1996年設立、会員数1000人を超える学術系NPO法人日本バーチャルリアリティ学会の会員向けに発行されている日本VR学会学会誌・20周年特集号「特集:世界のVR」において、「世界から見た日本のVR/日本VRの歴史・未来と世界の動向」という原稿の執筆を依頼されました。 一生懸命書いたのと、次の10年後(2026年!!?)に確認したい内容なので、個人Blog版として再掲許可(本誌の発行は2016/6/30)をいただきました。ご許諾いただいた矢野先生、清川先生、VR学会事務局さま、ありがとうございます! さて、VR学会の会員だけが読める学会誌。学会誌だけでなく論文誌も価値があります。是非皆さんも、VR学会の会員になって下さいね(入会案内)! 年に一度、毎年9月開催の第21回大会(20周年記念大会)も期待です。今年は筑波大学での開催です。ちなみに白井は設立総会から参加していますが、筑波大学ってことは、例の巨大ロボットも見れるって事ですよね、これは泊まってでも行くべきでしょう。 さて、以下、「世界から見た日本のVR」Blog版本文です。

1.はじめに

このたび,日本VR学会20周年記念の特集において「世界から見た日本のVR」について執筆依頼をいただき,大変な光栄と認識しております.研究者が研究活動の一環として,世界の関連研究についての動向を調査したり,検証したりといった自己の研究の立ち位置を明確にする作業としての調査はよく行っていると思います.また学会誌やニュースレターでは,国際会議報告など「外から中へ」の情報も多くありますが,「海外の人々が日本のVRをどう見ているか?」といった調査はなかなか行われていないのが現状ではないでしょうか.これはもちろん日本に限らず,他国においても同様で,本特集のような機会がなければ,世界の中でどのような研究分野や研究者の特性を持っているか?どのような研究文化があるか?といった俯瞰視点でまとめる機会は多くありません.また多くの場合,執筆する研究者の主観から,いくつかの代表的な研究を紹介し,それを表現するという手法をとらざるを得ません.言い換えれば「代表的な研究とは何か」を抽出する時点で,ステレオタイプのようなフィルタや,強い研究グループの存在を無視して描写することは難しく,例えば各国における研究教育支援などの国家戦略や資金環境も大きく影響するでしょう.一方で,国際的な共同研究プロジェクトがあったとして,それをベースに個々の研究者グループのロールがすなわちその国の代表であると考えるのも難しいと思います.研究には多様性があり,多様性は研究の本質でもあります.日本のVRやその研究者が,どのように理解され,どのようなプレイヤーとしてのロールが期待されているのか?またそれを演じていくべきなのかどうか?を明らかにして整理することは,まさにVRにおける自己のリアリティの認識と実質の差異を調べ,モデル化し,レンダリングしていくような行為に似ていますが,一方では主観で評価していくしかない部分もあることをお許しください. さて筆者個人の経験と主観では,この20年余,英国のゲームエンジン開発企業,日本の国立大学での博士復学,フランスでのVRエンタテイメントシステムの研究者,日本科学未来館での科学コミュニケーター,教育者,学生コンテスト実行委員会(国際化担当), フランスLaval Virtual [1]での公募デモ部門ReVolutionチェアといった様々な地域,様々な世界,様々な学生や企業,展示を通した人々の出会いなどを含めたVRに関わってきた仕事柄,本稿では研究分野だけに限らず,教育機関,ベンチャービジネス,ゲーム開発者,アーティスト,自動車等の産業,販売会社や製作会社,ジャーナリストや投資家,経営者,一般の方々など様々な人々に問いかけ続けてきた「世界から見た日本のVR」についてまとめてみました.

2.「VRの輪廻」と轍(わだち)の違い

[caption id=”attachment_24398” align=”alignright” width=”300”]From 3D to VR and further to Telexistence 図1:舘による「3DとVRの進化 (From 3D to VR and further to Telexistence)」予測年表[/caption] 日本VR学会初代会長・舘先生によるICAT2013における予測[2]では,「3DとVRの進化」(Evolution of 3D and VR)として図1のような年表が世界のVR研究者にむけて発表されています(日本語での発表は2012年のVR学会の特別講演).年表から読み取れるように3DとVRは20〜30年のサイクルで輪廻しているようです.もちろん世界中のVRに長く関わる研究者開発者の多くはこのような歴史的な繰り返しに気付いているようです,日進月歩,秒進分歩でYouTubeやニュースサイト等で紹介される「新しいVR」に研究者は「車輪の再発明だ」,「こんなVRは20年前にやり尽くしている」と苦言を呈したくなる気持ちもわからないではありません.しかもその車輪のスピードはどんどん速くなっているようにも感じられます.これらの声は世界中のVR研究者・開発者から聞こえてきます.驚いたことに,そのような専門家だけでなく,一般の人からも聞こえてきます.興味深いのは,その車輪が作った轍(わだち)の捉え方が人々の専門性や立ち位置,地域によって異なる点です.また,どうやらこの車輪は一輪車では無さそうです.本稿ではその車輪と轍について4つの要素で整理して掘り下げてみます.

