暗号通貨に神は宿るか?

コインチェック日本円の出金再開で喜ぶユーザの声が聞こえてくるけれど、その先に資金体力低下で倒産の可能性も出てくるから何を喜んでいるのかなとも思います(私もユーザーですよ!)。

利用者保護の名の下に「自分の資産さえ守れればそれで安心」、という発想は一見正しそうに見えるけど、ユーザーの皆様、まずは「過ちを反省」しましょう。

「あやまち」とは「誤ち」とも書きますが、ここは「過ち」。

過ぎたるは及ばずがごとし。

そして「どんな神を信じるか」今一度、悔い改め考え直しましょう。

投資や投機に神も仏も無い、そう考える人も多いでしょう。儲かるなら何でもいい、暗号通貨から株や不動産投資に乗り換えよう、そう考える人も多いでしょう。でもその乗り換え方は新たな過ちを生むかもしれません。そもそも世界の基軸通貨であるドルは無神教ではないのです。

トランプ大統領(非公式翻訳)のツイートより。
NationalPrayerBreakfast (祈りの朝食会)

わが国の創始者たちは、独立宣言において4度も創造主(神)に呼びかけた。
我々の通貨にも「我ら神を信ず」との宣言がなされている。また我々は忠誠の誓いを朗唱するとき、自分たちの胸に手をあて、「神の下の一つの国家なり」と宣誓するのである。

ドルに刻印されている「IN GOD, WE TRUST」の精神は何の問題もなく維持されてきたものではなく、常にその神と信仰しない自由と戦いながら人々の深層に棲みついてきたシンボルです。
Wikipedia日本語版「In god we trust」解説

5セント硬貨に刻まれている、「IN GOD WE TRUST」の文字
5セント硬貨に刻まれている、「IN GOD WE TRUST」の文字(Wikiepdiaより引用)

暗号通貨も信じるなら神が必要。ホワイトペーパーなり、信頼できる運営なり。それがtrustというものでしょう。

そんなわけで今日(2018/2/9)は前日のダウ1032ドル安に続いて、日経が開けて400円安→一時700円安。

通貨や株の価値がなくなった時に、何を信じるのか?人間は常にその「trust」の意味を問われています。
皆に trust される通貨は価値が高まりますが、trust が弱ければ売られる運命です。
人工知能に取引を trust するのも同じこと。

そして日本語の「安心安全」とかいった言葉の雰囲気は日本の消費者としてのみの感覚で、世界の市場において同様にトラスト(信任/神託/信託)してはいけないです。 trust の原義は traust (堅固)という言葉で、繰り返し使われるうちに「信頼」という意味を持つようになり、スペルも trust に変わった経緯をもつようです。

この trust の変化と日本語の「信頼」という外在的な評価としての意味を持つ語の差を考えると、英語圏の trust やドルやアメリカ国家は、まずは「強い精神」で、たくさんの人が信じているという事。まず法整備ありきとかではなく、信頼に足る強い精神。そこに価値が生まれるのですね。

市場が弱気になった時、色々な事が見えて来ますね。
あなたのお金には、神が宿っていますでしょうか?

Satoshi論文で人類が得たもの、失ったもの。

松尾真一郎先生のSatoshiに関するMediumがすごく面白かったので久しぶりにブログ書きました。

“Satoshiが注意深く設定した世界の境界線” by @ShaneMatsuo https://medium.com/@ShinichiroMatsuo/satoshi%E3%81%8C%E6%B3%A8%E6%84%8F%E6%B7%B1%E3%81%8F%E8%A8%AD%E5%AE%9A%E3%81%97%E3%81%9F%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%A2%83%E7%95%8C%E7%B7%9A-cde3f8ffa0e4

いやあアカデミズム大事。フィンテック業界とかで括る前に、まずはセキュリティとか暗号方面の研究業界だって沢山あるわけですからね。

さてこの記事Facebookで床井浩平先生と國光宏尚氏がシェアしていて知ったのですが、この記事では「マイニングの報酬」とかビットコインによる価値そのもの、本当の価値については言及がないのですよ。

床井先生はそこに疑問を持たれていました。

「ビットコインの本当の価値はなんなんだろう?」

『価値なんて無いです、みんなそんな漠然としたものに回答も出せずにお金突っ込んでいたのですから濡れ手にアワなんですよ、だからバブルって言うの!』という回答は投機方面にはいいでしょうね。ちなみに泡じゃなくて粟ですけど。

ビットコインのマイニング価値としては電力と計算機パワー。これらの中国での原価からおそらく1BTCあたり40〜80万円が妥当と見られている情報もありますが、今後、中国政府のビットコインに対する取り締まりなどが強化されていくと、根底から評価替えが必要になるでしょうね。

そんな社会情勢、地政学的リスクで決まるなら、外為とあまり変わりないですよね。でもそれは違うかもしれません。

以下ちょっと長めの作文をしてしまったので、多少推敲してまとめておきます。

参考までにSatoshi論文の日本語訳を読んでおくといいかも。探せば沢山ありますが、こちらはとてもよく訳されていらっしゃいます。

ビットコインの原論文を読む

まず採掘と送金はそれぞれ別の報酬です。金に例えて採掘なのですが、その中身はSHA256などのハッシュアルゴリズムによる暗号生成です。ゴールドラッシュ時代と違って、掘った人が精製蓄財できるだけでなく、売ることも、送ることも、変動相場制の市場で売買することもとても容易です。

ビットコインの場合はブロック生成時間と理論的上限があるので、費やした計算機コストと電気代、1ブロックあたりの貢献度で決まります。送金は、完全採掘終了後も欲でドライブされていく事を想定して設計されています。

Meduim記事にこれが言及されていないのは確かに不自然で、原著には6章で触れられています。Satoshi論文の境界を越えている、と言えるのは数学的証明があるかないかかもしれませんが、それを言うとSatoshi論文は51%問題についてポワソン分布の確率関数を申し訳程度に解いているだけです。マイニングの難易度設定なども詳細がありません。

ただSatoshi論文には様々な有益な使い道や起きるであろう予測については断片的ではありますが、多くの記述があります。

Satoshiが本当に日本人であれば、ソニーやNEC、富士通の研究者(在外研?)であり、Pay-easyやマイナンバー、Felicaの問題点を解決しようと考えたものかもしれません。
*白井個人の妄想ですがWinnyを作った故 金子勇先生か、その近しい方ではないかと考えております。

特許出願をしてもいいけれど(多くの弁理士はこれは実装が伴わないシステム特許だ、と却下したがるでしょう)それはこの非中央集権的な発想に反して価値を根底から失わせ、面白くないなと思ったのでしょうね。

