今年で7年目になる長い付き合いのとある博士学生から進路相談を受けたので、 「ポスドク」という進路についてまとめて書いてみます。 ポスドクをNHKとフランスでやってみた感想としては。 やっぱりD2-3の間に、就職に関する大まかなビジョンは持ってた方がいいです。 実際のところ、先生とか周りの人(同じ大学の院生-助手)は、すでに浮世離れし ていることが多いので、あまり参考にならないと思います。 私の場合は、本当に家族を養わせる金がなかったので、無理やり働きましたが、 実際には「5年先のキャリア」ぐらいを常に考えていたほうがいいでしょうね。 それから、日本の博士の大学院生に限って言えることですが、 ・一般企業が博士を受け入れる風習がない ・企業内で博士を評価できない ・企業内でも孤立しがち ・博士もち研究所勤め→管理職/大学に再就職というキャリア ・日本企業×大学研究室の産業形成が小規模 …なんていう特徴があります。 この環境は、容易に大学院・博士学生の「スキル低下」や「スキル評価不能」と いう状況を招き、結果、学生本人の時間の浪費を生んでしまいます。 例えば米国の場合は、企業→研究室といったコラボレーションが多いのですが、 企業→研究室にはお金が動きます(研究協力費)。で、研究室→企業には、明確な 成果、具体的にはソースコードや論文共著、そして博士学生のインターンシップ が含まれます。さらに、学生の働きが悪かったり不安定だったりした場合の責任 は、もちろん学生本人も取るわけですが、実際には教授自身がコーディングする なりして、結果を出します。 つまり教授自身のプログラミングスキル、学生のスキルなどが、明確なので企業 は研究室にお金を出せます。これはMITとかCMU、UCLAなどで見かける方式ですね。 別の例では、学生自身が、企業に対して明確なプロジェクトを提案し、企業の中 で自己実現、科学的アプローチ、論文・外部発表などをする例があります。これ は日本でも、担当の指導教官がYesといえばいいことなので、成立します。とに かく学生自身が人脈と、キャリア意識を持って成果を出し続け、学会等に参加し ている場合、ありえるとおもいます。 さらに最近では「MERL式」とでもいいますか、研究所自身のストラテジとしてイ ンターンシップ学生を期間従業員のようにうまく使う例があります。1月の SIGGRAPH投稿時期にむけて、3-6ヶ月だけインターンシップ(好条件!)で雇い入 れて、投稿が終わると一旦大学に戻り、学位関連の論文や授業をこなします。3 月にSIGGRAPHから晴れて採択通知が来て、7-8月にまた集中してデモを行い、9月 から晴れて、正社員としてMERLの研究職に着く、というパスです。これは少ない 予算でも、「とにかくSIGGRAPHで有名になる!」という意識がある研究所、学生 にとってHappyなシステムだと思います。 フランスは日米のそれとはちょっと違いますが、やはりインターンシップ依存率 は上がっています。逆を言うと、研究室で毎日ブラウザをつついている学生は、 3−4年では卒業できず、最後にはドロップアウトしてしまうことが多いです。 結局、情報処理関係の研究分野は企業の経済活動、コンシューマアクティビティ や、そのスピードに非常に近く、研究室でどっかり座っているだけだと、なかな か追いつかないし、世間ズレしてしまうことが多い、ということです。 もちろん指導教官、教授のセンスやスキルが高く、企業からのニーズに応え、 シーズと学生のモチベーションをよく捉えて、学生の体験にうまくいかせるなら 話は別です。ズレるどころか、うまくいくことも多いと思います。 まあそんな状況はともかくとして、ポスドク研究員の話に戻しますが。 ポスドク研究員生活ですが、これは人によります。 基本は年俸制なので、働こうが働くまいが給料は変わりません。普通は増えません。 さらに、国の研究所などではなく、プロジェクト付けなどの場合は、必ず終わり がやってきます。この「年限」というのは重要で、仕事の内容にも大きく関係し ます。例えばその研究グループが5年ごとの予算で動いていたとして、3−4年目 以降に配属するのは、制約が多くてあまりお勧めできません。1−2年目、できれ ば立ち上げ時に呼ばれるのが最高だと思います(普通はそんな話はない)。