3.コンテンツの車輪

最初の車輪の名前は「コンテンツ」です.「エンタテイメントVRの車輪」と言い換えてもよいかもしれません.近年,携帯電話技術の転用を背景とするトラッキング統合型HMDの低価格化に加え,UnityをはじめとするゲームエンジンのVR利用の一般化が進むことで,VRそのものへの注目が集まっています.例えば日本科学未来館企画展においては「GameOn~ゲームってなんでおもしろい?」[3] が開催されて人気を博しています(図2).往年のゲーム機器の歴史と科学的視点が体験可能な状態で展開されていますが,そのポスターにおけるビジュアルと,最終ゾーンにおいて,PlayStation VR(以下PSVR)が体験可能な状態で展示され,幅広い人々に感動や気づきを与えています.この光景は,エンタテイメントVRと科学館,アカデミックと産業におけるVRの両側を行き来しつつ,何とか研究を継続してきた筆者としては「20年余にしてやっと歴史がつながった」,「世間がついてきたか」という気持ちになります.Game Onを訪問するとわかりますが,そもそもビデオゲーム黎明期におけるゲームシステムにおいて,ハードウェアとコンテンツは不可分で,それらが一体となって「新しい体験」を提供していました.家庭用コンシューマゲーム機,いわゆるテレビゲームがゲームをソフトコンテンツ化に成功したという歴史が明確にあります.そしていま,ゲームのさらなる体験,リアリティ,没入感への需要がゲーム市場をVRにつなげていると表現してもよいでしょう. [caption id=”” align=”alignright” width=”1000”] 図2:日本科学未来館「Game On」(HPより)[/caption] 「VRはエンタテイメントのためだけにあるのではありません!」とエンタテイメントVRを専門にしてきた筆者が主張するのもおかしな話ですが,この「VRの第2波」はエンタテイメントVRが起爆剤になっています.このような歴史的環境下で,数多くの老舗ゲームスタジオや,ソニーや任天堂といったゲームプラットフォーム2強を擁する日本のVRへの期待は大きく存在します. お台場ダイバーシティ東京に2016年4月15日よりオープンしたバンダイナムコエンターテインメント社 によるVRエンターテインメント研究施設(という名の体験遊戯施設)「VR ZONE Project i Can」はその代表とも言ってよい存在で,5種類のHMD使用エンタテイメントVRコンテンツと1種類のHMD不使用ドライブシミュレータが体験できます. [caption id=”attachment_24401” align=”alignright” width=”300”]図3:「アーガイルシフト」体験前の様子 図3:「アーガイルシフト」体験前の様子[/caption] 期間限定・予約限定という”大変控えめなビジネスモデル”ではありますが,日本のVRコンテンツに対するステレオタイプを受け止めるには相応しい実験を数多く行っており,本当の意味での「研究施設」かもしれません.ロボットシューティング「アーガイルシフト」(図3)はVRシネマチックアトラクションと銘打っており,シューティングゲームとしてのフォトリアリスティック表現,自らが弾丸となる視点など,既存のガンダム等のコンテンツで培った経験に縛られることなく,新しくクオリティの高い表現を探求する一方,既存IPを生かすべく,キャラクターをアニメ調3Dセルシェーダーで表現するなど実験的な取り組みを行っています. [caption id=”attachment_24402” align=”alignright” width=”300”]図4:「スキーロデオ」の筐体は過去作「アルペンレーサー」とエアベンチの融合で構成されている 図4:「スキーロデオ」の筐体は過去作「アルペンレーサー」とエアベンチの融合で構成されている[/caption] またお金をかけた機器だけでなく,スキー体験システム「スキーロデオ」(図4)は過去のアーケード用ゲーム「アルペンレーサー」のリノベーションで構成されています.高所恐怖SHOW」は高所恐怖症VRや実物体接触におけるリアリティをつかった実験で,クレッセント社が開発し,過去のIVR展でベース開発を行っていた製品デモの見事な産業応用事例です.ホラー作品「脱出病棟Ω」は小スペース複数名同時体験VRコンテンツで,懐中電灯というリアルタイムグラフィックスならではの技術を使いこなしているだけでなく,アーケード用通信対戦ゲームテクニックが応用されており,周囲の悲鳴や体験の順番に非常に細かい配慮が設計されています.また施設全体を通して使用できるHMD皮脂汚れ防止マスクや,混線しやすいHTC Viveライトボックスの配置など,アミューズメント施設ならではのノウハウが蓄積されており,世界的にも注目すべき施設といえます.

