講演「”おもしろい研究”への挑戦」を公開しました

 

先日の日本発の触覚VRの祖のひとり,東京工業大学佐藤誠先生の最終講義での白井の講演を公開させていただきました.
動画は入ってませんが,おもしろさの科学へのアプローチの礎になればと思います.

ちなみにスライド63ページを20分(ぐらい)で喋っていますね….

当日のプログラム

日時:2016年3月19日(土)
場所:東京工業大学すずかけ台キャンパスすずかけホール

11:00-12:00 佐藤研、中本研、只野研、長谷川研 研究室見学 R2棟4階、5階、6階
佐藤誠先生ご退職記念シンポジウム「パターン認識と人工現実感の40年」 会場: 3F 多目的ホール
13:00-13:20 シミュレーションの感触 長谷川晶一
13:20-13:40 現実を書き換える映像投影技術 橋本直己
13:40-14:00 光線再生による3次元映像表示(仮) 圓道知博
14:00-14:20 “おもしろい研究”への挑戦 白井暁彦
休憩
14:30-14:50 身体の未来 稲見昌彦
14:50-15:10 VR研究・開発についての一考察 石井雅博
15:10-15:30 言語コミュニケーションの基層 高松亮
15:30-15:50 類似度再考-パターン認識の世界を放浪して- 和田俊和
休憩
佐藤誠先生最終講義 会場: 3F 多目的ホール
16:00-17:30 栞糸-40年間の大学生活を振り返る- 佐藤誠
休憩
17:45-20:30 記念祝賀会 会場: 2F モトテカコーヒー

当日の様子は白井のTwitterログで見つけることができますが,佐藤先生を支える先生方の大変素晴らしい講演があり,良い刺激になりました.

佐藤先生の講演は素晴らしかったです.
本当にクモ好きなんですねえ.

さて自分の講演について振り返り

 

実はこの63ページのスライドとは別に,予稿も書いていたりします.ぜんぜん異なるアスペクトなので,以下,PDFの予稿も公開します.
ダウンロードリンクは一番下においておきました.文中に本来あるべき論文等の引用はPDF版で見ていただければ幸いです.

 

“おもしろい研究”への挑戦
Challenges for “Omoshiroi” research

著者 白井 暁彦(神奈川工科大学 情報学部 情報メディア学科 准教授)
Akihiko SHIRAI, Ph.D (Kanagawa Institute of Technology)

2016

Abstract

This article is a retrospective view for Professor Makoto SATO and his final lecture. The author studied in spatial force feedback display for augmented reality system with his supervisor Prof. SATO from 2001 to 2004 and the experience have been applied into entertainment systems research to current education in computer media.

君,おもしろいね」から始まった師弟関係

佐藤先生との出会いは,小生の初めてのSIGGRAPH参加であったSIGGRAPH’97が最初であったように記憶している.佐藤研究室「Virtual basketball」に感動し,その後,日本VR学会第2回大会(名古屋・1997年)および,SIGGRAPH’98での“Foot Interface: Fantastic Phantom Slipper”を,当時の所属大学であった東京工芸大学 写真工学科 光情報処理研究室より発表する切っ掛けとなった.当時はVRは2回目のバブルを迎えており,2016年現在よりも100倍ほど高価な投資が必要ではあったが,夢もフロンティア精神もある時代であった.小生は画像工学専攻を卒業後,キヤノン株式会社に籍を置き,BJプリンタの工場である福島工場を経て,グループの英国ゲームエンジン開発企業Criterionに移籍し,PlayStation2を起爆剤とする世界のビデオゲーム業界の裏方で充実しつつも忙しい日々を過ごしていた.

佐藤先生との再会の舞台はSIGGRAPH2000であった.リアルタイムコンピュータグラフィックス技術においては,物理シミュレーションを取り込み,大きく進歩する時代であった.佐藤研究室は「4+4 Fingers Direct Manipulation With Force Feedback」,つまりSPIDARでRubik’s cubeを操作するデモを Emerging Technologies: Point of Departure においてデモしていた.
グラフィックス技術のみではゲームのリアリティには寄与できても「本質的なおもしろさ」には寄与できないことに限界を感じつつも「ビデオゲーム産業」の中でジレンマを感じながらR\&Dの本質に悩む日々の小生に,佐藤先生はさわやかな笑顔で「君,おもしろいね」「うちに来ない?」と,妻も子もいる悩めるエンジニアをアカデミアの世界への誘ったのであった.

ProfSatoT

(著者によるイラスト)佐藤先生の自然な笑顔,本当は笑っていない事も.
An illustration of natural smile of Prof.Sato drawn by author. It was difficult to see if it is not laughing truly.