もちろんこの論文だけでマイニングソフトウェアを実装する事は不可能ですし、マイニングソフトウェアがオープンソースで開発可能なのも一般的には言及がないけれど重要な事です。

「本当の価値」ですが、多くの初期貢献者が名乗り出ることを避ける事になります。知ってしまってはいけない事、手に入れてしまってはいけない価値を手にしてしまうからですね。

そう言う意味で「本当の本当の価値」は、人々が中央集権的な通貨発行体による経済から支配されなくなる代わりに、別の何かに支配されるという事ですね。具体的には暗号生成コストと互助的なブロックチェーンの仕組みに財布を繋がれるということです。
小麦の農作物化に成功した代わりに、小麦に支配された人類とほぼ同じ事が起きています。
その前に日本人は犯罪者と国税庁に支配される直前にいる状態ですが。

以下追記。

ブロックチェーンにはその他にも沢山の実用上の弱点があります。たとえば、支払いに使うだけなら過去の台帳はたしかにハッシュにしてしまうので不要ですが、税金の支払いや銀行送金に使うのであればやはり必要です。

小口現金のような少額決済のためにビットコインを使うのか、税金のような支払い証明や銀行間送金に使うのかといった想定はたしかにSatoshi論文の境界を越えていますが、少なくとも10円玉が過去誰に使われてきたかを記録するデータベースに10円以上使うわけにはいかないでしょう。論文中にもそのあたりは言及があります。つまりブロックチェーンが「繋がっていて、正しい」ということを高速に保証するのと「過去を全て記録する」のは根本的に異なります。

人類のDNAが過去の祖先から繋がっていて「人類の父親は童貞ではない!」ということを証明することはできますが、人類が過去見聞きして来たことを全て残すことはできないのと同じ事ですね。

「小麦による支配」という話は『サピエンス全史』からの引用ですが、やはり過去の人類も、狩猟の時代から、農耕の時代に移る時に色々な痕跡を残しているようです。狩猟時代の方が健康で、食の偏りがなく、移住がしやすかった。一方でジャガイモやトウモロコシの農作物化に局所的に成功することで、安定して食料を得るグループが生まれる。安定して食料を得ることで、早く離乳しより多くの子供が増やせる。
それにより、旧来の生活を送っていたグループにも影響が出ます。追いやられて行くか、農産物を育てるか、奪い取るか。

いまの仮想通貨と呼ばれる暗号通貨の狂想曲はまさにそのような状況にあります。
このチェーンに繫ぎ止められたのは、他でもない人間の欲望と計算機資源と電力というエネルギーです。「中央集権的」と言っていた頃は、まだ一部の人間がコントロールをしていました。中央集権的という話は国だけではありません。Suicaだって、ストア用のリーダーを誰でも持てるならば、満員電車でスリ行為がいくらでも行えますが、そうはなっていません。そこの品質管理を価値としている存在がいるという事です。暗号通貨の場合は、マイニングソースコードの管理と計算機力と電力と通貨を支えるコミュニティによって互助的な関係で暗号通貨は盛り上がって行きます。しかし、冷静に現在の仮想通貨と呼ばれているシステムの設計や利用状況を見れば、宛先を間違えればどんなに高い金額でも一瞬で消えて無くなりますし、イーサリアムのようなスマートコントラクトが可能な分散計算機ではなくあえてビットコインやBCHといった「悪化が良貨を駆逐する」状態です。

人類は、このように、情報や効率といった欲のために、より不安定で不健康な選択肢を選んでしまう生き物なのです。

さて大学などの研究が「世の中に役に立つ/立たない」といった水掛け論が聴こえて久しいですが、さてSatoshi論文で人類が得たもの、失ったものは何でしょうか?すでに経済的な価値を超えていると思いませんか?

本当にすごいことは、役に立つとか立たないとか、そういうレベルの話では無いのです。
本当の意味での革新、馬鹿げた事、世界をひっくり返すような考え。名前がSatoshiなだけですが、日本人的な名前からこんな事が起きている事にワクワクしますね。

追記の追記。

ICOは…ネズミ講というよりも先に「風説の流布」で捕まる人もいるかもしれないですね。

暗号通貨でネズミ講に当たりそうなのは「NEMのスーパーノード」に代表されるノード運営ですね。実際にはセキュリティ知識もサーバ運用知識もほとんどない人々が立ち上げていますので近いうちに問題が出るでしょう。
不労所得への甘い誘惑がミームとして人類に寄生しています。

「Nintendo Labo」公開によせて

2018年1月18日、任天堂の新製品「Nintendo Labo」が発表されました。あまりに興奮してしまい、Twitter連投してしまったのと、前回のSwitchの時みたいに「こんなの全然売れない!」という世間の評価に対して、ちゃんと論評して未来を描いてみたところ、しっかり売れました。そういう未来が来てしまうと、あとで振り返るのはなかなか難しいので、回想録としてまとめておきたいと思います。

Switchはもはやゲーム機ではない、材料だ。

すっごい良くできた映像。どんな国の人にでも、段階を追って理解を積み上げながらわくわくできるようになっている。Switchはもはやゲーム機ではない、材料だ。
書籍「WiiRemoteプログラミング」の続きを書くときがきたかも?

Nintendo Labo(ニンテンドーラボ) 初公開映像

儲かるとか儲からないとかいう視点で見ている大人がいるけど、それは関係ない。京都任天堂とMAKE文化は正直とても遠いのに「子供の遊び文化への大いなる挑戦!」と評価したい。原価はとても低いし、消耗品、というか材料しか提供しないのだから安全基準、製造体制なども含めて。株価も上がっている。

「Switch」という名前は、遊びの文化へのスイッチONなのかもしれないし、もしかしたらこのプロダクトにおける電子部品としての「SW」という意味があるのかもしれない。

 

予測を上回る未来

個人的には寄稿「Switch、みんなが気付いてない10の未来」(2017/03/01)の予言が当たっていてうれしい。日経テクノロジーオンライン寄稿「Switch、みんなが気付いてない10の未来」(2017/03/01)の予言が当たっていてうれしい。 http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/feature/15/022100062/022100001/
(有料サイトですみません)

自サイトにてインデックスと無料版を公開しております
http://aki.shirai.as/2017/03/nintendo-switch-20170301/

「Nintendo Switch、みんなが気がついていない10の未来」
http://aki.shirai.as/2018/01/nintendo-switch-unknown-future/

関係ありそうなのは
1.Switchは「テレビゲームの歴史にトドメを刺す」
4.「何かゲームがしたい人」は結局なにも買わない
6.玩具の歴史であってゲーム機の歴史ではない
9.「Joy-Con」がひらく日本がアップルを超える未来
“Switch”という名前の本当の意味 などなど。
http://aki.shirai.as/2017/03/nintendo-switch-20170301/

