フランスの教育は「進路によっては修正がきかない」とか「13歳で進路が決まる」という話を聞きます。
ふらんすさんから大学院の学生についてコメント を頂いたので、ちょっと補足してみようと思います。
工学系かそうでないかにもよるのかもしれませんが「修正がきかなくなる」といわれている分岐点は13歳と17歳にあるようです。日本で言うところの高校進学と大学進学の進路を考え始める頃です。特に13歳にいたっては、ここで担任の先生が出来のよしあし、勉強の好き嫌いで「お前は進学・お前は職業訓練校」と振り分けてしまうので、間違って職業訓練校に進んでしまうと、あとで勉強に目覚めても、パン屋や塗装工といった職人にしかなれないよ、という一種の脅しのようなものがあるようです。
日本で言えば工業高校に行くようなものでしょうか。パン屋になることを望んでフランスに渡る人も多いわけですから、本人が望んでいるのであれば職人の人生も幸せだと思います。フランスは小さな都市で生活が成り立ちますから、手を抜いた仕事をせず、町の人と共に、休まず働けば悪い人生ではないでしょう。
ですが、日本の高校進学と同じく、多くの親や子どもが普通高校に進学させたいと望みます。まあ13歳ではまだ自分のやりたいことや素質などが開花してませんから当然かもしれません。ですが、職業訓練校と普通高校では、後者の方がバカっぽい学生が多いように見えます。派手な子どもが目に付くだけかも知れませんが、近所にある2つの高校を比べてみると、喫煙や恋愛など普通高校の女の子が特にひどいような感じがします(真面目に勉強しているようには見えない…)。
それはさておき、工学系でまともな進路を望む学生ですが、18歳までにEcoleにいくかUniversiteに行くかを決める必要があるようです。バカロレアはそれほど難しくないのですが、大学入学許可試験が難しいらしく、ちょうど日本で言うところのセンター試験のようなものでしょうか。
大学はほとんどが国立で、学費も非常に安く、格差はないのですが、勉強が苦手な学生は浪人しないで進学できるUniversiteを選ぶ傾向があるようです。Ecoleは2年の予科に行かねばならず、ここで入学試験に落ちれば3年でも4年でも留年します。名門大学は入学者の得点比率によって上から入学者を決めるそうですから、落ちようとおもえば、無理して上のランクの大学を受ければよく、何年も留年すると、気がつけばUniversite出の学生に大学卒業を先にされてしまうという憂き目を見ます。Universiteではよりtheorique(理論上の)ことを学びますので、実際の産業にはあまり役に立たないそうです。ですが、Universite出はその後、修士と博士に進学することが出来ますので、最短で26歳で博士(Ph.D)を取ることができるそうです。
もちろん、Ecoleコースも20歳でエンジニアリングに入り、23歳で学位取得卒業し、がんばれば26歳でPh.D取得も夢ではありませんが、実際にはEcoleから博士課程に進学する、というのは一般的ではないという認識があるようです。Ecoleでエンジニアリングに進んだ場合は、23歳で卒業して、企業のエンジニアとして活躍し、高い給料をもらうのが普通、という考えだそうです。
この逆もいえます。バカロレア後、Universiteを卒業しただけでは、日本で言えば高校卒業に加えて、基礎教養と哲学しかやってこなかったようなものですから、実力が全然ありません(その上、学位としては普通過ぎる)。なので、その後、修士を2年(BAC+4,5)というコースに進みますが、これは最近、職業よりの2年コースと、さらに博士に進んで、Ph.D取得して大学の先生になるコース、という2種類に分類されているそうです。前者はStage(スタージュ)という職業適性研修期間があり、ちょうど日本の修士学生が就職活動で学校に居ないように、2年目の残りの6ヶ月間、フランス国内や海外の企業で研修をしています。給料がもらえたり旅費がもらえたり、というのは学生の実力と探した企業によるそうですが、このStage先を探すのが、実は結構大変みたいです。進学しない学生は、課題としての制作やレポート、発表などは日本の学生よりもしっかりやっていますが、研究や学会発表といった外部発表はほとんど参加させてもらえません。明確な規定がないにもかかわらず、この手の仕事は博士進学コースに任されているようです(この辺はフランスの大学教育制度の闇を感じます)。
