京都の世界遺産「下鴨神社」の一角で,日本人の隠者文学を象徴するような奇跡のコラボ漫画に出会った

今日は珍しく旅ブログ&書評ブログ.
法事があって京都探訪中.世界文化遺産「下鴨神社」の糺の森(ただすのもり)一角にある河合神社の売店にて,水木しげる先生の「方丈記」(2013/4/25発行,小学館 創業90周年企画・マンガ古典文学シリーズ)を入手したのだけど,これは思いがけず名作だったので紹介します.
http://amzn.to/24AEci7
方丈記: 創業90周年企画 (マンガ古典文学シリーズ)
鴨長明「方丈記」は日本人なら誰でも知ってそうな古典文学,それを水木サンが鴨長明の一生を「方丈記」に乗せて漫画化する216ページの超読み応えある作品.
(ちなみに「方丈記」その原文も巻末収録されているが26ページ,年表などの資料もある)
水木しげるといえば「ゲゲゲの鬼太郎」を代表とする妖怪漫画が有名だろうだけど,紙芝居作家として積み上げた水木さんの演出力は大変勉強になるし,自然災害や疫病,政治不安に振り回される時代背景,鴨長明の心境と,お亡くなりになる直前の水木サンの人生がオーバーラップするシーンがあり,またSF作家・荒俣宏による巻末解説などもあって,日本人の隠者文学を象徴するような奇跡のコラボ漫画.表紙の琵琶を弾いている鴨長明がまた味わい深いです.

ところでちょうど今週は,尊敬する原島博先生が「隠居」についてTwitterでつぶやかれていて,モヤモヤしながら共感するところもありました.

http://harashima-lab.jp/twitter/2016/05/07/2016-05-01-05-07/

僕は若い時から隠居することにあこがれていた。そしていま、古希を過ぎてそろそろ隠居してもいい年齢になったのに、それができていない。なぜできないのだろう。そもそも隠居とはどのような生き方を言うのだろう。

隠居とは、もう一度子どもの気持ちに戻ることだ。言い伝えによると、良寛は縁側に遊びにきた子どもたちと鞠つきを楽しんだという。僕の隠居のイメージはこれに近い。子どもたちと一緒に、あるいは子どものような気持ちでいる人と一緒に、無心になれたら嬉しい。無邪気になれたら嬉しい。

私も若いころから,隠居に憧れていて,相模原の片田舎やフランスのLavalに住んでいるのはそんな理由かもしれないです.

「方丈記」にも,そのような一説があります.ちょうど長明が方丈庵をつくって山に篭った頃です.

[古文]
また、麓に一つの柴の庵あり。すなはち、この山守(やまもり)が居る所なり。かしこに、小童(こわらわ)あり。時々来たりて、あひ訪ふ(とぶらう)。もし、つれづれなる時は、これを友として、遊行す。かれは十歳、われは六十。その齡(よわい)、ことの外なれど、心を慰むること、これ同じ。或いは茅花(つばな)を抜き、岩梨を採り、零余子(ぬかご)を盛り、芹(せり)を摘む。或いはすそわの田居(たい)に至りて、落ち穂を拾ひて、穂組(ほぐみ)をつくる。もし、日うららかなれば、峰によぢのぼりて、遥かに故郷(ふるさと)の空を望み、木幡山(こはたやま)・伏見の里・鳥羽・羽束師(はつかし)を見る。勝地は主なければ、心を慰むるに障りなし。歩み煩ひなく、志遠くいたる時は、これより峰続き、炭山を越え、笠取を過ぎて、或いは岩間に詣で、或いは石山を拝む。

[現代語訳]
また、山の麓には柴で造られた一軒の小屋があった。山の監視人が住んでいる、屋根を雑木の枝で葺いた粗末な小屋である。そこに男の子がいて、時々、私の庵に訪ねてくる。手持ち無沙汰で退屈なときには、この男の子を連れて山野を遊び歩いた。彼は10歳、こちらは60歳の老人。年齢差は非常に大きいが、一緒に遊んでいて気持ちが慰められるのはお互い同じである。

野山を歩きながら、茅の花芽を引き抜いたり、岩梨の実を採ってみたり、零余子(むかご)をもぎ取ったり、芹を摘んだりしていた。あるいは、山裾にある田んぼにまで出かけて、稲刈りの後の落ち穂を拾って穂組を造って、神様にお供えしたりもした。天気が良い晴れた日には、峰によじ登って遠くに故郷の景色を眺めたりもした。木幡山・伏見の里・鳥羽・羽束師の方角を懐かしく眺めた。(唐の詩人・白楽天がいうように)景色の美しい土地は地主のものではなくて、景色の情趣・感動を愛する者のものなので、景色を楽しむ分には何の差し障りもない。

※方丈記の原文・現代訳はこちらをご参考させていただいております.

