ICU講義「コンピュータゲーム」最終課題まとめ

草原真知子先生のご紹介で国際基督教大学(ICU)での非常勤講師「コンピュータゲーム」を担当し始めたのが、たしか2009年だったと記憶しているので、もう7年目になるだろうか。

ここ数年は春学期に開催し、IVRCへの挑戦なども行っていたのだけれど、プレゼン審査で通ったとしても、その後の展開が難しいし、私自身が審査委員も兼ねていることから、ものすごく忙しくなってしまう上に投稿件数が増えるということ以外にメリットがない。そのため2015年度はもともとの開講期である秋学期の月曜日に変更した。

秋の深まりを毎週感じられるICU三鷹のキャンパスも美しく、また今年度も大変、興味深い、個性的な学生が多く存在した。

例年であれば課題はすべてFacebookやメール上でクローズに共有しているのであるが、今年度は「面白さをシェアする」という目的で希望する学生については積極的にシェアできるよう、ご協力をお願いした。

毎年の講義は内容を変えているので参考になるかどうかは保証がないが、以下、講義の内容や「学生視点でのおすすめ」をまとめてみたので振り返りの機会としたい。

まずは学生Hさんのブログより。

哲学言語学メジャーの上位学年だけあって、なかなかよくかけている。

http://harutoshimoda2.blogspot.jp/2015/11/blog-post.html

講義「コンピュータゲーム」で学んだこと

この講義では「エンターテイメントシステム」という概念を様々な角度から考えました。この授業を受講するまで「エンターテインメントシステム」という言葉すら私は知りませんでしたが、授業では豊富な実例を交えながらその内容に迫りました。白井先生によれば「エンターテインメントシステム」とは「人々の娯楽に作用するようにデザインするシステム」だと定義されます。重要な点は、エンターテイメントシステムはシステムであるので、映画やゲームソフトなどコンテンツそのものとは区別されるということです。コンテンツとコンテンツをどのように享受するのかといった環境まで含めてエンターテイメントシステムだということです。例えば、動画そのものはコンテンツだが、ニコ動やyoutubeなどの動画サイトは動画に対するコメントやオススメ動画の表示などユーザーに対してコンテンツを楽しむための環境を提供しています。このようなとりわけ双方向性のあるサービスはエンターテインメントシステムだと言えるのです。
さて、この授業で学んだことは大きく二つに分けることができると思います。第一に、「エンターテインメントとは何か」という人間に関する要素。次に「エンターテインメントを可能にするシステムにはどのようなものがあるか」という技術、設計に関する要素です。我々受講生はこの二つの要素を様々な実習課題を通して考えました。

「エンターテインメントとは何か」

まずは「エンターテインメントとは何か」の部分です。

この授業は「遊び」とは何かという哲学的な問いからこの授業は始まりました。これは「エンターテインメント・システム」の「エンターテインメント」とは何かという問いと深く関連しています。白井先生は「遊び」という概念を6つの要素にわけることで「遊び」とは何かという問いに迫りました。その6つの要素とは、「いつでもやめられる自由な活動」「日常と非連続で隔離された活動」「現実世界に富を生まない非生産的活動」「現実と区別がつく、虚構の活動」「遊びの世界を支配する、規則のある活動」「選択の自由がある未確定の活動」です。ある活動が「遊び」であるとは、以上6つの要素を満たす活動であるのです。我々は課題として、身近な活動が遊びであるかないかを遊びの6要素からみて検討しました。

ピアジェによる遊びの段階説についても学びました。ピアジェによると人間は発達段階に応じて遊びの質も変化するそうです。まず、生後1〜2歳くらいまでに感覚運動遊びを獲得します。これは、外界を操作したり身体を動かしているだけで楽しいと思う状態です。次に、2〜5、6才までに象徴的遊びを獲得します。これは、ごっこ遊びなどや模倣などの記号化能力が必要とされる遊びです。そして、7歳行以降からルールのある遊びを獲得します。これは、思考の具体的操作,個人間の関係理解,世界観・因果と偶然が理解できる.ルールのある遊び,社会的遊びが含まれます。

次に、「ペルソナ」という概念について我々は学びました。「ペルソナ」とはサービスを享受する人が性、年齢、趣向など、どのような人間であるのかということです。エンターテインメントシステムを設計する上で、ユーザーのペルソナを考えて設計することは非常に重要です。ペルソナを考える上で重要な点のは2点あります。第一に「ペルソナ」は「動的」だということです。ペルソナはエンターテインメントシステムとの関わりの中で、変化するということを忘れてはなりません。例えば、子供の頃「テニスの王子様」や「ファイナルファンタジー」に触れて育った男の子がその後経験を重ねてどのようにペルソナが変化し成長したのかを長期的な時間軸で考えることが、システム設計時に想定されるユーザーを考える上で重要なのです。さらに重要なのは、「ペルソナ」は「複合的」だということです。複合的とはつまりあるエンターテインメントシステムのユーザーは異なる複数のペルソナのセットだということです。例えば、子供向けゲームソフトのプレーヤーは子供ですが、お金を出すのは親なので親にも楽しんでもらえたりすような内容やお金を出しやすい価格帯であることがゲームソフト設計にとって重要なのです。

「エンターテインメントを可能にするシステムにはどのようなものがあるか」

次に、「エンターテインメントを可能にするシステムにはどのようなものがあるか」の部分です。この授業では、かなり数多くのエンターテインメントシステムに関わる技術を紹介しました。ここではそのうちいくつか自分の印象に残った技術を紹介します。

最初に我々はUnityという、ゲームソフトウェア開発環境について知り、簡単な操作をしてみました。この開発環境はゲーム業界では世界的に広く使われているので知っているべきだそうです。Unityでは、3D映像のレンダリングも可能です。レンダリングとは、映像や音声などをコンピュータ上で生成することです。

さらに、白井先生が開発している、画面の多重化技術についても知りました。この技術では一つの画面は二つの映像を同時に提供しており、裸眼ではそのうちの一つの映像を、特殊なメガネをかけた視聴者はもう一つの映像を見ることができる技術です。