4.産学連携の車輪

コンテンツの車輪に続く2つ目の大きな車輪として「産学連携の車輪」が挙げられます.既に示した通り,VRの体験は単一のハードウェアによって語られるべきではなく,また究極のコンテンツが存在するわけでもありません.もし仮に「VRコンテンツ」が,固定のエンタテイメントVRプラットフォームにおける「ソフトコンテンツ」を意味するのであれば,そのプラットフォームの可能性と価格帯が確定した時点で,研究開発要素は限定的になってしまうかもしれません. 一方で「日本のVR」には,実際には数多くのVR研究室出身のエンタテイメント業界才能を世に送り出しているのをご存知でしょうか.先述のVRZONEしかり,PSVRしかり,VRコンテンツしかりで,長年ゲーム業界に関わるクリエイターこそが,実はVR研究室卒という背景も「日本のVR」の地盤と呼んでもよいのかもしれません.このような視点では「セガラリー」や「スペースチャンネル5」,「Rez」を生み出した水口哲也氏は,近年PSVR向けに「Rez Infinite」を開発しており,慶應KMDとの共同研究で共感覚スーツ「Synesthesia Suit」を発表しています.水口氏は過去にマイクロソフトKinectを使った新作「Child of eden」を世界に向けて発信しておりますが,大学の研究室と共同で,触覚を積極的に使った「HMDのその先」をうまく提示した「日本のVR」の好例ではないでしょうか. [youtube]https://www.youtube.com/watch?v=5Sk5ThgnI2k[/youtube] このような産業用VRエンタテイメントにおける産学連携は大変難しい要素があります.実はPSVRの開発の母体は日本にあるわけではなく,また,プロプライエタリな開発のパートナーとして,日本の大学が必ずしも向いているわけではありません. しかし日本のVRもアカデミックにおいては世界の引けを取りません.1990年代後半には国家プロジェクトである重点領域研究(現在の文部科学省科研費「新学術研究領域」に相当する科学研究費補助金による大型研究プロジェクト)「人工現実感」が,日本VR学会の立ち上げにつながり,多くの才能が学術VR界で花開きました.特に大画面,没入,遠隔,触覚,インタラクション技術分野において,世界最大のCG・インタラクティブ技術の国際会議ACM SIGGRAPH の技術デモ部門において「日本のお家芸」と寡占状態になった時期もあり,現在もその勢力は衰えていません.過去に日本のVR研究者が受けてきた研究投資や知見,国際的な展示開発を通して育った学生たちという背景を考えると,日本のVRにおける産学連携はもっと行われてもよいはずで,それはもしかすると,20年という歳月を超えて,いま収穫期を迎えているのかもしれません.今後より多くの成果が世界に向けて発信されることを期待します.