5年目 に呼ばれると、もう仕事内容といえば、デモ作りや他人の実験結果を使った論文 書き、そしてむやみに多い報告書、発表会資料作りです。さらにいうと、半年も しないうちに就職活動を開始しなければならなくなります。 基本的には目の前に、アカデミックポストがあるなら、どんなに魅力的な条件で あってもポスドクを選ぶべきではないと思います。アカ→ポスはよっぽどのこと (たとえば帰る約束があるなど)でなければ選びません。そしてポス→アカは、 一般的な予想以上に狭き門です。 ☆ここでいう「助手」は「助手≠アカポス」です。「研究?なんですかそれ?」的 な大学の助手は「アカデミックなポスト」とは呼べません。指導や会議、教育に 関わる雑用が多すぎますし、予算は出しても通らない。キャリアに対する希望な んて、本当に持てません。だからといって有名大学のアカポスに「ポン」と入れ るほど世の中甘くないです。JRECINで公募されているものは最低でも10倍の競争 率は覚悟してください。 一番お勧めなのは、何よりもまず、早く、学位取得後の自分のキャリアパスを考 えることです。 次に「博士の学位は5年で紙になる」という俗説を覚えておくことです。 博士になる前後は「博士」でいられますが、5年もすれば「ただの人」として評 価されます。 実際の年齢やスキルも30代半ばですし、企業のエンジニアでもそろそろ現役→マ ネジメントに移る年齢になります。 そういったときに「今までの5年間、何してきたか?」がすべてになります。 企業のエンジニアであればマネージャーですが、紙になった博士の学位しかない のでは、本当にお先真っ暗感がありますね。 つまるところ、自分しだい、ということになります。 私の場合は、NHKに居たときは、まさに国家予算のプロジェクトの最終期で、デ モ作りや論文書きが多く要求されていました。が、新しく小さなプロジェクトを 自分で立ち上げて、成果と成果をつないだり、新しい成果を生み出したり、土日 には自分の博士論文を書いていました(これはきつかった)。所属とはまったく関 係のない、ピンで書いた論文が、論文賞を取ったこともありました。 でも死ぬほど大変でした。事実、体はよく壊してましたし。休みもないし。 長くなったので補足しつつまとめると。 ・アカデミックポスト(具体的には助手)のほうが、数倍いいポスト  第一、予算の使い勝手がぜんぜん違いますし、予算の申請書出しても、ポスド クだと「年雇い労働者」なので、なかなか通りません。 ・ポスドクで何するか、そのあとどうするか、明確に見えてないならいいポスト じゃない  1年間何もしないでも、給料だけは保証されている、が、その先は保障されて いないポスト。つまり、その間に、今まで以上にちゃんと就職先を探す努力をす る必要がある。 ・博士在学中に企業内でインターンシップがやれるなら、そっちのほうが数段い いポスト  もちろん学位とり終わってから採用してくれるなら、それはそれでいいんです が、日本式の採用システムだと会社に入ってから「こんなはずじゃなかった!」 と思うこともあると思います。直属の上司や会社の雰囲気をつかみながら、学位 に関連したインターンシップがやれるなら最高の最高です。 経験だけの感覚ですが、やはり修士はM2の夏、博士はD2の秋あたりが、もっとも 「売り手市場」な気がします。それを逃すと、あとは全部「買い手市場」にな り、卒業後のポスドクは「常に就職活動」をすることになる、と覚えておくとい いです。 もちろん「買い手市場」でも、実力がずば抜けてあり、かつ性格もよく、かつ人 脈もあり、自己マネジメントがしっかりしている…なら心配はないと思いますよ。 またもしアカデミックポストを最終就職先に考えるなら、キャリア以外に意識し ておきたいのが、多くのアカデミックポストが「人柄>人脈>性格>成果」であ ること。間違っても「成果>人脈>人柄>性格」ではないと思います(あくまで 意識上の問題、成果は当然必要)。 成果ばっかり追求して、他人を蹴落とすタイプは、オファーの種類も限られてき ますし、実際に職についても虐められるのが日本社会の風土な感じがします。偏 見かもしれませんが(新設学科などは別)。 がんばってください。