Satoshi論文で人類が得たもの、失ったもの。

松尾真一郎先生のSatoshiに関するMediumがすごく面白かったので久しぶりにブログ書きました。

“Satoshiが注意深く設定した世界の境界線” by @ShaneMatsuo https://medium.com/@ShinichiroMatsuo/satoshi%E3%81%8C%E6%B3%A8%E6%84%8F%E6%B7%B1%E3%81%8F%E8%A8%AD%E5%AE%9A%E3%81%97%E3%81%9F%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%A2%83%E7%95%8C%E7%B7%9A-cde3f8ffa0e4

いやあアカデミズム大事。フィンテック業界とかで括る前に、まずはセキュリティとか暗号方面の研究業界だって沢山あるわけですからね。

さてこの記事Facebookで床井浩平先生と國光宏尚氏がシェアしていて知ったのですが、この記事では「マイニングの報酬」とかビットコインによる価値そのもの、本当の価値については言及がないのですよ。

床井先生はそこに疑問を持たれていました。

「ビットコインの本当の価値はなんなんだろう?」

『価値なんて無いです、みんなそんな漠然としたものに回答も出せずにお金突っ込んでいたのですから濡れ手にアワなんですよ、だからバブルって言うの!』という回答は投機方面にはいいでしょうね。ちなみに泡じゃなくて粟ですけど。

ビットコインのマイニング価値としては電力と計算機パワー。これらの中国での原価からおそらく1BTCあたり40〜80万円が妥当と見られている情報もありますが、今後、中国政府のビットコインに対する取り締まりなどが強化されていくと、根底から評価替えが必要になるでしょうね。

そんな社会情勢、地政学的リスクで決まるなら、外為とあまり変わりないですよね。でもそれは違うかもしれません。

以下ちょっと長めの作文をしてしまったので、多少推敲してまとめておきます。

参考までにSatoshi論文の日本語訳を読んでおくといいかも。探せば沢山ありますが、こちらはとてもよく訳されていらっしゃいます。

ビットコインの原論文を読む

まず採掘と送金はそれぞれ別の報酬です。金に例えて採掘なのですが、その中身はSHA256などのハッシュアルゴリズムによる暗号生成です。ゴールドラッシュ時代と違って、掘った人が精製蓄財できるだけでなく、売ることも、送ることも、変動相場制の市場で売買することもとても容易です。

ビットコインの場合はブロック生成時間と理論的上限があるので、費やした計算機コストと電気代、1ブロックあたりの貢献度で決まります。送金は、完全採掘終了後も欲でドライブされていく事を想定して設計されています。

Meduim記事にこれが言及されていないのは確かに不自然で、原著には6章で触れられています。Satoshi論文の境界を越えている、と言えるのは数学的証明があるかないかかもしれませんが、それを言うとSatoshi論文は51%問題についてポワソン分布の確率関数を申し訳程度に解いているだけです。マイニングの難易度設定なども詳細がありません。

ただSatoshi論文には様々な有益な使い道や起きるであろう予測については断片的ではありますが、多くの記述があります。

Satoshiが本当に日本人であれば、ソニーやNEC、富士通の研究者(在外研?)であり、Pay-easyやマイナンバー、Felicaの問題点を解決しようと考えたものかもしれません。
*白井個人の妄想ですがWinnyを作った故 金子勇先生か、その近しい方ではないかと考えております。

特許出願をしてもいいけれど(多くの弁理士はこれは実装が伴わないシステム特許だ、と却下したがるでしょう)それはこの非中央集権的な発想に反して価値を根底から失わせ、面白くないなと思ったのでしょうね。

もちろんこの論文だけでマイニングソフトウェアを実装する事は不可能ですし、マイニングソフトウェアがオープンソースで開発可能なのも一般的には言及がないけれど重要な事です。

「本当の価値」ですが、多くの初期貢献者が名乗り出ることを避ける事になります。知ってしまってはいけない事、手に入れてしまってはいけない価値を手にしてしまうからですね。