5.人材育成の車輪

3つ目の車輪として,産学連携とは別に「人材育成の車輪」を海外からの視点で振り返ってみます.まず反省点として,「日本の就職環境とそれを支えるインターンシップ環境の少なさ」を挙げておきます.日本の新卒採用市場や慣習は,複雑多様でリスク管理可能な技術者を必要とするVRやベンチャーには向いていないのではないでしょうか? また海外からの人材についても同様で「経験者で日本語が話せる」ならともかく,「専門性を深めたい,チャレンジ精神がある若者」を試用する慣習や社会システムはほとんど整備されていません. 対する例として,私が長年関わってきたフランス中西部ロワール地方のLaval市は,中世の雰囲気漂う静かな地方都市で,日本人家族は自分を除いて全く存在しない知名度ですが,Laval VirtualというVRをテーマにしたフェスティバルを毎年,20年以上にわたり開催しており,VRの世界では最も有名な都市になりつつあります.国際会議ACM VRIC,見本市,表彰式,学生コンテスト,公募展などが含まれるこのイベントは,最先端のVRに慣れ親しんだ市民には社会周知が行き届き(会場に来る地元の子供たちは物心ついた時からVRを知っている),特に国際デモ公募展ReVolutionは異文化である「日本のVR」の研究者にとっても非常に良いテストの場となっています.またフェスティバル以外にもLavalにはVRを中心とした都市計画があり,10年間で1000人規模の雇用を創出しています. VRに関わる産業や才能がParisだけでなく,ヨーロッパ中,世界中から集まってきています. Laval市は,「VRの黒歴史」[6,7]でも大きく紹介された,日本の岐阜県における第三セクターによるVR研究開発をモデルとして失敗含めてよく学んでおり,中小企業のイノベーションによる活性化を中心に実績を積み,航空宇宙軍事を含む多くの産業分野においても成果を上げています.もちろん冬の時代もありましたが,エンタテイメントだけでなく,公共事業としてモンサンミッシェルをはじめとする世界遺産や古城修復や観光資源化,都市設計にVRプロジェクトによる可視化や体験化が雇用を支え,成果を上げています. この環境において,産学連携と学生のインターンシップは大変重要な可能性を持ちます.フランスの学位制度はヨーロッパの国際基準になっていますが,職業系修士の大学院生は全員,国内外を問わず,関連企業もしくは大学研究室での長期インターンシップを卒業要件とされています.ここで学生たちは,企業での個々の案件における問題発見・問題解決を通して,研究者である先生方の機材や最先端の科学的アプローチ,方法論を産業の現場に組み込んでいきます.(そもそも「職業系修士」と「研究系修士」が分かれており,双方に互換性がないという点で学生の自覚が異なりますが)「失敗を恐れず小さなところからでもやってみよう」という教育的視点はVR産業の地盤沈下防止策として大変重要です. 企業から見ると,過去のVR機器への投資は一過性のものになりがちで,成果を上げるのは難しかったのですが,インターンシップを活用することで,正規雇用の職員がメンターとしてサポートし,期間限定の人件費のみで,外部に発表可能な成果が上がる,しかも育てた学生はほぼ確実に自分の企業に円満就職するキャリアパスを提供できるという利点があります.日本のお試し感覚のインターンシップとも違いますし,ハッカソンのような「やってみた(だけ)」の技術屋集めとも違います.やはり「高等教育でVRを学ぶ」となると,プロジェクトマネジメントや実際に存在するユーザー(このユーザーは単体に限らない)へのデプロイ,ユーザや関わる人々のハピネスに繋がるような設計や問題発見と解決手法,評価手法,効果測定を実際の産業で体験することが大変重要でしょう.これは日本大学の実験室や企業の開発室だけでは中々培えるものではありませんし,インターンシップはそれを補完する社会的仕組みとして機能しています. このような人材育成事業をより進めた教育開発機関をグローバルで推進展開しているVR関連企業が EON Reality社(以下EON社)です.もともとVR機器開発・システムインテグレータだったEON社は,近年VR機器の販売に留まらず,IDCと呼ばれる高等教育インターンシップセンターを世界22ヶ国で展開しています.自社のエンジンと各社のVRデバイスを組み合わせたコンテンツ開発のトレーニングを受けた学生(社会人の出戻り学生も多い)が,世界各地のEON社のプロジェクトマネージャーのプロと共に,ローカル案件を解決し,そのソリューションを世界レベルで再展開していきます.技術やコンテンツだけでなく,アントレプレナー(起業家育成)にも熱心です.おそらくEON社としての収益は,過去はVR機器SIerでしたが現在は,創業者育成事業が中心になっているものと推測しますが,「VRで何かやってみたい!」という若者こそがVRの成長を支える原動力であり,その実現こそが機器や産業向けコンテンツを販売する起爆剤になるのでしょう.最近ではケーブルレスHMDを用いたスポーツチーム強化のための「EON Sports VR」社なども立ち上げています.この会社の若い社長はフットボール選手出身だそうで,最新の事例では野球もVR化しています.EON社はこのような「教科書では不可能な,ありとあらゆる経験をVR化する事業」を開発しています.開発事例やビジネスモデルを聞いてみると,工場の操業現場や眼科医といった専門職育成の現場において,対象となるエンドユーザーはすでにゲーム世代以降で「教科書を開いても寝てしまう.教科書だけで学べる若者などいないし,効率よく理解を測る実習体験無くては使い物にならない」というコンセプトで,インターンシップセンター「Interactive Digital Centres (IDC)」[8]を世界中に展開しています.EON Reality社チェアマンのDan Lejerskar氏は,「この20年において起きた出来事のうち,最初の18年に対して,ここ最近の2年はなんだ!忙しすぎる,早く人を育てないと人材が足りない!」といい,日本のVRに期待することを聞くと「内需の大きさ」と言い切っています.特に2020年のオリンピックを前に,企業パビリオン等のVRシステムやコンテンツを統合的にプロデュースできる人材分野において,深刻になってくると予想します. さて,日本のVRに話を戻しましょう.フランスのインターンシップ制度やEON社のようなグローバルな人材育成における挑戦は日本のVRにはないのでしょうか?もちろんあります!世界最長の歴史をもつ人口現実感の国際会議「ICAT」の一部として始まった「国際学生対抗VRコンテスト(IVRC)」[9] は23年以上継続し,現在も多くの才能を研究者,メーカー,ゲームプラットフォーム,ミドルウェア,makersなどに人材を輩出しています. [caption id=”attachment_24404” align=”alignright” width=”300”]図5:国際学生VRコンテストIVRC2015 図5:国際学生VRコンテストIVRC2015[/caption] IVRCはもともと「21世紀的教育システム」として国際的に設計されており,フランス Laval Virtual との提携も2004年から行っています.お互いの優秀作品を日仏で招聘し,毎年春のLaval Virtual(フランス),秋に日本科学未来館で開催されているデジタルコンテンツエキスポにおいて,一般向けに無償展示しています.この活動は「IVRC日仏交流の歩み」というYouTubeビデオ[10]にまとめられておりますが,この10余年で日仏をVRで往復した学生は100人を超えます. この体験をきっかけに,日本で活躍するフランス人VR技術者も数多く輩出していますが,一方で,日本から直接フランスのVR界で活躍する若者はそれほど多くありません.しかしこの架け橋は学生の引率で参加する双方の国の先生方によって確実に強くなっており,数多くの大学間提携の実現や,インターンシップの強化につながっているようです.IVRC2015のユース部門に参加した立教池袋中学高校の高校1年生がLaval Virtual 2016の学生コンテストに参加するという挑戦も起きています.IVRCの提携先もフランスだけでなく,過去には米国カーネギーメロン大学ETC(Entertainment Technology Center),IVRC2015からは中東Omanからの参加も達成しています. [youtube]https://www.youtube.com/watch?v=kIGCI1N-OVk[/youtube] このような若い学生たちの無垢な挑戦も,「日本のVR」の一端を支えていることは間違いありません.一方で,このような「夢の国・日本」を夢見て日本へのインターンシップを希望する才能も多く存在します.彼らは,日本の社会システムがトラディショナルであることを知っていますが,このがっかりするほどの厳格さは海外でも有名です.それ以上に「日本のVR」が魅力であることを我々日本人は再認識する必要があると思います.そして,日本の若い学生に,英語や日本語といった言葉の壁に負けずに,どんどん世界に発信するべく,IVRCやLaval Virtual の国際デモ公募展ReVolutionで腕試しをしてほしいと思います.