なので、コンピュータ関係など”つぶしの利く学問”を選択した学生は、努力とキャリアプランさえしっかりしていれば、どの進路に進んでも、日本の学生とさほど変わらないと思います。しかし、流行の学問やフランス語圏内しか有効でない学問を選んだ上に、コース変更してしまうと、たぶんとっても苦労することになると思います。Ecoleでいくら実力があっても、Universiteにコース変更して博士に進学しては、普通は1年では学位取得卒業できないはずです、普通は2-3年かかるでしょう。まず方法論から違うので。それが「普通ではあまりありえない・変更がきかない」と聞く理由だと思います。Univerisiteで職業よりのコースを選んだ学生は、企業に就職し現場に近い仕事をしながら管理職を目指す進路で、より日本に近いと思いますが、博士コースを選んでしまったら、まず軌道修正は難しいと思います。これは日本で博士に進学する学生と全く同じですが、卒業してPh.Dをとっても大学のポストは非常に少ない。さらに日本と違うのは、Ph.D取得2-3年をめどにHDR(教授資格)の取得も必要といわれています。これがないと、大学では要職にはつけませんし、なんとなく話を聞いていると差別があるようです。HDRをとるための要件は認定する大学によりますが、外部発表10件にジャーナル3本、加えてHDRの論文を英語かフランス語で、ということなので、ちょうどこれが日本の博士(工学)と同じぐらいの難易度なのではないかな、と思います。もちろん面接試験もあります。
というわけでまとめると、13歳での進路分岐は職人コースか普通高校か、という分岐は「勉強が好きか嫌いか」で判断されれば、さほど大きな間違いはしないといえます(私は遅咲きだったので、高校出るまで勉強が嫌いでしたが…)。高校卒業時での「大きな分岐」は「学者コースか、サラリーマンコース」か、という選択で、Ecoleに苦労して行くか、Universiteにさっさと行くか、という進路になると思います。これらの選択を誤ると、なかなか軌道修正は出来ないと思います。フランスの大学生ひとくくりでは言えませんが、やはりEcoleの予科2年は重要で、工学系に関して言えば、英語、数学、物理の基礎はここで習っていますので、それが出来ていないと、その後の学習も頭に入ってないことが多いです。もちろんEcole卒も、日本の大学生よろしく、入ってしまえばあとの在学期間は「何かが切れたかのように」遊んでしまう学生もいます。これはパリの名門大学にはよくいるそうです。日本の国立大学・有名大学も同じ現象でしょうね。
Ecoleを出て、そのまま修士コースに進む学生も多いようです。つまり日本の大学と同じように4年生大学を出た後に、さらに大学院に進む、という進路ですね。昔で言えば、そのまま官僚コースでいい暮らしも出来たかもしれませんが、激動する現代世界において、それは日本で「いい大学に行ければ、いい企業にいけて幸せになれる」というのとあまり変わらない程度の話ではないでしょうか。いくら名門大学を出ていても、英語能力や経験、管理能力が高くなければ、官僚としても中の下でしょうし。
さらに私見を述べれば、フランスと日本の教育制度を比較すると、小学校ぐらいまではフランスの方が「ゆとり教育」がうまく働いているとおもいますが、その分、基礎的な能力については国際的には引けをとっているかもしれません(これについてはもっと詳しく調べていこうと思います)。最近は英語も義務教育化して5歳から学ぶようなしくみもできつつあるそうですから、10年後ぐらいには、もっと変わっていると思いますが。
問題は大学教育ですね。上記のようにフランスの大学教育は(工学系しか詳しくありませんが)学生にかせているシステム上のオーバーヘッドが大きすぎるように思います。筆記試験のような画一的な方法で選択された学生がその後、23歳ぐらいまでその進路に束縛される…というあたりまでは日本とほぼ同じですが(日本も既に本人が望みさえすれば浪人しなくても大学にはいける時代になっている)、優秀な学生が、より才能に適した正しい評価で、優秀な場所で活躍できるようになっているか、というとちょっと疑問があります。日本の大学生の方が、(指導教官によりますが)学部生から学会発表する機会や、研究活動をする機会には恵まれていますし、(大学によりますが)予算も研究規模もチャンスがあると思います。フランスの学生はそういったアカデミックな場所での活躍を与えられるのは、せいぜい博士コースがデビュー戦となるわけですから、ずいぶんな違いです。
お互いの国に対してもったいないなあ、と思うのは、アカデミックな経験をしておきながら、企業のエンジニアになって一生のうちで一番いい時期を企業にささげてしまう日本学生と、一生のうちで一番、何でも勉強したものが身につく20代前半に、学校システムのおかげで、企業活動にも触れず、のんびりすごしてしまうフランス学生なのではないかと思います。そういう意味ではStageは(インターンシップとかは一部の企業にありますが)、日本にはまだ一般的でないよいシステムで、これは積極的に導入を検討したほうがいいんじゃないかと思います(どうせ修士の中盤1年は就職活動に踊らされているわけで)。
もちろん個々の国においても「優秀な例外」は沢山居ますし、そういう人は世間の常識には背を向けてがんばっているのが通例ですから、良いのですが。また多少遠回りした学生の方が、芯が強くて優秀だったりしますよね。往々にしてみな貧乏学生ですが。
まあ、近所にフランスから日本に来た留学生がいたら、彼らの学歴を彼らのキャリアプランと共に聞いてみるといいのではないかと思います。以上ご参考まで。