MITが開発したping pong plusでは、卓球台にコンタクトマイクを仕込み、それにより卓球の球が当たった位置を把握し、それに連動して映像を卓球台に写したり、音声を再生したりといったことが可能となります。

日本科学未来館ではDigital Content Expo 2015というイベントが開催されました。そこでも数多くの技術が紹介紹介されていました。筑波大学による、複数のカメラの映像を組み合わせてユーザーにスタジアムでサッカーの試合などをズームや角度など自由な視点で試合を楽しめる「自由視点スタジアム」や、東大と慶応大による、赤ちゃんがおしゃぶりをする吸い方、強さ、吸う感覚などの情報を取得しその様子を別デバイスで確認することを可能にする「デジタルおしゃぶり」などユニークな技術を数多く知ることができました。

さらには、2048というスマホゲームのゲームクローンを作る課題を、一部の人がやり、発表がありました。そこでは、各々がCやprocessingやHaskellなど異なる言語で 2048を作っていました。ソースコードも発表し、私はその課題は選ばなかったのですが、非常に刺激になりました。

以上挙げた例を他にも、数多くのエンターテインメントシステム関わる技術が世の中にはあるということをこの授業では学びました、これらの技術がどのようにエンターテインメントに応用されているのかを幾つかの課題を通して学びました。

以下では、課題を通して学んだことを紹介したいと思います。

課題を通して学んだこと

印象に残った課題があります。われわれは課題の一つとして、テクノロジーを利用して従来のスポーツを拡張するという「超人スポーツ」のコンセプトに基づいて、新しいエンターテインメントシステムを企画設計する課題に受講生は取り組みました。この課題は、授業で学んだ「ユーザーの複合動的ペルソナ」、「既存の技術のエンターテインメントシステムへの応用」、「人が楽しいと思うとはどういうことか」について考える絶好の機会となりました。またそれと同時に「技術的な実現性によって、対象ユーザーのペルソナが制限されてしまう」というシステム設計の難しさも実感しました。

私は「魔物スカッシュ」というゲームを提案しました。壁に移された魔物をテニスボール(またはスカッシュボール)で倒すゲームです。技術的には、先に挙げたMITのping pong plusの技術を卓球台だけでなく、壁打ちの壁へ応用するという提案です。これは、感覚運動遊びであり、魔物を倒す世界観のなかで戦士になりきる象徴的遊びであり、一定回数制限時間内に球を魔物にあてなければならないというルールのある遊びです。先に挙げた遊びの6要素も満たしているつもりです。講義で学んだ内容を実際にシステムを提案することで、より体感として理解することができました。

一方で技術的実現性と対象ペルソナのギャップとシステム設計の難しさも感じました。魔物スカッシュを提案した時、テニスの壁打ちゲームかスカッシュの壁打ちゲームかで決めかねていました。システムを運用する難易度はテニスボール/ラケットを使うよりもスカッシュボール/ラケットを使う方が実現しやすいです。場所が小さく室内コートが用意できるからです。一方、私はユーザーの動的複合ペルソナは「リゾート地などでテニスを楽しむ20〜40代の男女」かと「都内室内テニスクラブでテニスする習慣がある10〜40代のテニスプレーヤー」と想定しました。わたしは、ある程度の数の人に主にリゾート地でも楽しんでもらえるようなゲームを提案したかったのです。テニス人口の方がスカッシュ人口よりもかなり多いことと、リゾート地でのプレイ人口がテニスの方が多いことからこのペルソナを想定していました。このように、システム運用の難易度を下げれば、ユーザーのペルソナは制限され、ユーザーのペルソナを自由に設定すれば、システムの運用難易度が上がるというジレンマを感じました。このようなジレンマを乗り越えるには、動的複合ペルソナを注意深く考える力と実現するための技術的、社会・経済的な知識と経験の両方が求められるのだと実感しました。

講義「コンピュータゲーム」で得られた気づき・為になったこと

この授業を通してわたしは、以下気づきを得ました
①どんなユーザーがどんな状況でサービスを享受しているのかに注意深くなった
②「遊びで楽しいと思うこと」も人間の普遍的な活動であることを自覚した
③工学的なさまざまな技術と応用例について知識が広がった

①「コンピュータゲーム」という講義名から、最初に授業をとった時はコンピュータゲームの技術的なことのみを扱うのかなと思っていましたが、実際はエンターテインメントシステムというコンピュータゲームも包括する抽象度の高い内容を扱う授業でいい意味で驚きました。授業では狭い意味でのエンターテインメントシステムではない、三鷹市や武蔵野市のホームページや自動販売機のデザインについても触れ、「受け手が存在するサービスのデザインが受け手のペルソナが考慮されたデザインになっているか」が一つの重要なメッセージだったと思います。そのメッセージは、仏教において受け手に合わせて教えを説く「待機説法」の精神にも通ずると思いました。この授業で得られた視点であらゆるサービスを見て今後の人生に生かそうと思います。

②今まで、遊びとは何かについてあまり考えたことがありませんたが、この授業はその機会を提供してくれました。遊びにおいて楽しいという認知的現象は、人間であれば誰しもに起こりうる現象なのではないかと授業を受講した今、思うに至っています。人間が音楽聴いて美しいと感じたり、言葉を話したりするのと何が同じで何が違うのでしょうか。白井先生が、受講生が2048をプレイする様子を観察する時間を授業内で設けたとき、「実験」という言葉を使っていたのが印象的で、遊びという人間の認知的機能を真剣に考えるきっかけになりました。自分は言語学専攻で、人間に内蔵された認知機構を調べ考えることに関心が高いです。遊びの感情も今後考察対象にしていきたいと思います。「楽しい」という感情の種類も「遊び」や「遊びのルール」などの条件の違いによって変わるのか変わらないのかその関係は興味深いテーマだと思います。