原作では10歳の少年を友としているのですが,水木さんのマンガでは(他の資料から調査したのでしょう),より詳細に描写されています.

本書第11章「遁世」(p.188-191)より引用(筆者撮影)

方丈記 第11章「遁世」(p.188-191)より引用
方丈記 第11章「遁世」(p.188-191)より引用

また「勝地は主なれば,心をなぐさむるに障りなし」とは,唐代の詩人の引用ですが,京都のこの地にいると,まさにそれを味わうことができました.

 

私はまだ若いので(今日はたまたま法事のため,珍しく心平らにブログを書いていますが),
なかなか「隠居とは何か」といった心境に悩む時間はありません.
いや,悩んではいるのですが,仕事や子育てが忙しくて悩まずに済んでいるだけです.

原島先生のようなつぶやきを読み,もやもやしてしまっていたのですが,
水木サンと鴨長明がこんな風に描写してくれています.

 

本書第13章「『方丈記』成る」(p.208-211)より引用(筆者撮影)
方丈記 第13章「『方丈記』成る」(p.208-211)より引用

方丈記 第13章「『方丈記』成る」(p.208-211)より引用

そもそも、一期の月影傾きて、余算の山の端に近し。忽ち(たちまち)に三途の闇に向かはむとす。何の業(わざ)をかかこたむとする。仏の教へ給ふおもむきは、ことに触れて、執心なかれとなり。今、草庵を愛するも、とがとす。閑寂(かんじゃく)に着するも、障りなるべし。いかが、要なき楽しみを述べて、あたら時を過ぐさむ。
[現代語訳]
さて、私の人生も晩年を迎えており、西に沈もうとする月が山際に近づいているように、余命はもう僅かとなっている。すぐにも、臨終の時が訪れて、三途の闇に向かおうとしている。今更、自分の悪業を愚痴ったり嘆いたりしても仕方が無い。仏が説かれた教えの本質は、何事にも執着心を持ってはならないということである。
そうすると、今、この草庵での生活を愛していることも、罪となってしまう。静かで寂しい暮らしに執着するのも、仏道の悟りの妨げになるのである。どうして役に立たない楽しみをつらつらと述べて、残り少ない時間を浪費しようとしているのだろうか。もうそんな無駄な時間を過ごすべきではない。

時に建暦の二年(ふたとせ)、弥生の晦日比(つごもりごろ)、桑門蓮胤(れんいん)、外山の庵にしてこれを記す。
建暦二年の3月の下旬に、鴨長明(蓮胤)が音羽山の草庵にしてこの文章を記した。

本編には何故か収録されていませんが,方丈記巻末の句です.

『月かげは 入る山の端も つらかりき たえぬひかりを みるよしもがな』

月影が山の端に消えようとしているのは、我が寿命が終わるほどにつらい感じがする。
終わらない光を見たいと思うのは、人間の尽きることのない『煩悩・執着』というべきものだろう。

1212年,鴨長明58歳.没年はその4年後,享年62歳.

水木サンはこれを2013年のManga Generatorコラボさせていただいた頃に描いていらっしゃったのか!しかも91歳で!と思うとムネアツです.

 

なお水木しげる氏の一生としては「水木しげるの泉鏡花伝」(2015)が最終遺作のようなので,本作「方丈記: 創業90周年企画 (マンガ古典文学シリーズ)」はその1つ前ということになりますね.Amazonで調べてみると本作は「方丈記/水木しげるの泉鏡花伝 (水木しげる漫画大全集)」として,第92巻,2018年発刊予定の最終巻に収録されるようです.

方丈記/水木しげるの泉鏡花伝 (水木しげる漫画大全集)

 

さて,糺の森も新緑が大変美しかったので,写真で紹介します.
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ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。(「方丈記」冒頭より)

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糺の森の一角にある河合神社に「長明の方丈」が保存されています.

ちなみに「方丈記」の「方丈」とは一丈四方の正方形の部屋のこと.一丈は約3メートルなので約9平方メートル.

もちろん現物ではないと推測しますが,サイズ感やみすぼらしさは際立っており,実サイズを見ることに意味はあります.

解説を読むと,完全に分解して持ち運べるそうで,移築可能なモバイルハウスとしてみると感慨深い.なんてスマートな暮らしなんだろう.

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なお若い女性にとっては,河合神社は「かわいい」で掛けたのか,「美人神社」で有名らしく,こんな鏡絵馬も.

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鴨長明の精神どこへやらですが,顔だけ描いてある鏡絵馬を買って「お化粧処」でお化粧して奉納します.自分の化粧品で描く人もいるようです.

これはこれで個性が感じられていいですね.
<所在地・アクセス>
京都市左京区下鴨泉川町
(市バス「下鴨神社前」下車すぐ
京阪本線「出町柳駅」下車徒歩15分
叡山電鉄「出町柳駅」下車徒歩15分)
http://www.shimogamo-jinja.or.jp/