 

佐藤研究室でのエクスペリエンス

このような縁あって,2001年4月より総合理工学研究科 知能システム科学専攻にフルタイム博士学生として在籍することになったのだが,東工大,精密工学研究所,佐藤研究室はゲーム産業のエンジニアとしては,カルチャーショックも大きく学ぶことも多くあった.博士論文「床面提示型触覚エンタテイメントシステムの提案と開発」については本稿では割愛するが,当時助手であった長谷川晶一先生と汎用物理エンジンSPRINGHEADの設計や,大型SPIDARにおける構造構築ノウハウ,Maxonモーターの取り扱いなど,論文というアウトプットには表出しない技術と品質,そして糸張力型触覚力覚ディスプレイSPIDAR(Space Interface Device for Artificial Reality)自身がもつ可能性と制約の突破へのチャレンジはその後のフランスLavalや,日本科学未来館での展示物開発には大変役に立った.

「おもしろい研究」の定義との闘い

現在ではエンタテイメントシステムを「人の娯楽に作用するようデザインされたコンピュータシステム」と定義し,幅広く研究を行っているが,佐藤研究室在学当時,工学博士に見合う水準のエンジニアリング,実験品質,研究ストラテジ,論文構築能力などは大変厳しく指導いただいた.中でも東工大の文化において「おもしろい」を研究テーマにすることは難しく,博士課程の前半において大変ストイックに取り組んでいたことを記憶している.
ゲーム開発企業在籍時に準備していた資金も完全に尽き,大変苦しい生活をしながら,それでも衝突も多かった.書き上げた300ページの博士論文を200ページほど削除することになったこともある.
博士論文審査においては,専攻の先生方から「(この研究は)人類の歴史において,どのような貢献があるのか?」との問いを突き付けられた.
知能システム科学の博士すべてに問われているであろうこの質問は,真を突いた質問で,感極まって本番の最中に泣き崩れた記憶もある.
博士取得という体験はそういうものではないだろうか.

「一見,無駄なこと」を真剣に研究する

触覚やエンタテイメントシステムは,華がある研究ではあったけれども,当時のコンピュータには必要があるという認識は薄かった.
佐藤先生と小生は「PlayStation4のころにはVRデバイスが標準になる」と予言しており,2016年現在,それは真実となったが,VRのアカデミズムと企業や産業での活動には大きな乖離がある時期でもあった.
自分自身の産業界から博士取得への挑戦に何度も後悔しながら,研究室がSIGGRAPHに毎年参加できるようなユニークな研究やデモの開発を支援した.
佐藤研究室には大きなお金を投じた研究もあれば,まったく予算がつかない研究もある.予算がつかなければ知恵や頓智や裏テーマで頑張るしかない.
佐藤先生は寛大にすべてを理解するわけではないし,むしろ頑固な指導者であったと思う.
企業の研究者や多くの学生から見れば,小生は「一見,無駄なこと」に大変一生懸命取り組んでいたように見えるのではないか.
先生の指導に理不尽を感じながらも,研究提案の執筆,アカデミックボランティアとしての各学会誌への執筆などで筆も鍛え,長谷川先生と,当時東大の博士学生であった稲見先生らとともに,学生VRコンテスト「IVRC」の国際化委員としてのコミットメントを深く行っていた.このような無駄な貢献こそが,博士という開拓者にとっては,その後のキャリアの中でも大きな転機になったと振り返ることができる.

「おもしろい研究」への転機

佐藤先生は土曜日に教官室で活動されていることが多かった.何故か,他の曜日とは異なるインタフェースを持ち合わせていた記憶がある.
博士論文と苦学生として伸び悩む小生に「君の研究は難しい/すごい研究とかではないのかもしれないが,“おもしろい研究”ではあるよね」と優しい言葉をかけていただいたことが,その後のアイデンティティ構築につながっている.小生は難しいことが難しいままであることに挑戦していた向きもあるのであろう.それ以後は,難しいことを難しいままではなく,明快に,わかりやすく,人々の面白い(Interest)を引き付けるという才能を自分自身で評価し,開拓していかなければならないと認識した.
まるで道化かもしれないが,科学やエンジニアリングといった軸だけが全てではない.そして全ての研究者が同じ才能を持っているわけではない,これは大変重要な気づきである.
その後のNHK技研でのポスドク,フランスLavalでの活動,先端科学を社会に伝える仕事である日本科学未来館での科学コミュニケーターといった,経歴においても大変役に立った生き抜くスキルの一つでもある.

博士取得後の研究

博士取得後の小生の研究は触覚よりもむしろ,より幅広いエンタテイメントシステムの研究分野の拡大に注力した.

多重化映像技術

RoadMap

多重化ディスプレイ技術のロードマップ
Road map of multiplex imaging technology

中でも,一つのディスプレイで複数の映像を視聴することができる多重化映像技術は長い歴史を持ちつつある.
最初の世代は中嶋正之先生のご紹介で教鞭をとらせていただいた,東工大世界文明センターでの非常勤講義「メディアアート技法」を発端としている.2009年当時,東工大学部生であった長野光希さん(現,南カリフォルニア大),濱田健夫さん(その後,佐藤研),宇津木健さん(その後,山口雅浩研),平野実花(東京工科大)らと,メディアアート的発想で3Dディスプレイに付加価値を加える多重化技術「Scritter」を構築し,Laval Virtualで発表した.
その後,ガンマ補正による色キャンセル技術を加えた多重化隠蔽映像技術「ScritterH」を生み出し,2D+3Dハイブリッドシアター技術「2x3D」などに発展した.現在は,パッシブ3Dフラットパネルディスプレイにおける多重化隠蔽技術「ExPixel」や,メガネなし立体ディスプレイと互換ディスプレイによる多重化技術「ExField」を使った拡張現実感技術を開拓している.
HMDによるVRブームのそのあとに,触覚技術とともに新たな「斜め上」の研究開発として社会に普及することを期待している.