③私は情報科学副専攻だとはいえ、工学的な技術の応用例についての知識はかなり少なかったです。しかし、この授業を受講して工学的技術の知識もこれから増やしていこうという気になりました。特にそれを感じたのは、自分で超人スポーツを提案する課題に取り組んだことです。白井先生のMITの技術があることを知らずに課題は提案できませんでした。「魔物スカッシュ」を提案する前私は「人ロボ混合ダブルス」という企画をしていたのですが、技術的に自分のイメージしていたものを実現するのは現時点で困難だということがわかりました。今後、なにか新しいサービスを提案する時もどんな技術が存在するのかについての知識だけでも持っておくことは不可欠だと実感しました。

後輩へのおすすめ

この授業は様々なバックグラウンドの学生が受講しています。情報科学専攻の学生だけでなく、哲学、社会学、国際関係学、言語学、言語教育、心理学など様々です。その多様な背景の学生が許容される授業の設計となっています。ICU生のだれしもが受講することができ、受講する意味がある授業だと思います。

まず、情報科学専攻の学生をはじめとする、現在プログラマーであったり将来プログラマーになりたい学生にとって大変意味のある講義です。その理由は、この授業では高度なゲームプログラミングの技術を学ぶ授業ではありませんが、なぜそのような技術を使うのかといった一番大事な部分を考える機会を提供してくれます。自分がなんのためにプログラミングをしているのか、出来上がったソフトウェアは誰がどのような環境で利用するものなのかを仕様書などの設計段階から深く考える為にもこの授業はとても有用です。

次に、経営学専攻をはじめとする現在、あるいは将来ビジネスとして新しいサービスを作っていきたいと考える学生にも大変有用です。なぜなら、多くのサービスを設計する上でそのサービスのユーザーの動的複合ペルソナを深く考えることは不可欠であり、さらにサービスを展開する上で工学的技術の知識、技術者との協力関係も極めて重要だからです。この授業では、工学的技術の応用例が数多く紹介されており、Digital Content ExpoやSIGGRAPH ASIAといった研究発表の場がどのように行われているかについて情報を得ることができます。情報収集の場としてとても有用です。

さらに、生物学や心理学、社会学専攻などの生物としての人間、あるいは社会的な存在としての人間に興味がある学生にもこの授業は有用です。なぜなら、「遊び」という人間の一般的現象を改めて考え直す体験を通じて、生物としての人間、社会的存在としての人間に新たな着想をえることにつながるからです。生物学者であれば、他の類人猿における遊びと人間における遊びの比較研究ができるかもしれないし、心理学者であれば遊びの「楽しい」という感情をテーマに心理的実験ができるかもしれません。「遊び」を各専門分野から研究対象にする、それだけ「遊び」は興味深い現象なのだということを再認識させてくれる授業なのです。

授業の内容もこのような動的複合ペルソナを対象に設計されている(と思う)ので自分が何を専攻しててもきっと役立つはずです。もっとも、自分の専門でない分野の知見についても垣間見ることができるので、それだけでもICU生としてはトライしてほしい授業です。ぜひ、自分自身で来年の「コンピュータゲーム」の授業を受講して、「エンターテインメントシステム」について考え、人生の糧としてください。


2048を目コピでクローン作成する課題

情報系メジャーの学生も半数ぐらいいる中、かつての本講義で扱ってきたUnityやProcessingといったフリーで利用できるゲーム開発環境については、すでに独自に取り組んでいたり、ほかの講義で扱っていることもあり、今年度はプログラミングをお触りするような表面的な講義はやめて、「ゲームの本質」に迫るため、「未来のゲームデザイン」p.123で扱っている「ゲームのクローン」を開発することにした。今回のテーマにしたゲームは「2048」。実際にゲームを始めてプレイする体験を記録し、それを観察したのち、ゲームルールを各自が希望する言語で実装した。講義の中ではProcessingやCなどでの実装があった。C言語による実装の場合は約500行程度。中でもHaskellで実装した学生がいたので抜粋して紹介する。

2048をHaskellで真似してみた学生

Haskell詳しくなかったのですが、なんと76行。すばらしい。2048特有の動きを最後の8行で表現できているのが面白い。

https://github.com/29rou/2048Haskell-/blob/master/2048copy.hs


import Prelude hiding (Left, Right)
import System.Random
import Data.List
import Text.Printf
import Data.Char (toLower)
import System.IO
type Table = [[Int]]
data Move = Up | Down | Left | Right
main :: IO()
main = do
hSetBuffering stdout NoBuffering
putStrLn "Start"
table mainLoop table
where initialize :: IO Table
initialize = do table' IO ()
mainLoop table = do printTable table
if filter ( == 2048) (concat table) /= [] then putStrLn "Finish" else gameFunction table
gameFunction :: Table -> IO ()
gameFunction table
| (getEmpty table == [] && canMove table == False) = do putStr "Game Over"
| otherwise = do putStr "Please input [Up, Down, Left, Right]"
new_table if table == new_table
then do putStr "Please chose other one\n"
mainLoop table
else do new Bool
canMove table = sum ( map (length . getEmpty . flip move table) [Up, Down, Left, Right] ) > 0
printTable :: Table -> IO ()
printTable table = do let showRow :: [Int] -> String
showRow = concatMap(printf "%5d")
mapM_(putStrLn . showRow) table
addNumber :: Table -> IO Table
addNumber table = do let choose :: [a] -> IO a
choose xs = do i (Int, Int) -> Int -> Table
setNumber table (row, col) val = fst ++ [mid] ++ post
where fst = take row table
mid = take col (table !! row) ++ [val] ++ drop (col + 1) (table!!row)
post = drop (row + 1) table
target value [(Int, Int)]
getEmpty table = let singleRow n = zip (replicate 4 n) [0 .. 3]
coordinates = concatMap singleRow [0 .. 3]
in filter (\(row, col) -> (table!!row) !! col == 0 ) coordinates
newTable :: Table -> IO Table
newTable table = do let moves :: [([Char], Move)]
moves = zip ["up", "down", "left", "right"][Up, Down, Left, Right]
moveKey :: IO Move
moveKey = do input return x
Nothing -> do putStr "Plese choose [Up, Down, Left, Right]"
moveKey
key Table -> Table
move Left = map compute
move Right = map (reverse . compute . reverse)
move Up = transpose . move Left . transpose
move Down = transpose . move Right . transpose
compute :: [Int] -> [Int]
compute xs = computed ++ space
where combine (x:y:xs) | x == y = x*2 : combine xs
| otherwise = x : combine (y:xs)
combine x = x
computed = combine $ filter(/= 0) xs
space = replicate (length xs - length computed) 0