リクエスト多かったので再編集しておきましたが長いので以下おもしろいところだけ抜粋。

一番手が抜けない場所がユーザー任せ

Switchが新たな将棋盤となり、触覚を主導にした触覚VRエンタテイメントが玩具の未来にあるとすれば、その開発をまず任天堂が最初に行ってユーザーやサードパーティに示すべきです。HD振動だけでなく、分離合体が可能なゲームコントローラー「Joy-Con(ジョイコン)」は、コントローラーをどう持つか、Joy-Conと組み合わせて使うガンやハンドルなどのオプション機器をどう組み合わせるか、画面とどう対峙するかまでをユーザに任せています。
ゲーム開発者の視点から見ると、「エクスペリエンスを作る際に一番手が抜けない場所」をユーザーに任せているわけで、開発者としては戸惑いもあると思います。簡単に表現すれば「カードゲームと同じ、トランプの持ち方まで設計しない」ということでもありますが、そのトランプで大貧民やブラックジャックといった「ゲームの遊び方」を示していく必要があるということです。ミニゲーム集「1-2 Switch」がまさにその具現化でしょう。

そんなわけで、Nintendo Laboは新たな遊びを開拓するために、ユーザにクラフトを預けることで、想像力のバトンをユーザに戻すのですね!

ちなみに、昨日、VR関係の桜花一門さんとこの手の話をしていたのですが、「ユーザに任せる」って発想がゲーム開発者側から出てくるにはとても勇気がいると思います。とても大事なことです。

STEAM教育とメディアアートと研究とLaboの関係

STEM教育、もしくはSTEAM教育について「チームラボの高須さんからシンガポールのSTEM教育について学ぶ」というエントリーを書いたことがあるのですが、STEM教育つまり”Science, Technology, Engineering and Mathematics” すなわち科学・技術・工学・数学の教育分野にアートを加えたSTEAM、でもやっぱりここには「遊び」が足りない。プレイフルであることを(日本の)教育の現場が供しないのもありがち。でも研究者はこの分野に果敢に取り組んできたのです。

例えば、神奈川工科大学 情報学部 情報メディア学科の鈴木浩 准教授(つまり同僚ですが)が中心に開発してきたプロジェクト「たたかえ!!僕らのシャドウロボ」はまさにNintendo Laboにインスパイアを与えたと見ます。
http://www.hsuzuki-lab.info/?page_id=87

SIGGRAPH Studio2013での発表
https://dl.acm.org/citation.cfm?id=2503673.2503688

LABO、MAKEやCAMPといった名前からも、これまでのモノづくりコミュニティへのリスペクトと、その先を提案する気持ちを感じます。

今後に期待!

この狙ったかのようなタイミングで、ニンテンドースイッチ向け「KORG Gadget」というゲーム感覚で音楽が制作できるアプリも発表されています。なんだか対戦ゲームっぽいこともできる様子。

 

日本のゲーム、デジタルモノづくり、メディアアートやSTEAM教育はNintendo Laboを刺激し、Laboはそれらを刺激して新しい才能を育てるものと考えます。素晴らしいです。

タイムラインでいろんな方々のご意見や興奮を収集しておきました。

http://aki.shirai.as/2018/01/o_ob-at-2018-01-18/

今後も何かあれば追記していきたいと思います。

追記

■「Nintendo LABOの熱狂がマジでわからない」と人はいふ

TVゲームの概念と市場をTVゲームから連続的にTVの前から引きはがすのがどんなに大変なのか?って話はTVゲーム開発者やVR開発者なら絶対わかる。

でも熱狂的なビデオゲーム信者にはわからない、枠の外が見えてないし、子供も見えてないからこれはしょうがない。LABOはそれを破壊しにかかっているわけじゃないから安心しよう。純粋に「インターフェイスを自作できる”だけ”」と考えていただいてもよい。HORIの仕事を自分でやれる、それだけでも「与えられたものしか遊べない支配」から子供たちは抜け出せるんだよ。

あと「クソ高いダンボール」という意見はわかる。
正直なところ、利益率90%の製品が飛ぶように売れてしまうぐらいでないと、30年成長しそびれたビデオゲームの負の思考をひっくり返すことは難しいと思う。
逆言えば、この価格でクリスマス商戦までもつなら、地殻変動が起きると思います。

この30年、ゲーム産業はソフトウェア産業としては成長し続けたのだけど、
でも玩具産業としては、新しいものはすべてゲームソフトがが潰してきた。
玩具とゲームが融合した形でソフト化した例はamiboだけど、これも他者が真似て失敗している。
LABOはKANOやlittlebitsの追従として見ても異様さはないですよね。

ユーザの自由なクリエイションや現実世界の物理を生かしながら、既存IPを生かす方法や、上手な箱庭を作る方法は、現在のビデオゲーム開発の現場においてとても重要、マリオメーカーしかり、マイクラしかり、VRなんてまさにそれ。

根拠もなく「売れないでしょ」って言っている御仁は、未来の「LABOを楽しむ子供の想像力」すらないオジサンだってことを認めるべき。
例えばamiboが「パイルダーオン」するようなゲームが出てきてやっとその価値や意味が分かるぐらいの想像力のなさ。一方で「ダンボールが邪魔」とかリアリストなんだ。

想像力がない人は「LABO」を買わないし、彼らが現在考えている遊びに想像力は必要がない。任天度としてもキャズム超えるまでは市場に寄与しないから特に気にする必要はない。

そしてクリエイションはエネルギーが必要。継続的に遊ばせる必要すらあるのかどうかも模索する必要がある。きっかけで十分。

まずは「ファミリーベーシック」や「ロボット」、「バーチャルボーイ」は「高嶺の花」でいいんだ。
でも、一生に一度でも触れておいてほしい。
そんな玩具を友人の家で遊んだことはないか?
月刊誌の雑誌の付録を一気に作り上げてしまった記憶はないか?

まずは、それでいいんじゃないかい?