6.日本は世界のテストマーケット

ここまで「日本のVR」の輪廻とその轍を振り返るべく,コンテンツ,産学連携,人材育成という3つの車輪で掘り下げてみました.最後に4つ目の車輪として「日本は世界のテストマーケット」という要素を挙げておきます.この要素は筆者自身では気が付いていなかった要素で,本稿をまとめるにあたりFacebook group「VR Research」というグループ [11] において,「海外から見た日本のVR」についてのご意見募集を行い,フランスのSimon Richir先生より寄せられたものです. 「日本が世界のテストマーケット」というキーワードは,携帯電話市場においてよく言われていた「日本では知られていないが海外では有名な話」だと思います.日本国内では,多様性に向かっていた携帯電話市場を「ガラパゴス」と揶揄していましたが,デファクトスタンダードを確立する国際戦争のなかで,欧州市場や一般の人々は「日本はとかく米国しか見ていない」,「先進的すぎるものは日本で試される」,「充分に試された後で,韓国と台湾メーカーが適正な価格で欧州に投入する」といった見解が広がっていました. VRにおいても同じようなことがあるね,世界的なモノづくりの場において日本に期待しているのはUX(ユーザエクスペリエンス)である,と指摘されました.日本人からすると特に「文化や言語的な壁」を大きく感じてしまうのですが,実は文化や言語的な壁という障壁はYouTubeビデオのようなネットワーク動画によって緩和されています.Laval VirtualやSIGGRAPH,SXSWで日本人のデモが人気な背景はまさに,この「日本人はUX先進国」としての期待が背景にあるようです. なお補足しておきますが,「日本のゲーム・アニメ文化が直接ウケている」という話ではありません.2次元キャラに興味があるかどうかではなく,「空想上のキャラクターとインタラクションするということの意味」や「SF以上の体験」を具現化させるあたりに衝撃があるようです.もちろん,日本は多様なマンガ,アニメ,SF,ゲームなどのクリエイションの源であり,それを味わっている日本人を対象に,驚くべきイノベーションを起こさなければ注目もされない,という過酷な環境であることは否定しようもありません.