コーディング中に気づいた難度に関係する設定

i. 数字(タイル)が発生する場所

今回は何も考えずに乱数を元にランダムで場所を指定した。しかし、ここをばれない程度に弄ればもう少し難しく出来そう。たとえば、序盤は空いている場所を中心指定し、ある程度ゲームが進んだ段階で密度が高い場所を指定するなど。

ii. 数字の大きさ

今回は常に半々の確率で2、4が出るように設定した。しかし、ここも確率を弄れば難しくできそう。出す数字の種類を増やしたり、出す数字の確立を弄ったり等。たとえば、終盤にかけて発生する数字を大きくしたり、序盤は小さな数字ばかりが出るようにするなど。


別の学生、Mさんの解説。

http://icucg2015mashiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post.html

この講義でどのようなことが学べるのか?

この講義で学ぶことが出来たのは、エンターテインメントがどのようであるべきか、そして実際にそれがどのように社会に存在するかということである。これらは、現在という時間軸における話だけでなく、過去または未来におけるエンターテインメントについての話も十分に説明されており、十分に理解できた。具体的にどのような内容であったかを次の五項目に分けて、この講義の内容を紹介したい。一) 遊びについて 二) エンターテインメントシステムについて 三) エンターテインメントシステムのデザインについて 四) 次世代のゲーム(スポーツ)について 五) インタラクティブな新技術について
第一に、遊びとは何だろうかという根源的な問いからこの講義は始まる。歴史的に見ると遊びの原初はラスコー洞窟の壁画にまでたどることが出来るだろう。なぜならば、ラスコー壁画は、最も原始的な人類が、生存のための必要性とは異なる次元で行った活動の所産だと考えることが出来るからである。学生からは、狩りの成果を称えるために描いたのではないか、または逆に、飢えなどの恐怖に対するまじない的効果があったのではないか、といったような意見が有ったが、結論として、このような絵画を描くことで、彼らクロマニョン人は何らかの効用を得ていたというのは間違い無いだろう。
このような人類と遊びの関係は、非常に長い時間をかけて、多くの学者が、様々な視点から研究を進めてきた。特にヨハン・ホイジンガの「ホモ・ルーデンス」という人間観は、人間の’本質’と’遊び’を強く関連づけてるという点でこれら議論の核心に最も近づいたといえるだろう。また、彼の研究(特に遊びの成立条件に関して)はフランスの思想家、ロジェ・カイヨワによって引き継がれ、大きく発展した。彼はどのように遊びの要素を示したのだろうか。
ロジェ・カイヨワによると遊びとは六要素に分類すると言うことが可能だという。その六要素とは、自由性、隔離性、未確定性、非生産性、規則性、そして虚構性ということだった。本講義では、実際の遊びがどのようにこれら要素を満たすのかと言うことを、実践を交えながら実感することができる。
さらに、遊びのなかでも特にゲームの分野は第十芸術というような表現をされることがある。これは音楽、絵画や建築などといったものに次ぐ芸術の一形態として認められつつあると言うことである。これは、単にゲーム自体の価値が広く認められていると言うことを示しているというよりは、ゲームという芸術のあり方自体がより体型だった形で洗練されていく必要があるということを強く意味しているのである。
第二に、エンターテインメントシステムとは何か、という疑問に講義は答えた。エンターテインメントシステムとは「人間の娯楽に作用するようにデザインするシステム」(白井博士 55)だと定義される。つまりエンターテインメントシステムとは、単なるコンテンツ単体ではなく、それを楽しむためのすべて環境・設備・機構をさすのである。つまり、ゲームソフトや映画のDVDだけでは、エンターテインメントシステムと呼ぶことは出来ない。それを再生する設備や楽しむための環境全体を含んではじめてエンターテインメントシステムと呼ぶことができる。その点で言えば、スマートフォンやSNS、動画配信サービスはまさにエンターテインメントシステムの定義にぴったりと当てはまるといえる。
また、エンターテインメントシステムがそれ足るために、継続的な魅力を提供出来ることが重要となる。すなわち、ユーザーを再びそのエンターテインメントシステムに誘うような何らかの魅力が必要なのである。そのために、ハードウェア的にユーザーへの適切な配慮を行うことは必至であるし、それ以上にユーザーの特性を考慮したような設計が求められる。しかしながら、遊びの成立の六要素の話に関連するが、エンターテインメントとしてユーザーに楽しさを与えるというコアの部分を満たすことが何よりも必要だと考えられる。他の利益に強く結びつけられていたり、ユーザーの現実を踏みにじる様なエンターテインメントはもはやその目的を果たさない。例えば、非生産性に近い話だが、かつてのNitendo DSや今日のスマートフォンで流行っている何らかの学習効果を狙ったようなゲームやアプリケーションといった目的性、長時間の連続のプレイをユーザーに強要するようなゲームははたして面白いゲームと呼べるのだろうかといった批判がある。エンターテインメントシステムは面白さを追求しながらも、その本質に反さないことが重要だと考えられる。
第三に、講義はエンターテインメントシステムのデザインについて触れた。エンターテイメントシステムを設計するための一つの思想として、ペルソナというものがある。ペルソナとはつまり人格である。個人がどのような性質を持っているのか、何歳くらいなのか、どのような性であるか、などの要素が含まれうる。しかし、その個々のペルソナへの分析だけでは、実際にシステムを設計するにあたって、大きな不都合に直面することになる。すなわち、特殊性をどの程度まで追求するべきかという問題である。特定の深く分析されたペルソナに従ったデザインを行うことによって、特定のユーザーの満足度は上昇するかもしれないが、他のユーザーは排他される可能性は高い。逆に、大きすぎるペルソナは、ターゲットを絞ることが出来ないがために、ユーザーの心をつかむことが出来ない。すなわち、特殊性と一般性の均衡点を発見するために、単体の固定されたペルソナでは不十分であるということである。
このジレンマを解消するために、動的複合ペルソナの概念が提唱された。動的複合ペルソナは、ユーザーが新しい経験や体験によってそのペルソナが変化すること(動的であること)また、ユーザーが多くの場合に単一ではないと想定すること(複合的であること)の二つの特色を有する。
まず、動的ペルソナは、提供出来るサービスの質を保ちながらも、特定のユーザー、例えばアクティブではないユーザーなどを排他しないような非限定的なシステムを構築することに与する。動的なペルソナは、経験を通して絶えず変化することを示しているが、その経験というのは、一般的経験というよりは、エンターテイメントシステムとの関わりの中で生じるような体験を指すものである。ユーザーはシステムの要素との交流のなかで、一種の耐性のようなものを身につけていく。それは、単に刺激に慣れるということに限らず、コツやシステムの概念を理解したりといったことまで包括的に考慮する。このような経験を組み入れたシステム設計を行うことにより、ユーザーとエンターテインメントシステムとの間のハードルを大きく下げてくれるのである。
一方、複合的ペルソナによって、より現実に即した設計が可能になる。私たちは社会的存在であり、他者との関係を切り離して考えることはできない。実際問題、多くの時間を他者と共有している。だからこそ、エンターテインメントシステムはそれに呼応するような設計を構築することによって、その目的をより良く達成できると考えられる。たとえば、女子高生の一団だったり、男兄弟だったり、人々は余暇を親しい他人と過ごしており、そのような集団が、エンターテインメントシステムと関わりを実際に持っていることは、ゲームセンターやテーマパークなどに行けば、体感的に理解できるだろう。
第四に、次世代のゲーム(スポーツ)に関する内容を講義では取り扱った。特に、次世代のスポーツを企画してみるという課題があり、それは上記のエンターテインメントシステムのデザインなどと大きく関連するものであった。そもそも、次世代スポーツというのは、最先端のテクノロジーや、柔軟な発想をスポーツに取り入れることによって、新たなスポーツを生み出そうというプロジェクトであり、その企画書をプレゼンするという内容だった。プレゼンでは、実現可能性や、ペルソナを考慮した価格設定、遊びとして成立するのか、といった観点から様々な議論がされた。特に印象的だったのは、脳外科手術を受けて、仮想世界でダイビングをするという企画に白井先生が「本当にそれをあなたはやりたいですか?私は脳外科手術を受けてまでこれをしたいとは思わない」とコメントしたのが、痛烈ながらも、エンターテインメントに対してどのような価値、考えを持っているかを端的に示しているように感じた。
最後に、様々な新技術に関してである。エンターテインメントシステムに用いられている技術の殆どは、いわゆる”枯れた技術”で構成されているとしながらも、やはり、新技術をシステムに取り入れることは、将来的に必要なことだと思われる。講義の中では、今年、神戸で開催された、SIGGRAPH ASIAでの展示に関して紹介がされた。UT-HEARTといったような学術的な展示から、アート系の展示、また、現実世界で応用ができそうな技術や、Live 2Dといった非常にユニークかつ高いテクノロジーが求められるような展示があった。また、DCEXPO2015でも様々なテクノロジーが紹介されていた。こちらでは、特にデジタルコンテンツに関する展示が多く、特に3D関連技術のものはめざましい進化を感じさせるものが多かった。これら展示された技術を、単なるイロモノで終わらせるのでなく、一般ユーザーが気軽に利用できるように普及させていくことが強く求められる。

