彼らに憧れて今の自分があるようなもんですよ、実際。

ペンギン村というド田舎で家族に囲まれながら、発明品を売って暮らすセンベエさんとか、 1885年でもあっという間にタイムマシンを作ったり直したりしちゃうバックトゥザフューチャーのドクはすごいなあ…とそういったものを原動力に博士をやっていることもあるわけです。

そんなところで、ここ数日は研究室に泊り込んで、ローテクと美学の集大成でハイテクな最先端ロボットを作ろうとしているわけです。 しかも自腹なので超ローコストで。

どの課題も極めれば、何時間でもかけられるわけです。 美しさにせよ、技術にせよ、コストにせよ。

何で美学なのか、というと、前回「動けばいいや、それが最高!」という学生に付き合って設計をしてしまったために、愚鈍な上に、精度が悪く、しかもかっこ悪い…という失敗をしてしまったのが大きな勉強でした。 これらは完全に動くものを美しく作り直す、という手法もありますが、それではどこかiMac的で素人の目はだませても、学会で専門家に見せるためには「水準以下」になってしまいます。 まあ巷には技術的にはどうでもよい感じの電子工作をかっこよく作って「メディアアートだ」とか言ってまかりなりにも工学系の学会に投稿してしまう人も居るわけですが、もちろんそれはかっこよくて良いし、もっと極めてほしいわけなんですが、それでは則巻アラレとかタイムマシンは作れないわけです。仮にも博士(工学)だし。科学や技術に正面向かないといかんのですよ、それがスタイルに終わって、進度としては微々たる物だったとしても。 まずは自分としての「機能美」を自分の水準以上に持っていかないと、作品を愛せないのです。学会とかで他人に攻撃されたときに、自分の作品を愛せないと、最悪ですし。

とか何とか書いてますが、加えて時間も無いんです。 SIGGRAPHのCDROMに収録されるPDFを出さねばならんのです。 さらに言うと、飛行機で手提げで持っていくので、重量も20kgを切らないといけないっぽいです。工具も出来るだけ少なくしないといけない。

そんな状況で、今日はモーター全部、新パーツに変えたりしてるわけですよ、古いモーターは実績もあるし、癖もつかんでいるんですが、既に半分以上焦げていて、肝心の出力がいまいちなのです。 なのでいま、組み上げているモーター一式で上手く動く補償はあんまり無いんですよね、でも決断しないと前に進まない。 まあこれが上手くいけば、軽量化も機能美も一気に向上するので、決断してがんばるべきところです。

しかしまあ、もっとひどいことに、ワッシャーとかビスとか、メカ系研究室なら絶対その辺の部品箱とか工具箱のすみに転がってそうな基本部品すらないのが困ります。 念のため…と余分に買い揃えてはいるんですが、極小化の代償で、剛性を挙げるために部品点数が多く、余裕が無いので1本でもなくすと、もう一度買いに行かないといけない(…が店は開いてない)。 本来、ワッシャーなんて個人で買うべきものじゃないと思うんですよ、日曜大工ならそんなもん使わなくてもネジは締められるわけで。ええ、しめますよ私は。

…というわけで、センベエ博士とか、ドクはいったいどうやって発明品を組み立てたのか、と。 しみじみ思い起こしながら、純粋に尊敬しなおしてしまうわけです。 私もまだまだ修行が足りないな、と。

とりあえず、目に鉄粉が入ったらしく痛いので、いったん家に帰ってシャワー浴びてプログラムのほうに移ります。 そういや例年の今頃はIVRCの司会のために、徹夜で台本読んだり、正装したりしていたのでした。嗚呼。