[![Image009.jpg](http://blog-imgs-42.fc2.com/a/k/i/akihikofr/blog_import_4f563d7a15ce5.jpg)](http://blog-imgs-42.fc2.com/a/k/i/akihikofr/blog_import_4f563d7a2ab8e.jpg)

近所の気になっている文房具店に入ってみる。 ビーズアクセサリー用のビーズがきれいに棚に収まっている。美しい。 かなりしっかりそろった広い店舗の文房具屋だったのだが、そこで日本製折り紙をみつけた。 だいたい日本で1-200円で売られているものが6-7Euroで売っている。 まあその価格自体には何も驚きはないのだが、結構な種類が置いてあることに軽く驚いた。 しかも折り紙の説明書や関連した書籍は全く無し。 おそらくこの折り紙の大多数は折られることなく、独特の「和風なもの」として扱われてしまうのだろう。 まあ日本だって折り紙を折り紙として使う子供なんて大多数は千羽鶴ぐらいしかないのかもしれないけど。 そういった意味ではこの写真の下に写っている毛筆も同様。 以下、本日、毛筆に関連して、別のエピソードがあったので紹介しておく。 大家がリフォームして新しく人に貸そうとしている部屋を下に住んでいるネパール人カップルと一緒に見学したのだが、そこですごいものを発見。 「あ」 と一文字書かれた、お世辞にも上手とはいえない習字紙が掛け軸?になっている。 なんというかその下手具合は、何年も筆に触れていない日本人の書初めの練習のような感じ。 こともあろうにその日本語のアルファベ第一字をみながら 「いいわよねー日本の文字」 とかいって惚れ惚れしている。 比較的信頼を置いていたネパール人女子も「Oui」とか言ってる。 いやマジ勘弁だ、クレイジーだ。 (ネパール女子については調子を合わせただけと信じたいが) 私にとっては壁に「A」とか落書きしてあるようなもんである。 確かに「愛」は「あ」で始まる。 フランス語の愛「Aime」も「A」で始まるけど、 そこまで展開するには、正直、過大な想像力が必要だ。 というかそれ以前にこの目の前にある「あ」の字は下手すぎる。 書画というよりも練習、すでに日本人の美意識ではクズカゴ行きである。 なのにこれは「美しい文字」なのである。 今すぐそこの文房具屋で筆と硯と半紙を買ってきて、 「とめ・はね・はらい」について語りながら 延々と「永」の字を100枚ぐらい書いてやろうかとも思ったが、 なんだかそんな方法で「お国自慢」をしても全く無意味だし、おそらく理解されない。 というか彼らにとって「東方の異国」の雰囲気が感じられればそれで十分なのであって、 それが美しいと思うかどうかは本人の自由なのである。 そういう意味ではフランス人全般はともかくとして、 大家のジャポニズムについてはフランス人の アートの自由さ、価値観の自由さについて深く考えされられる。 ただ、私がこの部屋に住むことになったら、まずその掛け軸ははずすけどな。 それが私の自由。 だって、部屋に「あ」とか1文字だけ毛筆で書いてあったらなんか不安になるじゃないですか。 申し訳ないので、その跡に毛筆でセディーユを書いておいて置くか。 「いいわよね~このCの下のにょろっとしたやつ…!」とかいって。