値段の高さは気になるけど「買いたいけど買えない」それでいい。今の任天堂の社長がこの価格を判断したんだ、何か考えがあるんだろう。初期の極度な品薄とかね。

ちなみに任天堂の株価はこの2日で5%以上、100株でも持っていたら30万円は上げた計算。いいものをつくれば市場は評価するし、資本は動く。

新年のご挨拶~2018年 戌年 元旦

あけましておめでとうございます

旧年中は秋口から急に体調を崩し、職業人生において、はじめての挫折を味わう年になってしまいました。
幸いにも職場の配慮があり、長期の療養をとらせていただいております。
学生さんや先生方をはじめ、たくさんの方々にご迷惑をおかけしてしまったことをお詫びします。

容体のほうはおかげさまで安定しており、一旦は全く動かなくなった腕も、毎日のリハビリと運動療法の成果もあって、なんとか絵ぐらいは描けるようになってきました。

挫折したときは原点に返ってみることが大事と思います。
健康を害するような習慣がないか、乱暴な食事や睡眠、薬に頼って無理をしたりしていないか見直し、適切に食べ、家族と話しをして、運動する習慣を身につける…。
そのような当たり前のことをやってみることがまずは大事ですね。
モノづくりの原点に立ち返ってみることも大事でした。
本を読む、写真を撮ってみる、スケッチブックに描いてみる…など、基本的な読み解きや表現を通してわかることというのは多く、それは自分が恥ずかしくなるようなことであったとしても、それ自身を受け止めて学びなおしていく行為であると思います。
子供たちにしっかりと勉強のしかたを教えることも大変な経験になりました。
学者という生き物は、どうしても頭の回転ばかりが速くなってしまいます。
本人はそれでよいのかもしれませんが、稚拙であっても頭の回転が速く行動が早く、ということがすべてにおいて良いことではありません。

年末の紅白歌合戦の企画として、羽生善治永世七冠のインタビューがありました。
http://news.livedoor.com/article/detail/14099838/
「将棋をどのぐらい分かっているかと言われたら、あまり今もわかっていないという感覚は実感としてある」
その短いことばにはっとさせられました。続けて「初心忘るべからず」について、
「始めたときの気持ちということではなくて、『その時々の初めて』という意味がある。例えば将棋を始めた時の気持ちとかプロを目指した気持ちとか、ターニングポイントみたいなところでの気持ちを忘れない、というのがいいのではないか」と述べていました。

生きながらにして将棋の伝説となった同世代の人物の口から「初心という言葉は、初めて将棋をうつ時のことだけではない」という言葉を聞いたことは、大変衝撃がありました。

たしかに、子供たちと将棋を指していると、思いもつかないような新しい手を指してきたり、大人が根負けするような勝利への執着心を見せたりします。
そして、新しい技を教えると、子供でも大人でも、頭の中に回路が開いていく感覚をおぼえます。
数学の問題に取り組んでいるときなどでも同じような感覚を感じることは、皆さんも経験があるのではないでしょうか。

効率化や人工知能の発展とともに、人々の仕事がより複雑かつ高いハードル、無理難題に対する高いエフォートが求められる時代にあります。

一方では「どうやったらそんな高いハードルを飛べるようになるのだろうか?」、「そもそもそんなハードルを飛ぶ意味なんてないのでは」といった若者たちの感覚も感じます。

知らない人、できない人が、「できるようになる過程」を主観で体験していく過程は大変時間がかかるけれども、重要な体験であるなあ、とかみしめているわけです。
それは、できることだけをやっているよりも、大変意味があることなのかもしれないです。

さて、2018年は戌年。新世代「aibo」のデビューの年でもあります。
イヌは野生のオオカミとDNA的にはほとんど変わらず、1万年以上前にヒトのパートナーとして共に生きる道を選んだ生物です。
人類と最も歴史の深い、相棒とも呼べるでしょう。
新しい aibo もきっと、人類のよき友として、我々のヒトとしての在り方に、おもしろい刺激を与えてくれると思います。
未来の人々からみたら「あたりまえだよ」ということを、どうやったらわかりやすく言語にしていくことができるか、
これからも自分がやれることを少しずつ、増やしていきたい年です。

みなさまの2018年が良い年になりますように。

 2018年 元旦  自宅にて   白井暁彦

「任天堂Switch、みんな気付いてない10の未来」を読みやすくするハック

日経テクノロジーオンラインに寄稿したNintendo Switch発売記念カウントダウン記事「任天堂Switch、私はここに期待する」が本日公開されました。

「任天堂Switch、みんな気付いてない10の未来」

白井 暁彦=神奈川工科大学 准教授

全11ページあるうえに、毎ページのようにログイン要求されるので、著者ですら読みづらいと思いました。以下インデックスしておきます。

 

1.Switchは「テレビゲームの歴史にトドメを刺す」
2.グラフィックス性能の向上で見えなくなる「何か」が明らかに
グラフィックス性能を上げたら売れるとは限らない
3.テレビの奪い合い戦争が終焉する
遊びを遊びとして保つためには「やめる自由」が大事
4.「何かゲームがしたい人」は結局なにも買わない
ゲームを買うのはソーシャルな理由
5.でもスプラファンは「スプラ2」さえ出れば満足
任天堂ハードで「○○専用機」は珍しくない
6.玩具の歴史であってゲーム機の歴史ではない
7.「1-2 Switch」こそが最注目タイトル
8.「VRエンタメ」の未来に「触覚VRエンタメ」あり
一番手が抜けない場所がユーザー任せ
9.「Joy-Con」がひらく日本がアップルを超える未来
“Switch”という名前の本当の意味
10.やはりSwitchは「テレビゲームの歴史にトドメを刺す」

最初は「10のヒミツ」として書き出したら10どころか20ぐらいあったので、だいぶ圧縮しております。全部で11,000字ぐらいあります。

基本はエンタテイメントシステム、プラットフォーム設計の歴史と変遷の話なのですが、任天堂の中の人さま、一部憶測で書いてゴメンナサイ!
今度機会があったら試遊会に呼んでください、もっとちゃんと書きますから!

でも「テレビゲームの歴史にトドメを刺す」は本気と思いました。

ご感想は日経テクノロジーオンラインのほうにお寄せ下さいませ。

追記:無料版を公開しております。

Nintendo Switch、みんなが気がついていない10の未来
http://aki.shirai.as/2018/01/nintendo-switch-unknown-future/

 

2017年の抱負 – 気力とは何か

今年もよろしくお願いいたします。

おめでとうとは言えない正月
先年2月の入試業務の真っ最中に祖母を失い、また年末に妻の祖母も他界し、悲しみの中で明けた2017年です。

宗教的儀礼はともかくとして心の持ちようでは元気にいられますし、紅白歌合戦だって楽しめるし、映画だって観に行こうと思えば観に行けますが、長年続く宗教的儀礼とはよくできていて、人の死といったケガレはミソギを行い心静かに過ごさないと逆に良くないことがたくさん起きるようです。