2x3dexp2x3d

2D+3Dハイブリッドシアターシステム「2x3D」
“2x3D”, 2D+3D hybrid theater system

GAD

メガネなし拡張現実ディスプレイ
Glassless Augumented Reality Display

 

おもしろさの評価技術

博士学生時代に悩みに悩んだ「おもしろさの評価技術」も実りがあった.

言葉が不自由なフランス留学時代は,ゲームをプレイする糸張力型ロボット「RoboGamer」,日本語や英語といった言語による評価を利用せず,GPUを使用した超高速画像認識や,ゲーム内キャラクターの選択を利用したコンテンツ評価などの研究において,意味を持った.

赤外線レーザセンサを使った測距技術と,ユーザのふるまいを収集評価する集合知技術は,日本科学未来館3F常設展示「アナグラのうた」の基盤設計として大変役に立った.それ以外も,スマートフォンを使った動画視聴時の笑い検出「Wara-L」や,笑顔認識を使った展示体験前後の評価技術など,今後も発展が期待できる分野である.

学生VRコンテストから世界へ,産業へ

アカデミックボランティアとして2001年から継続支援している国際学生VRコンテスト「IVRC」も,佐藤先生や長谷川先生らとともに,実行委員や審査委員として参加させていただいている.国際担当委員として,2002年より毎年,SIGGRAPH Birds of a Feather(BoF) meetingを開催し,日本にとどまらず,米国カーネギーメロン大学ETCとの交流,フランスLavalでのVRによる地域振興活動とつながり大きな橋となった.

現在もフランスを中心に交流は拡大・継続しており,フランスLaval留学時に立ち上げたLaval Virtualにおける国際VR作品公募展「ReVolution」は2006年より現在も継続し,日仏を旅したVR作品とそれに関わる学生は100人を超えている.

指導した学生,サポートした学生らも,IVRCやLaval Virtualという「VRの甲子園」への挑戦や経験は大きく影響を受けており,時には自身の研究室から「Manga Generator」といった参加学生の卒業後も産業からの需要が続くようなプロジェクトも登場する.

審査員や実行委員としての公平公正な立場を維持しつつも,支援者,主催者,教育者としてVR産業やイノベーションを支援していくことは中々大変であるが,これも小生でなければできない仕事のひとつでもあるのでこれからも無理なく継続していこうと考えている.

おわりに

佐藤先生が研究人生の長きを投じた触覚VR,SPIDAR,大画面没入型ディスプレイの研究は,それ個々の技術だけではなく,その研究姿勢において小生の研究者としての資質に大きな影響を与えた.

10年,15年,20年といった期間において「現在は必要と思われていない技術」を価値が出るまで探求し続けるその姿勢は,今後も小生および小生の教え子たちに価値を生み続けるはずである.

そして,佐藤先生自身も,ブリーダーとして日々多頭のコーギーを引き連れながら,その手綱の張力を手で感じ,人類の歴史に貢献する,いや,人類以外の触覚にも貢献する次世代の「おもしろい研究」に挑戦を続けるものと信じている.

謝辞:
佐藤先生の最終講義にむけ,この場をお借りして,ご準備・ご機会いただいた長谷川晶一先生,博士時代にご支援いただいた小池康晴先生,そして人生において大きな学びの機会を頂いた,佐藤誠先生に敬意と感謝を記します.

{2016年3月19日}

著者紹介:白井 暁彦

1992年 東京工芸大学工学部最後の写真工学科卒業,1996年 同大学院画像工学専攻卒業.キヤノン(株),キヤノングループの英国ゲーム関連企業Criterionを経て2001年 東京工業大学総合理工学研究科博士後期課程に復学,2004年に『床面提示型触覚エンタテイメントシステムの提案と開発』で博士(工学)取得.(財)NHK‐ES,フランスLavalでのVRによる地域振興,日本科学未来館科学コミュニケーターを経て,現在 神奈川工科大学 情報学部 情報メディア学科 准教授.専門はVRエンタテイメントシステム,メディアアートの工学教育.著書に『WiiRemoteプログラミング』,『白井博士の未来のゲームデザイン-エンターテインメントシステムの科学』など.

★文中に本来あるべき論文等の引用はPDF版で見ていただければ幸いです.

PDFの予稿
[ダウンロードが見つかりません]

おまけ:

 

当時の論文に興味がある人はこちらが良いかと思います.

■「エンタテイメントシステム」(芸術科学会論文誌)

http://www.art-science.org/journal/v3n1/v3n1pp022/artsci-v3n1pp022.pdf

博士論文とかもかつて公開していましたが,サーバごと消えていますね,今度発掘作業しておきます.