この講義はどのような利益をもたらしたのか?

この講義が私にもたらした利益は、遊びやゲームといった行為の本質に迫ることができたこと、最先端の科学とその実際的応用に関する知見を専門的立場からの意見を含めて知ることができたこと、そして私のライフスタイルに影響を与えたことの三つである。
はじめに、この講義は遊びやエンターテインメントシステムといった、普段あまり真面目に考えられることが少ない分野に関して、深く考える機会を提供してくれた。ゲームという言葉は、一種のスティグマ(汚名)を不当に被り続けており、一方的に、考えるに値しない些細なもの、あるいは、人間に害をもたらすものであるかのように語られてきた。しかしながら、前項で示したように、遊びは人間の根源的な活動であり、それは人間存在と切り離すことはできない。そのような前提の元で、深くゲームや遊びについて考えることができたというのは貴重な経験であり、また、それは、エンターテインメントシステムの溢れる現代というコンテクストにおいて特に重要な意味を持つものであると考えられる。
つぎに、コンピューターゲームの講義は、最先端のテクノロジーに関する知見を与えてくれたと思う。それらテクノロジーは、枯れた技術の組み合わせに過ぎないかもしれないが、それでもなお、ありふれた存在とは一線を画すような生きたテクノロジーである。鮮度の高いテクノロジーを開発者やテクノロジーのバックグラウンドとともに理解できるような機会を得ることができたのは非常に幸福な経験だったと思う。たとえば、UT-Heartの例では、開発者の瀬尾氏のバックグラウンドに関する秘蔵のインタビューとともに、その技術の有効性を知ることができた。このような見識に触れることができたことは、なんらIT関連に限ったことでなく、広く応用していくことが可能なのではないかと思った。
最後に、(これはおまけ程度の話だが、)講義で取り扱った内容が私の生活様式に何らかの変化をもたらした。講義の中ほどで紹介されたARゲーム”Ingress”が予想以上に面白かったということであり、そのプレイが私の日常の一部に組み込まれたということである。その存在自体は、この講義以前から認識していたが、ハードルが高そう似見えたのと、その面白さがいまいち理解できていなかったために、それをプレイすることはなかった。しかし、白井先生のデモに影響されて、プレイを始めたところ、その面白さに一種の衝撃を受けた。それ以降、私はこのアプリケーションを一日に少なくとも五回は起動しているだろう。これは利益であるかは、現状では判断できないが、少なくとも短期的な満足感と言ったようなものを得ることはできたのは事実である。

この講義でどのような発見があったか?