全くもって非科学的に聞こえますが、ケガレとは「汚れ/穢れ」とも書くのですが、語源は「気枯れ」と書くらしく、気力の枯れが魔を呼ぶようです。では気力とはなんなのか?気力は目には見えませんが、全くもって非科学的な存在なのかと思えば、最近は実はそうではないと考えるようになってきました。

気力の正体とは何か?
気力とは「感じる力&やり遂げる精神力」と考えます。英語で言えば sensitivity & spirits です。英語では「心」にあたる言葉はたくさんあってmind, heart, spritsなどありますが、物事をやり遂げたり、本人の信条とする行動を貫く心はspiritと呼びます。「感じる力」とは五感をはじめとする感覚の事ですが、「五感」という呼び方は古くアリストテレスの時代における分類です。視覚一つとっても、中央視や周辺視、フォーカス、認知機構まで考えればアテンションなども「見えているか?」という要素に入ります。意識下の判断はそれ以降です。聴覚、触覚、味覚、嗅覚、身体の平衡感覚や筋骨格系や反射含めて「感覚」です。

気力が鈍ると何が起きるか?
以上のように「気力は見えません」が、一方では人間の内側で重要な役割を持っている事がわかります。神道では「穢れは厄災を呼ぶ」と言いますが本当でしょうか。気力が枯れると何が起きるか?例えば、交通事故などは、不注意や焦り、普段やらないことから起きます。対人関係のトラブルなども相手の表情やストレスを見ずに行動する事で呼び込みやすくなります。神道では女性に関わる「穢れ」が多く書かれており、月経や出産すら「穢れ」として扱われています。女性を汚らわしい存在として見るような一面もあるのですが、別の視点では、女性は産後や月経周期で精神的にも肉体的にも不安定になりますし、(地位の高い男性のパートナーであればなおのこと)他の女性の誘いを受けるような「好事魔多し」を呼び込む事になることから、お祓いやお清め、滝行のような禊(ミソギ)を行うのでは無いでしょうか。元々は死んだイザナミを追ったイザナギが黄泉の国から帰ってきた時に行った行為であり、現在は神社の境内に入る時に冷たい水で手を洗い口をゆすぎます。冷たい水の感覚が、何か大事な事を感じるための準備信号を与えてくれます。

抱負とは何なのか?

さて2017年の抱負です
いつもなら、張り切って新しい年に「抱負」を述べたりするのでしょう。しかし家族が沈んでいる時に、一人で元気にお祝いをしたり、未来や希望を述べているのもなんだか場違いなのです。それだけ家族が沈んでいるということで、いくら精神的に強固でも(鈍感でも)、それぐらいの空気は読まねばなりません。

そして抱負とは何なのでしょうか。
「抱負」は「希望」では無いようです。
今年一年、抱きかかえて背負うという事ですから、単なる希望や妄想と言うよりは、実現に向かわせるための実効力を持つマニフェストのようなものでしょうか。
つまり

• 腕を治す

• 大きな仕事をする

• 不測の事態に耐える

といったレベルではなく、以下のようなマニフェストでしょうか。

腕を治す
2週に1度は整形外科に通い、リハビリに専念し、3月末までに可動範囲を増やし、上期中に完治を目指す。

大きな仕事をする
研究関係では(詳細は書けませんが)VRの歴史に残るような大きな仕事をする。実験もやる、論文も通すし、商業製作も大きなプロジェクトを動かす。

不測の事態に耐える
2017年は素数。身体の不調、事故や災害、学生のトラブルといった割り切れない「不測の事態」は必ず起きると考える。その時に誰のせいでもなく、予測の範囲として行動する。何も起きなければそれでよく、備えをしておく。

特に大事なには3つ目で、少なくとも、現状のコンディション、体制、家族の状態で「不測の事態」が起きたら、私はバラバラになってしまうでしょうね。そういえば過去のVR業界の失敗はそんな「雑で高価すぎる仕事」にあったように思います。2016年末から2017年初にかけても、そういう「雑な事態」は周りでチラホラ見えていました。

雑な仕事は「気枯れ」によるもので、感覚や品質に鈍りがあるという事で、冷たい水で感覚を研ぎ澄ますような反省が必要です。物事や精神の本質を再度見直すいい時期でもあると考えます。反省しない輩は相手にする必要はありません。

そんな感じで、ちょいお堅い感じですが、真面目に楽しく生きていますので、今年もよろしくお願いいたします。

白井暁彦

『Pokémon GO』に学ぶ商標問題と、VRを面白くするために「もっと大事なこと」。

★文中、ポケモンGO、PokemonGoなど表記が揺らいでいまが、日本語表記については微妙な状況にあるようですので、本稿ではNiantic公式に従い可能なかぎり『Pokémon GO』と表記します。

ことの発端はこれ。本稿公開時で3,000RT(個人RTレコード更新)。

★ちなみに、最終的な拒絶査定でもないですし、商標ゴロに訴えられているわけでもないですし、今後日本で発売できないわけでもないですよ。RTする前に、このエントリーを中盤まで読んでくださいね。

手っ取り早く、くだんの発言の知財処理上の詳細を理解したい人はこちらの方のエントリーを読んでいただくのが良いと思います。

 

世間は Pokémon GO で大騒ぎです

 

この原稿はとあるWebメディアに向けて執筆していた原稿の成れの果てなのですが、技術だけでなく、社会的インパクトが大きすぎる上に、書いているそばから新しい話が出てきてしまい、もう個人Blogぐらいか書きようがない話になってしまいました。

まず『Pokémon GO』は大ヒットした位置情報ゲーム『Ingress』を作った Googleから独立したAlphabetグループ企業 Niantic Labs社 が開発した最新の位置情報ゲームです。

 

<動画:Ingress – It’s time to Move. (2012/11/15)>

 

IngressがSF風の雰囲気で演出されているのに対し、『Pokémon GO』はポケモンの世界感を大事に、その育ったポケモン世代にアピールしています。

<動画:UK: Pokémon GO – Get Up and Go!>

 

★ゲームの中身についての解説は、まだ日本でリリースしていませんのでまたの機会にいたします!