そう言う意味で「本当の本当の価値」は、人々が中央集権的な通貨発行体による経済から支配されなくなる代わりに、別の何かに支配されるという事ですね。具体的には暗号生成コストと互助的なブロックチェーンの仕組みに財布を繋がれるということです。
小麦の農作物化に成功した代わりに、小麦に支配された人類とほぼ同じ事が起きています。
その前に日本人は犯罪者と国税庁に支配される直前にいる状態ですが。

以下追記。

ブロックチェーンにはその他にも沢山の実用上の弱点があります。たとえば、支払いに使うだけなら過去の台帳はたしかにハッシュにしてしまうので不要ですが、税金の支払いや銀行送金に使うのであればやはり必要です。

小口現金のような少額決済のためにビットコインを使うのか、税金のような支払い証明や銀行間送金に使うのかといった想定はたしかにSatoshi論文の境界を越えていますが、少なくとも10円玉が過去誰に使われてきたかを記録するデータベースに10円以上使うわけにはいかないでしょう。論文中にもそのあたりは言及があります。つまりブロックチェーンが「繋がっていて、正しい」ということを高速に保証するのと「過去を全て記録する」のは根本的に異なります。

人類のDNAが過去の祖先から繋がっていて「人類の父親は童貞ではない!」ということを証明することはできますが、人類が過去見聞きして来たことを全て残すことはできないのと同じ事ですね。

「小麦による支配」という話は『サピエンス全史』からの引用ですが、やはり過去の人類も、狩猟の時代から、農耕の時代に移る時に色々な痕跡を残しているようです。狩猟時代の方が健康で、食の偏りがなく、移住がしやすかった。一方でジャガイモやトウモロコシの農作物化に局所的に成功することで、安定して食料を得るグループが生まれる。安定して食料を得ることで、早く離乳しより多くの子供が増やせる。
それにより、旧来の生活を送っていたグループにも影響が出ます。追いやられて行くか、農産物を育てるか、奪い取るか。

いまの仮想通貨と呼ばれる暗号通貨の狂想曲はまさにそのような状況にあります。
このチェーンに繫ぎ止められたのは、他でもない人間の欲望と計算機資源と電力というエネルギーです。「中央集権的」と言っていた頃は、まだ一部の人間がコントロールをしていました。中央集権的という話は国だけではありません。Suicaだって、ストア用のリーダーを誰でも持てるならば、満員電車でスリ行為がいくらでも行えますが、そうはなっていません。そこの品質管理を価値としている存在がいるという事です。暗号通貨の場合は、マイニングソースコードの管理と計算機力と電力と通貨を支えるコミュニティによって互助的な関係で暗号通貨は盛り上がって行きます。しかし、冷静に現在の仮想通貨と呼ばれているシステムの設計や利用状況を見れば、宛先を間違えればどんなに高い金額でも一瞬で消えて無くなりますし、イーサリアムのようなスマートコントラクトが可能な分散計算機ではなくあえてビットコインやBCHといった「悪化が良貨を駆逐する」状態です。

人類は、このように、情報や効率といった欲のために、より不安定で不健康な選択肢を選んでしまう生き物なのです。

さて大学などの研究が「世の中に役に立つ/立たない」といった水掛け論が聴こえて久しいですが、さてSatoshi論文で人類が得たもの、失ったものは何でしょうか?すでに経済的な価値を超えていると思いませんか?

本当にすごいことは、役に立つとか立たないとか、そういうレベルの話では無いのです。
本当の意味での革新、馬鹿げた事、世界をひっくり返すような考え。名前がSatoshiなだけですが、日本人的な名前からこんな事が起きている事にワクワクしますね。

追記の追記。

ICOは…ネズミ講というよりも先に「風説の流布」で捕まる人もいるかもしれないですね。

暗号通貨でネズミ講に当たりそうなのは「NEMのスーパーノード」に代表されるノード運営ですね。実際にはセキュリティ知識もサーバ運用知識もほとんどない人々が立ち上げていますので近いうちに問題が出るでしょう。
不労所得への甘い誘惑がミームとして人類に寄生しています。