自身の考えていたいわゆる”ゲーム”と”遊び”の間の乖離、ユーザー指向のシステム設計の応用可能性、また、それに関連して、ペルソナの学問領域における類似性を発見した。
まず、この講義を通して、自分の考えていた”ゲーム”と”遊び”の間に大きな乖離がある事に気づいた。私の中でのゲームというものの理解は経済学におけるゲーム理論におけるゲームの定義に近いものだったと思う。すなわち、複数のプレイヤーがなんらかの利益を巡って争うような構造一般をゲームだというように理解していた。それに対して、講義で扱ったゲームすなわち、余暇としての、遊びとしてのゲームはそれよりも範囲が狭いものでありながら、一般的にゲームと考えられるものの枠を越えた範囲まで触れるものであったと思う。たとえば、自販機の設計などは好例だろう。このようなエンターテインメントとしてのゲーム定義は非常に斬新であり、自己の理解と大きく異なっていることに驚いた。
つぎに、エンターテインメントシステムのデザインについての説明は広く用いることができるのではないかと思った。ペルソナやユーザーから何が見えるべきで何が見えないべきかといったような話全般は、なんらエンターテインメントシステムのデザインに限った話ではなく、近いところでは、授業で触れていたようなウェブページのデザイン、遠いところでは、建築やインダストリアルデザインについても広く応用可能であるように思われた。これらもまた、エンターテインメントシステムと呼ぶことも可能かもしれないが、いずれにせよ、ゲームの設計理論というものが、特定の分野にしか通用しないような極めて特殊なものではなく、むしろ、他の分野においてその理論の有効性がより一層担保されるのではないかと感じた。
そのようなユーザー指向のデザインに関して、動的複合ペルソナの説明があったが、これは政治哲学におけるペルソナの説明と似ていることを見つけた。ホッブズは著書リバイアサンにおいて、社会契約を遂行するため、人々は仮の人格=ペルソナを形成するという演繹を行った。この人格は個々の詳細な人格ではなく、自己保存という目的達成のために形作られた概念上の人格であるが、このような仮想の人格を用いて思考を進めるという手段は方法論的に、動的複合ペルソナの概括的決定と類推が可能ではないかと思った。すなわち、ある種の実在するかどうか不明なペルソナを想定することによって、逆説的に、実在する人間の要求を満たす設計が可能になるということは、学問領域にかかわらず、広く認められるということを示しているのである。

この講義はどうして後輩におすすめできるのか?

この講義は情報科学メジャーの生徒に限らず、どのような生徒にもおすすめできる講義であると思う。特に社会科学や人文科学を専攻している生徒にも積極的に取って欲しい講義である。なぜそう言えるのかを、どのような講義がICUの生徒にとって望ましいのか、また、どうして情報科学メジャーの学生および他の分野を専攻している学生に勧めることができるかに分けて述べたい。
まず、どのような講義が好ましい、すなわち、勧めるに値するかという話をしたい。ICUは全人的教育をその目標に掲げる大学であり、入学者の多くは、その目標に少なからず共感し、自身の学習においても分野に依らない学習をしたいと思っているだろうと考えられる。その目標を達成するために、講義として行うべきなのは、その分野の基礎的知識の習得、実践知の獲得、そして、他分野との有機的連携のなかで生じる新たな発見の提供に分けられるだろう。特に300番台(メジャー領域)の講義は、基礎的な情報科学の分野の知識や技術を提供するためのものではない。むしろ、得た知識をどのように実践的に用いるか、あるいは、他の分野と対象の分野を結びつけるかを分析するような内容であるべきである。これら後者二つを提供することによって、学生個々人はそれぞれの学習を深めることが可能であるからこそ、逆に、そのような講義は勧めるに値すると言えるのである。
第一になぜ情報科学メジャーの学生に勧めることができるのかを説明したい。この場合、どうして、コンピュータゲームの講義が進めるに値するかは非常に容易に説明することができる。先に述べたように、300番台の講義として求められる要素二つを満たすからである。コンピュータゲームの授業では、他のクラスで身につけたような基礎的な知識や技術を一つのゲームという作品の制作によって、応用する課程を学ぶことができるのである。また、授業の紹介の部分で述べたように、どうしてこの授業はエンターテインメント、遊び、ゲームといったような存在や行為の本質に迫るものであり、それを追求するために、人文的アプローチは必要不可欠であり、実際に、そのような内容は十分に提供されたと考えられる。よって、これら二つの要素を提供出来るということが認められるので、このような情報科学メジャーの学生にとって、この講義は履修する価値は必要十分だと考えることができる。
第二になぜ社会科学、あるいは、人文科学の分野を専攻する学生に勧めることができるのかを考えたい。この論は非常にトリッキーな説明を要する。なぜならば、情報科学メジャーの学生と異なり、彼らは、情報科学の基礎知識を有しないし、そのゴールも幾分か異なるものであるからである。しかし、このような、いわゆる”文系”の学生にも勧めることができるというのは、授業に求められる理想の三番目から逆説的な演繹を行うことが可能だからである。このような学生は、基礎的な知識は欠如しているが、専攻分野などに関しては、ある程度の知識を有しており、エンターテインメントや遊びといったものへの理解を深めることが可能である。そのようなものへの理解は、エンターテインメントシステムを考えるための核心であるからこそ、その理解はそれ全体への理解の意欲を大きく向上させるに足るのである。というのも、遊びなどの概念を深く分析しようとすることによって、そこから派生する枝葉の部分に触れる必要性を強く感じさせるからである。それによって、情報科学の学生が学ぶのとは逆の方向から学習を進めることが可能になるのである。
では、なぜこれらのメカニズムが生徒にとって効用があると言えるのだろうか。もし前パラグラフで説明したような仕組みによって、生徒が逆方向の学習を十分に行ったとする。この場合。自身の研究と他分野の研究を組み合わせるという目標は達成される。たとえ生徒が、基礎的な知識や研究にまでたどり着くことがないとしても、少なくとも、実践的・発展的内容を自身の既に持っている知と組み合わせることで、あらたな知の連携を形成することが可能だからである。これは、全人的な教育という規範を満たすものである。また、ある程度の基礎知識が欠落しているにせよ、どのような技術が実際に応用されてきたのかといったよう内容を学習することは可能である。また、もし、それ以上の発展的な学習を行うとすれば、この授業は基礎知識の習得や、その応用について学習するための力強いインセンティブを学生に与えたということが結論づけられる。これらは、講義として求められる理想の一番目あるいは二番目を満たすものである。よって、これらの生徒にとってもこのコンピュータゲーム授業は勧めるに値するのだと結論づけられる。