近日中に日本でもプレイできるようになるそうですので、ゲームのリリースについての情報はこまめにNiantic公式Blogと、公式Twitter、ストアを確認することをお勧めします(Android, iPhone)。

 

なお、本稿では分かりやすさのために、前作である『Ingress』の用語に訳せるところは可能な限りIngress用語で解説しています。Pokémon GO のゲームの詳細について予習したい人は公式のこちらの情報用語集を読むと良いと思います。

株価への影響

▼任天堂株が1年4カ月ぶりの日中上昇率、ポケモンが米首位(Bloomberg・2016年7月8日)

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-07-08/O9Z08F6KLVS201

この記事の時点で「前日比11%高の1万6560円まで買われた」、とありますが、この記事の執筆時点(7/16)の10日間でも、オーストラリアやUKはじめとするヨーロッパの各国でリリース直後から話題となり連騰し、初週7月15日の終値で 2万7780円まで上がっています。長く低迷していた頃に任天堂株を最低購入価格である150万円で買った人は、 Pokémon GO リリース後に倍近い額になっている計算です。なお、任天堂は Niantic Labs社に3000万ドル(当時 約36億円)の出資をしていますが。直接の開発元であるNiantic Labs社や株式会社ポケモンは上場公開しておらず直接投資できない点と、ゲームと連携して遊ぶIoTデバイス「Pokémon GO PLUS」を近日中に発売する予定の任天堂株が買われているという情報です。

経済インパクト大、そして社会問題にも…

さて問題は株価だけではありません。その異常なまでのプレイヤーの熱狂ぶりが報道されています。

運転中の Pokémon GO 禁止、警察署やミュージアムでの Pokémon GO での進入禁止などはニュースが多すぎて把握できませんが、特徴的なニュースを引用しておきます。

 

▼アメリカ人、ついにメートル法を学習 「ポケモンGO」のキロメートル表記が分からず検索急上昇BIGLOBEニュース・2016/7/12)
http://www.excite.co.jp/News/it_g/20160712/Biglobe_7672285195.html

▼「ポケモンGO」公開4日で売上14億円突破、米調査会社データ(フォーブス・2016/07/12)
http://forbesjapan.com/articles/detail/12822

株価上昇だけでなく売り上げも大変な規模です。「公開4日で14億円」がどれぐらいすごいかというと、Niantic社の前作 Ingressでは「立ち上げから現在までの総売上が110万ドル(約1億1300万円)」(同記事, SuperData社の元記事)ですので、そのインパクトの大きさが売り上げ規模から想像できます。

一方で、同じSuperDataの調査によると、2016年にVR業界全体での売上は29億ドル(約3190億円)という予測。2020年には10倍以上の403億ドルに伸びるとして予測していますので、単純な掛け算・割り算では最初のインパクトが続くなら、VR業界全体の年間売り上げの1/3程度の規模となります。

経済だけではなく社会問題にもなりつつあります。

▼Teen playing new Pokémon game on phone discovers body in Wind River
(19歳が新しい携帯ポケモンゲームをプレイ中に水死体を発見, county10, 2016/7/8)
http://county10.com/201021174044426240

朝早起きしてポケモン探していたら、白骨死体とかじゃなくてけっこうナマ温かい死体を発見してしまったようです。ただ、このようなプレイヤーが増えることで犯罪抑止力の目にはなるかと思います。

▼Pokemon GO が、米国の夕方の公園の風景を一変させていた(Yahooニュース・松村太郎・2016/7/14)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/taromatsumura/20160714-00059978/

犯罪が多く、お世辞にも治安が良いとは言えない日没のアメリカの公園の景色が、Pokémon GO用語の「トレーナー/Trainers」、Ingressスラングでいう所の「不審者」がたくさんいて、大人も子供も皆何かに夢中になっているような写真が撮影されています。それを裏付けるかのようにこんなニュースも。

▼「ポケモンGO」に便乗? ヒラリー陣営、ストップで集会(日本経済新聞・2016/7/15)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGN15H1I_V10C16A7000000/

日本では選挙権が18歳まで引き下げられましたが、アメリカではそれを笑うかのように Pokémon GO を選挙運動に取り入れているようです。日経新聞で「ストップ」と言えば株価の「ストップ高」なのかと思いきや「ポケストップ」、Ingressにおける「ポータル」、つまりゲーム上の「いかねばならない重要地点」で集会を開いているそうです。日経新聞の記事をそのまま引用しますが、

“ヒラリー陣営は集会にあわせ、ポケストップにモンスターを一定時間おびき寄せられるアイテムを使用する計画だ。陣営のサイトでは「無料でポケモンを捕まえ、戦わせよう。選挙人登録を行い、ヒラリー・クリントンについてもっとよく知ろう。子どもたち歓迎」として、家族連れの参加を呼びかけている”

候補陣営→エサ撒く→ポケモンやってくる→Pokémon GO ユーザ寄ってくる→話聞いてくれるかも?……それってつまり「ポケモンの力を借りて選挙に勝つ」という新モデルで、もはや「選挙にポケモンを召喚しているような状態」ではないでしょうか。日本の公職選挙法もこれぐらい斬新な方法を想定して整備してほしいものですね。

 

そして悲しい事件も起きています。

 

▼「ポケモンGO」に夢中の少女、車に跳ねられる(BIGLOBEニュース・2016/7/15)

http://www.excite.co.jp/News/it_g/20160715/Biglobe_3370741731.html

命に別状はなかったのですが、「ラッシュアワーで混雑している交通量の多い4車線の道路を横断」して事故に遭っています。事故後はアプリをアンインストールし他のプレイヤーに対して、「周りをよく見て気を付けて」と語っているそうですが、そのメッセージはアプリ起動時にも表示されています。

特にジム戦が白熱して盛り上がっているようで、動画を探すとポケモンを追いかけて人々が衝突しているような危なげな動画もあります。

以上のようなニュースは憶測やデマのような未確認情報まで含めるとたくさんあり、まさにとんでもない熱狂ぶりです。
Ingress or Pokemon GO

日本ではいつリリースされるのか?

日本ではいつ、Pokemon Go がプレイできるようになるのでしょうか?

待ちきれない人々からは「某巨大企業提携説」、「流行に弱い日本人の気質」、「サーバーの増強」など様々な憶測が飛んできます。

前作 Ingress を長くプレイするエージェント(Ingress用語;プレイヤーのこと)は、より多くの視点と経験を持っています。

まず、Pokémon GO が日本市場投入される時期として、最も早いタイミングとして見られていたのが、2016/7/16以降です。前作 Ingress が、世界中のプレイヤーを巻き込んだ大会を実施しており、その“最終決戦”Aegis Novaの最終ステージが、東京で7月16日に開催される予定でした(公式イベントHP)。Ingressの世界の上でも Aegis Novaで一旦のストーリー展開上の終結を見る、という設計でした。

▼Pokémon GO、Ingressのナイアンティック川島氏に聞く 1万5000人規模のAEGIS-NOVA TOKYO開催直前、Pokémon GOの日本での提供は(ImpressケータイWatch・2016/7/13)

http://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/interview/1010228.html