6.結論:「Big in Japan」は継続調査による

以上のとおり,4つの車輪で「日本のVR」と今後の方向性を占ってみました.日本に来たことがある海外VR関係者は他にも,お台場と秋葉原の力,産業との乖離,触覚VRの応用や,最近の話題として「超人スポーツ」のような取り組みも挙げていますが,「これは継続調査すべき話題だね,学生の調査課題に最適」という意見が印象的でした.このフラットなグローバル世界において,超人スポーツに限らず似た着眼,取り組みは日本だけでなく各国でも同時多発的に起きています.このような環境において,「日本は世界のテスティングマーケットである」という視点は大変重要で,科学技術の研究だけにとどまらず,動画の発信やワークショップ,実演を通して,この日本の研究成果を社会に訴えかけていく活動・努力はより多く期待されています. なおアメリカの音楽業界や文芸業界では「Big In Japan」という言葉が話題になっているそうです,つまり「日本でしか有名でない」が,その後全米・全世界で有名になった事例がそこそこ多いとか.VRやUXの研究もそのような環境である可能性は大いにありえます.しかしBig in Japanを証明するには,この「世界から見た日本のVR」を継続調査しなければ,証明しようもありません.30周年でのレポートを期待したいと思います. (2016/4/25寄稿, 2016/6/30出版) 参考文献 [1]Laval Virtual, http://www.laval-virtual.org/ [2]Susumu Tachi: From 3D to VR and further to Telexistence, Proceedings of the 23rd International Conference on Artificial Reality and Telexistence (ICAT), Tokyo, Japan, pp.1-10 (2013.12) [3]GameOn~ゲームってなんでおもしろい?, http://www.fujitv.co.jp/events/gameon/ [4]VR ZONE Project i Can, https://project-ican.com/ [5]Rez Infinite(関連記事,動画), http://japanese.engadget.com/2015/12/07/rez-ps-vr-rez-infinite-3d-60fps-120fps/ [6]VRブーム再び、歴史は繰り返すか?「VR黒歴史」から展望するこれからのVR, http://www.huffingtonpost.jp/katsue-nagakura/virtual-reality_b_8128690.html [7]日本のVRの黒歴史【2015版】, http://togetter.com/li/872144 [8]EON Reality IDC, http://www.eonreality.com/interactive-digital-centers/ [9]国際学生対抗VRコンテスト(IVRC),  http://ivrc.net/ [10]IVRC日仏交流の歩み, https://www.youtube.com/watch?v=kIGCI1N-OVk [11]VR Research (Facebook Group), https://www.facebook.com/groups/vr.res/ 【略歴】白井 暁彦 (SHIRAI Akihiko, Ph.D) 1996年 キヤノン(株)入社,キヤノングループの英国ゲームエンジン開発企業Criterionを経て,2001年 東京工業大学総合理工学研究科博士後期課程に復学,2004年に『床面提示型触覚エンタテイメントシステムの提案と開発』で博士(工学)取得.(財)NHK‐ES,フランスLavalでのVRによる地域振興,日本科学未来館科学コミュニケーターを経て,2010年より神奈川工科大学情報学部情報メディア学科准教授.専門はVRエンタテイメントシステム,メディアアートの工学教育.フランスで18年開催されている世界最大のVRフェスティバル「Laval Virtual」の国際デモ部門ReVolutionのチェアマン.24年続く国際学生対抗VRコンテスト「IVRC」の実行委員・審査員.著書に『WiiRemoteプログラミング』,『白井博士の未来のゲームデザイン ―エンターテインメントシステムの科学―』など.