学生自身に「講義の面白さ」をシェアさせてみる

今回、リベラルアーツ&アクティブラーニング比率を高めに設定した。確認として、学生自身の理解を反芻させるために「講義の面白さ」を、ほかのICU学生をペルソナとして設定して作文させた。一部、共有許可を得られたものだけ紹介する。

今学期面白い授業があったので、ICUの皆さんにシェアします。

ComputerGameという情報科学の授業なのですが、タイトルだけだとGameを作るのかなと思うかもしてません。「ゲームに興味ないから、いいや。」と思わずに、ぜひ最後まで目を通してください。
この授業を一言で言うなら、現代のエンターテインメントや、ビジネスをゲームという視点から学ぶ授業です。具体的にどんなことを学んだのか書きます。
まず最初の授業は、最も印象的でしたが、ゲームを遊びの1形態と考え、そもそも遊びがなぜ必要なのかを考えるものでした。前提に対して、批判的に思考することからスタートするのはなんともICUらしい授業でした。ゲームの話をするのかと思いきや、遊びという文化について議論し、遊びはなんで人間にとって必要なのかということに思いを巡らしました。
次に授業では、遊びにどんな要素があるのか、その要素を分類していきます。遊びの6要素というものですが、その要素を使って既存のゲームを説明したり、現代の「遊び」の問題にも話はおよんでいきます。他にも、社会科学的な観点から、さまざまな遊びの理論についても学びます。
ここまできてもまったくコンピューターの要素が出てこないですが、講義は徐々に現代のエンターテインメントシステムに話がうつっていきます。そして、ついには自分たちでエンターテインメントシステムを作る課題が課されます。超人スポーツ(http://superhuman-sports.org)というものを参考に自分でゲーム・スポーツを考案するのは、正直骨が折れましたがいい経験になりました。自分で何かを自由に作り上げる機会は、一般的な大学の講義にはあまり多くない、とても貴重なものです。しかも、特別なプログラミングスキルも必要ありません。情報科学の授業と聞くと敷き居が高く思うかもしれませんが、怖じ気づかないでぜひこの授業を履修してみてください。
そして、僕がこの授業で学んだもっと価値のあることは、既存のヒットゲームや、エンターテインメントシステムについて議論したことです。なぜ、今特定のゲームがヒットしてるのか。電車という、インフラに使われているITのどこを改良できるのか。そんなことを議論してきたことが、僕にはとても刺激的でしたし、今後の自分のキャリアにとても関連していたこともあります。なにより、問題解決を試みることは、どんな行為よりも知的好奇心が満たされるものだと思っています。自分で最先端技術をどんな風に応用できるのか考えることもしました。僕はMulti Plexという、多重化した視覚的な情報を一つの画面に映し出す技術を観光業に使えないか考えました。
この授業はいろんな人におすすめできます。情報科学に興味がある人はもちろんですが、経営を学んでいる人には、ヒット作品や最先端のITについての知見が広がりますし、ゲーム大好きな人も今まで自分がただ純粋に楽しんできたものを学問的な見地から考えられる貴重な機会になります。ぜひ来年もこの授業が開講されるならぜひ受講してみてください。

後輩へのすすめ

最後にこの講義のアピールポイントを紹介する。
まず、学生参加の機会が多い。講義の形式は、先生が黒板の前に立ち学生が机に向かうというような通常のものとは異なり、先生と学生が輪になって座り、先生が講義をしている間も自由に意見を言ったり、それに対してまた別の学生が意見を言ったりしていた。とても自由な雰囲気があり、他の学生の意見が聞けるのは大いに刺激になった。講義の内容も、学生の積極的な参加が求められるような内容で面白かった。例えば、身の回りのエンターテインメントシステムにはどんなものがあるかとか、駅の自動販売機に欠けているものは何か、あるいはそれをエンターテインなものにするにはどうしてら良いかなど、学生にその場で考えさせ議論させるような、次世代的でオープンな場が設けられていた。その他にも、人狼をリアルRPG的に即興でやってみたり、ingressや2048などのゲームを授業中にやったり、普通の授業では無いような面白い学び方だと思った。
毎週出される課題についてもオープンな雰囲気があった。各自がやってきた課題はfacebook上でシェアされ、閲覧したりコメントしたりすることができる。また、課題は次回の講義中に発表することになっていて、先生からアドバイスを頂いたり、意見を交換しあったりする。
この講義は情報科学メジャーの学生だけでなく、様々な分野あるいは学年層からの学生が履修できるように、プログラミングスキルを必須としないなどの配慮があり、実際に哲学や言語学などの他分野メジャーの学生が履修していた。このことは、ICUの教育理念であるリベラルアーツに適ったスタイルであり、「遊び」やゲームに関心がある学生はぜひ履修することをオススメする。


