暗号通貨に神は宿るか?

コインチェック日本円の出金再開で喜ぶユーザの声が聞こえてくるけれど、その先に資金体力低下で倒産の可能性も出てくるから何を喜んでいるのかなとも思います(私もユーザーですよ!)。

利用者保護の名の下に「自分の資産さえ守れればそれで安心」、という発想は一見正しそうに見えるけど、ユーザーの皆様、まずは「過ちを反省」しましょう。

「あやまち」とは「誤ち」とも書きますが、ここは「過ち」。

過ぎたるは及ばずがごとし。

そして「どんな神を信じるか」今一度、悔い改め考え直しましょう。

投資や投機に神も仏も無い、そう考える人も多いでしょう。儲かるなら何でもいい、暗号通貨から株や不動産投資に乗り換えよう、そう考える人も多いでしょう。でもその乗り換え方は新たな過ちを生むかもしれません。そもそも世界の基軸通貨であるドルは無神教ではないのです。

トランプ大統領(非公式翻訳)のツイートより。
NationalPrayerBreakfast (祈りの朝食会)

わが国の創始者たちは、独立宣言において4度も創造主(神)に呼びかけた。
我々の通貨にも「我ら神を信ず」との宣言がなされている。また我々は忠誠の誓いを朗唱するとき、自分たちの胸に手をあて、「神の下の一つの国家なり」と宣誓するのである。

ドルに刻印されている「IN GOD, WE TRUST」の精神は何の問題もなく維持されてきたものではなく、常にその神と信仰しない自由と戦いながら人々の深層に棲みついてきたシンボルです。
Wikipedia日本語版「In god we trust」解説

5セント硬貨に刻まれている、「IN GOD WE TRUST」の文字
5セント硬貨に刻まれている、「IN GOD WE TRUST」の文字(Wikiepdiaより引用)

暗号通貨も信じるなら神が必要。ホワイトペーパーなり、信頼できる運営なり。それがtrustというものでしょう。

そんなわけで今日(2018/2/9)は前日のダウ1032ドル安に続いて、日経が開けて400円安→一時700円安。

通貨や株の価値がなくなった時に、何を信じるのか?人間は常にその「trust」の意味を問われています。
皆に trust される通貨は価値が高まりますが、trust が弱ければ売られる運命です。
人工知能に取引を trust するのも同じこと。

そして日本語の「安心安全」とかいった言葉の雰囲気は日本の消費者としてのみの感覚で、世界の市場において同様にトラスト(信任/神託/信託)してはいけないです。 trust の原義は traust (堅固)という言葉で、繰り返し使われるうちに「信頼」という意味を持つようになり、スペルも trust に変わった経緯をもつようです。

この trust の変化と日本語の「信頼」という外在的な評価としての意味を持つ語の差を考えると、英語圏の trust やドルやアメリカ国家は、まずは「強い精神」で、たくさんの人が信じているという事。まず法整備ありきとかではなく、信頼に足る強い精神。そこに価値が生まれるのですね。

市場が弱気になった時、色々な事が見えて来ますね。
あなたのお金には、神が宿っていますでしょうか?