“川島氏:それらの国の優先順位が高かったというわけではありません。法律的な問題や安全性への配慮、時間が必要なものなどいろいろな要素が影響しており、慎重に選んだものです。重要性で決めたわけではありません。日本でのローンチが遅れているのは、サーバー自体が予想を上回るアクセスで、きちんとしないといけないというところです。発表だけして遊べないと言うのでは困ります。エンジニアは寝る間を惜しんで増強に努めています。近いうちに、日本でも提供いたします”

筆者も実際に取材を兼ねて参加してきましたが、CEOジョン・ハンケによるスピーチではやはり Pokémon GO のリリースに関する新情報はなく、そのタイトル名もあえて伏せてスピーチが行われるほどでした。

<動画:Aegis Nova Tokyo終了後のCEOジョン・ハンケによるスピーチ>

筆者の憶測の範疇を出ませんが、川島氏さんの「法律的な問題」、John Hanke氏の「名前を言えない」という点から日本は商標登録に問題があるのかもしれません。調査してみると「ポケモンゴー」と呼べる商標は任天堂から「商願2015-086693」として出願されており、任天堂株式会社、株式会社クリーチャーズ、株式会社ゲームフリークが権利者として明記されていますが、現状は「存続-出願-審査中」になっています。「Pokémon GO PLUS」(商願2015-087286)も「存続-出願-審査中」ですが、同時期に提出された文字だけの「Pokemon GO PLUS」は2016年5月27日に登録となっています(登録5852656)。どうやら類似商標などを懸念して審査官から拒絶のお知らせが出ているようで、補正手続きも出されていますが、7/16時点で最終的な判断まではたどり着いていないようです。

これはそもそも任天堂の商標出願ですし、一方で商標登録までたどり着いていなくてもサービス開始しているポケモン関連アプリもありますので、なかなか難しい問題ですが、これが日本でリリースできない理由のひとつになっているのかもしれませんね。インタビュー記事やイベントでの発言にも納得がいきますし、実際の係争が起きているわけでないようですが、商標関連は片っ端から出願してくる会社もありますので騒いでもいいことはありません。あくまで公式には「サーバーの増強」として、憶測は憶測として応援しながら見守るしかありませんね。

Q6-PokemonIP<原稿執筆時点での「ポケモン」関連商標検索結果(一部)、(日付左)が出願日(日付右)が登録日>

 

“ポケモン”は商標問題のポケットモンスター

結構身近なところでこんな話も聞こえてきますが、

▼クライアントや上司に「ポケモンGOみたいなゲーム作って」って言われた時に投げつけるまとめhttp://togetter.com/li/999088

そもそも「ポケモン」や「ポケットモンスター」の商標って複雑なんですよね。

ポケモンだから複雑だというか、長年売れたタイトル、かつ自社発ではないIP(知的財産権)だとなおさらです。

▼ポケモンを例に出して世界一簡単に商標登録とは何かを説明するぞぉ(2016-04-18)

Pokémon GOはARではない…?

一方で、海の向こうのポケモントレーナーから「ARゲームじゃない、IPの力で成功した位置情報ゲームだ」なんて意見も出てきます。

冒頭に引用した米調査会社SuperData社も「Pokémon GO ARではない」と明言しているのも興味深いです。

我々はIP取得を忘れていないか?

たしかにIngressや Pokémon GO を支えるテクノロジーとして重要な技術は、「スマホでのAR」というよりも「大規模・多人数・同時の位置情報ゲーム」という点です。しかし「ポケモン」という長年任天堂他が培ってきたIPも上記の通り「なんとか守ってきたIP」という説明の方が正しいと思います。

任天堂のポケモン関連の商標をみると、本当にギリギリまでがんばって、登録の見通しが立った瞬間に出願をしていることが感じられます。日本の特許や商標は公開制ですので、新しい出願があったときには皆さんに異議申し立てができるように公告されます。興味がある人は特許庁の検索(無料)やTwitterの商標速報bot(@trademark_bot)などを追いかけてみると良いでしょう。

でも、任天堂がギリギリまで商標出願しない理由のひとつは、他でもないゲームファンの人々が商標出願情報から新ポケモン名を書き立てたり、商標ゴロに連想できるような類似特許を取られないため、でもありますよね。

みなさん新しいVR作品を取得する時に、IP取得していますか?

IPといってもよくいうキャラクターのことではありません、もちろんインターネットプロトコルのアドレスでもありません。Intellectual property、具体的には特許出願と商標出願をしていますか?

私は企業との共同研究や商業案件の場合は必ず特許か商標を出願しています。

単独個人のお金で出願することもありますし、共同研究先と共同出願することもあります。大学から業務特許で出願して大学の保有になっているものも多いです。

出願したものが全て権利化されるわけではありませんし、むしろ特許の場合は物言いがついて頭を悩まされることの方が多いです。

しかし他者に真似された時も悔しいですし、訴えられるのも困ります。

でも、最も辛いのは「将来自分が特許や商標を出願した時に、自分の作品のおかげでIPが成立しない」という時ではないでしょうか(まあ味わってみないとわからないでしょうけどね…)。

この先、VRやARで一山当てよう、とおもっているあなた。

作り手なら、まずはIPについて学びましょう。Pokemon GOの問題は、学ぶよい機会ではないでしょうか。

 

IngressとPokemon GOの本質を見抜け

ところで、現在のゲーム業界はインベーダーのコピー基盤の販売で拡大したという歴史を覚えている人はおりますでしょうか?

PlayStationのDUALSHOCK2に実装されていたバイブレーターの制御技術が、PlayStation2を一時発売停止に追い込み、特許問題になったことを覚えていますか?
(なお、この技術は白井の修士時代の研究に大変関係があるものです…)

今、IngressとPokemon Goの人気の本質にあるものはなんでしょうか?

ポケモン人気?位置情報ゲーム?それらの本質を見抜いておかなければ(一時は劣化コピーで儲かる瞬間もありますが)、ものづくりの原動力が見抜けていないということです。継続的にはその後の訴訟やサポートで大変な痛い目を喰らうかもしれません。

私はこう考えます。

多くの社会的影響も含めて、設計上、強く人々を惹きつけているのはGPSを用いたスマートフォンゲームであること、特にその中でも「マルチプレイヤーARであること」が最も重要ではないでしょうか。

Google MapsやGoogleが支えるサーバー技術は確かに強大なのですが、AWSやPhoton、そしてGoogleのサーバーサービスなど、本質的にはお金を出せば買えるものなのです。そもそもNiantic Labs自体、(2014年のGDCにて)Ingress APIをUnityプラットフォームに提供する準備がされており、Pokemon GO自体もこの環境において開発されているようです。

スマホARは今後、Pokemon GOを軸に大きく転換期を迎えるものと感じています。

VRエンタテイメントでは今後、実体体験型VRとマルチプレイヤー型のモバイルARにすみわけが進んでいくのではないでしょうか、その中で、既存IPとの連携、VRにおけるStory(ナラティブ)など考えることは多いのですが、それもやはり、人々が飽きればそれで終わってしまう可能性がある演出要素でしかないのではないでしょうか。驚異的な存在であることは間違いないです。

VR/ARエンタテイメントでみんなが忘れていること

このように強大な存在ではあるのですが、実は、Nianticの人々はPokemon GOを作ったのは、他でもない、Ingressのエージェントたちだ、と明言しています。これはリップサービスでしょうか?たしかにお世辞なのかもしれませんが、この22歳の青年のスピーチを聞いて何を感じますか?