以下、学生視点でのおすすめ作文より

「自分が当たり前と思っているものごと当たり前ではないとしれる、情報科学開講の唯一の授業だよ。情報科学開講というホーム側の講義で、非情報系の人間の考えが知れるのはとても有意義だと思う。確か、文系メジャーの講義を取ることでも非情報系の人間の話は聞くことは出来る。しかし、アウェイ側にいるのと、自分がホーム側にいるのとではやはり受け取れるモノが違う。アウェイにいると、つい気張ってしまうし。ホーム側に、非情報系の人間の人間を眺めることが出来る珍しいチャンスだと僕は思う。」

昔気質の教授の一方通行の授業ではなく、もっとインタラクティブな授業なので、気負わずに参加するといいと思う。固定概念を捨てて新しい物に触れる喜びを見つけるとより楽しめる。近い趣味を持った人と議論できる場なのでより白熱するかも。

 

この講義を通して、新しい技術や企画に触れられたこと、人を楽しませるには結構な苦労がいると気が付いたことが大きな収穫でした。企画を考え、まとめる体験もできました。この体験は社会人になって仕事をする際にも企画を考え、プレゼンすることに生きたいと思います。
授業中も会話があったり、実演が多かったりととても良い授業です。先生もとても楽しい方で、生徒との距離が近く、間違いなく面白い授業です。みなさんも是非とってみることをおすすめします。

私はこの授業全体を通して人の楽しませ方について考えることができました。技術力以上にアイディアや創造性の大切さを感じ、今後の教訓にしたいと思いました。当初はコースタイトルから、ゲームに関しての技術的な話が多くなると予想していましたが、そんな枠には収まらないほどの範囲から講義が行われました。情報科学メジャーではなくとも十分に理解できる内容なので、エンターテイメントに興味がある人でしたら取ってみることを強くおすすめします。

私がこの授業で得た物の中一番重要なものはここまで書いてきたようなことではく、講師が私の就職相談に乗ってくださり、今後の指針を示して頂いたことである。講師はコンピューター・ゲームという授業を開講していることからも分かるとおり、ゲームをはじめとしたデジタルエンタテイメントの専門家であり、ゲーム業界へ就職を志望する私が目標の為にべきことは何か、そのためどような点を直さなければいのかといった事を教えてくださった。以上 触れてきたように、この授業は私とって非常有益なものであり、それゆえ後輩の方々にも受講を勧めるものである。受講にあたって勧めておきたいことは、講師出来るだけコミュニケーションを取ることである。この授業ではFacebookグループを使って情報伝達が行われるので、コミュニケーションが容易である。私の就職相談ようなものも、授業課題流れから生じたものである。このような機会を自分以外の方々にコミュニケーションの中で見出して欲しいと思っている。

 

この講義はまずエンタテイメントについての認識の確認から始まり、身近なビデオゲーム等をテーマにした議論があり、そこからまた視野を広げて先端技術を使ったエンタテインメントの可能性についてといったような流れがあったように思える。また講義を進めていくに当たって学生と教授の距離は近く双方向なやり取りが常だったといえる。課題等に関しても情報系でない学生や、日本語を母語としない学生への配慮があるのでデジタルエンタテインメントに少しでも興味があるのであれば300番台だからと臆することなく取ってみるのも悪くないだろう。

受講生には留学生や非日本語圏の学生も存在するので紹介

Computer game class Introduction for English speaker

In this lecture, you will learn about what is being defined as fun, game, and entertainment system. The concept of creating entertaining and meaning game for other people to enjoy and play will also be discussed throughout the lecture. The lecture is not mainly focus on the actual design of the game itself, rather it’s a course that sparks student’s interest in designing fun and creative proposal for possible game ideas and discusses about many interesting technology news in the entertainment industry today.

The professor is a very knowledgeable person with many experiences in designing some break-through technology, and one will learn a lot from just simply listening to the lecture and having interaction with him. The textbook has many useful information and many interesting ideas that are very intriguing but most people would see them as something normal, which gave me quite a few changes in my thinking about the game design process.

For this class, there’s not that much to prepare for it, but definitely enjoy the lecture, join the discussion, and enjoy the time in the class. The homework isn’t time-consuming, if you think about the homework topic everyday, and then spend a day working on it, you will definitely get a very satisfying result. Also reading about the entertainment world news will also help too. If any questions related to the gaming design, or any interesting news about some cool technology, feel free to let the professor know and have a great discussion with him.

I’ve learned a lot in this class, even though it’s all taught in Japanese, I still really enjoyed it. I learned a lot about the newest technology, and some of the issues that can happen or some possible solution for better technology in Japan. Also, for me, I see a lot of different way of thinking in this class. Everyone has different background and a lot of the proposal is really interesting and really out-of-the-box compared to what I was thinking.

For English speaker taking this class, it’s definitely worth it. It’s fun, creative, and a cool class to take a break and not get too frustrated with other classwork. The professor is very nice, such that he will sometimes stop and explain things in English for me and try to get me into the discussion. But I still strongly recommended that taking this class with some level of Japanese, for me it was two years of Japanese, will be a lot more helpful. Listening isn’t very difficult, and it will definitely be a good practice, it’s worth the time spent in the classroom. Also you get to see the real Japanese discussion if you aren’t taking other Japanese lectured class. So don’t be afraid to take this class, and really do enjoy the time you have in this class.

まとめとふりかえり

秋学期で9回程度の講義で、広範な内容を扱うことは難しいが、それでもICUの幅広い学生の興味に対して、そこそこにスピード感をもって知を共有することができたと考えている。毎回の講義後、自主的に質問してくる学生も多く、19時の講義終了後、最大2時間程度のオフィスアワーを設けて、深く相談に乗ることもできた。

個別に紹介したい学生もたくさんいる。
非常勤という立場だからこそ見えてくることもあり、私自身勉強になることが多かった。

彼らの才能が開花し、世の中に良い意味で「おもしろくする」こと、
社会に対して大きな影響を与えてくれることを期待している。

それこそが、この講義の意義であろう。

本当に、ありがとうございました。

みなさんのご活躍をお祈りしております。