舗は頑張って面白いゲーム体験をプロモーションして、コミュニティを醸成し、販売促進につとめることができます。つまりこれは「玩具」なのです。そして体験はコピー出来ないということを忘れてはいけません。 これまで「TVゲームの歴史を終焉させる」という、若干悲観的な話で未来予測を書きましたが、ひとえに「Nintendo Switchは良い方向にTVゲームの歴史にトドメを刺す!」ということです。旧人類と現生人類、ネアンデルタール人は身体能力では現生人類を上回っていたのに、長い年月を経て、現生人類に遺伝子的に取り込まれてしまったという説が有力です。スマホとゲーム機、玩具と映像、どちらがどちらの遺伝子を取り込むのか、短い時間では説明できませんが、そのどちらも「人類の歴史において最先端の楽しむための技術」であることは間違いありません。 いろんな意見、多様性があって良いと思います。まずは買ってみてから文句言ってみようぜ!  

略歴

白井暁彦(神奈川工科大学 准教授、VRエンタテイメントシステム研究者) 1992年 東京工芸大学 写真工学科卒業、1996年 同大学院画像工学専攻卒業。某大手ゲーム開発企業の企画に内定するが教授推薦でキヤノン(株)に就職、福島工場で生産管理を学ぶ。縁あってキヤノングループの英国ゲーム関連企業Criterionを経て2001年、東京工業大学総合理工学研究科博士後期課程に復学、2004年に『床面提示型触覚エンタテイメントシステムの提案と開発』で博士(工学)取得。(財)NHK‐ES、フランスLavalでのVRによる地域振興、日本科学未来館科学コミュニケーターを経て、現在、神奈川工科大学情報学部情報メディア学科准教授、国際基督教大学 非常勤。専門はエンタテイメントシステム、メディアアートの工学教育。国際学生VRコンテスト実行委員、Laval Virtual ReVolutionチェアマン、他。著書に『WiiRemoteプログラミング』,『白井博士の未来のゲームデザイン ―エンターテインメントシステムの科学―』など。