Pokemon Goが出たとしても、インストールしたとしても、Ingressが生んだものは強大です。

技術やIPは大事なのですが、コミュニティを醸成していく技術は超大事です。

そして、私は「Nianticの杜撰さ」は褒められることではないけれど、その先進性と「未完成さ」は評価できると思います。

日本でのリリースはいつになるかはわかりませんが、世界各国で Pokemon GO が始まってから起きたことは、Ingressと人々を研究する側としては「想定されていること」でした。

 

相模Ingress部で学んだこと

ちょっとした余談になってしまいますが、筆者は相模原市立博物館と協働で、位置情報ゲームをつかった相模原市全体のフィールドミュージアム化についての共同研究を行っており、2013年からARやGISを使ったゲームによる人々の理解や行動がどのように変化するかについて調査しています。

その中でも、ゲームをゲームの中だけで終わらせるのではなく、積極的に経済活動につなげたり、プレイヤーへの啓蒙活動や、文化・知的探求活動につなげていくための手法や知見、データをまとめています。

▼相模Ingress部

http://ingress.sagamiharacitymuseum.jp

▼フィールドミュージアム構築における代替現実ゲーム「Ingress」の活用 (SliderShare)

▼代替現実ゲーム「Ingress」で魅力的なまちづくり ―プレーヤーも、観光客も、地域住民も喜ぶためには(観光政策フォーラム・2015/4/1)

・Part1 ゲームが観光客を連れてくる!?
  https://www.kankou-seisaku.jp/ksk/jsp/kankous/st?n=87&d=1

・Part2 ゲームを使ってフィールドミュージアムをつくる―市立博物館との市民協働プロジェクト―
 https://www.kankou-seisaku.jp/ksk/jsp/kankous/cr?n=87&d=19

・Part3 Ingressで見える、魅力的なまちとは
 https://www.kankou-seisaku.jp/ksk/jsp/kankous/cr?n=87&d=20

Fuchinobe2 FuchinobeFuchinobe3

<筆者主催のイベントでの相模原市渕野辺駅前の商店街の様子・Ingressエージェントと地元商店街の融合が見える>

 

今となっては、この規模のIngressイベントは珍しくなくなってしまいましたが、Ingress公式のXF(cross faction, 両陣営合同)イベントが発表される前から、JAXAや はやぶさ 、博物館と絡ませた初詣やら、豆まきやらを企画し、Ingressをハックして楽しんでいたのです。

クラシックなITやサービスの考え方では「ペルソナ」つまりユーザはたいてい一人として設計されています。しかしミュージアムやMMMMORPGのプレイヤーはひとりではないのです。

 

<上記SlideShareから:ミュージアム来館者は単体ではないため、複合ペルソナを考える必要がある>

Ingressガチ勢問題

一方、位置情報ゲームをあまりプレイしない人々からは、特に「Ingressは”ガチ勢”が多い」と言われ敬遠されます。

確かに、装備や行動、発言やリーダーシップにおいては「普通じゃないな」とか「XMでアタマやられているな」(訳注:XM=エキゾチックマター, Ingress世界でそこらじゅうに拡散している謎のエネルギー)という人もたくさんいらっしゃいます。

しかし、Ingressのプレイヤー全てがガチ勢というわけではなく、ゆるふわ勢も、コスプレしながら楽しむ人も、妊婦さんもいます。

Ingressというゲームの設計や戦略上、そのような行動を取る人、またうつ病や肥満、運動不足の解消を目的としてゲームを開始した人も多く、ちょっと変わった人も多いです。

ネットではガチ勢の人たちばかりが目立ちますし、ハングアウト(訳注:Google Hangouts、Ingressのエージェントが情報交流に使っていることが多い)ではものすごく高圧的な人物が、会ってみると以外と温和な人だったりして、なかなか見極めるのは難しいのですけれども。

一方で、ガチ勢の中でもこのゲームを愛する人々、ボランティア精神がある人はただゲームをプレイするのではありません。運営と連携し、陣営や自分が所有するポータルや実績を一旦忘れ、寄り添ってコミュニティ醸成活動に参加します。そうしないと、位置情報ゲームは固着しはじめると「これは俺の所有物」と考える人も多くなり、それによる力の誇示や争いが生まれ、初心者が入りづらくなり、活動範囲も狭くなり、カルト・セクト化してしまいます。これはイングレスのようなMMMMO(Map-based Mobile MMORPG,マップベースモバイ大規模多人数オンラインゲーム)だけではなく、一般のMMOでも同じ傾向があります。

クリエイティビティを発揮できるゲーム

一般のMMOと同じ要素がある一方で、Ingressの「遊び」のもう一つの重要な要素、それは「自由」です。

カイヨワをベースにした[遊びの成立]の現代語訳。遊びは「遊ぶために遊ぶ自己目的性の行為」であり、「隔離された活動」,「非生産的活動」,「虚構の活動」, 「規則のある活動」,「未確定の活動」そして最も重要なのは「自由な活動」 であること。 自由はいつでもやめられること。日常と非連続、現実世界に富を生まない、現実とは区別がつく (写実でもよい) 、遊びの世界を支配するルールがある、先が読めない、選択の自由がある、「遊び」の成立。これら全ての特徴がそろっているときに純粋な「遊び」が成立し、「遊戯状態」にあると定義できる。

上図はカイヨワをベースにした[遊びの成立]の現代語訳。遊びは「遊ぶために遊ぶ自己目的性の行為」であり、「隔離された活動」,「非生産的活動」,「虚構の活動」, 「規則のある活動」,「未確定の活動」そして最も重要なのは「自由な活動」 であること。

自由はいつでもやめられること。日常と非連続、現実世界に富を生まない、現実とは区別がつく (写実でもよい) 、遊びの世界を支配するルールがある、先が読めない、選択の自由がある、「遊び」の成立。これら全ての特徴がそろっているときに純粋な「遊び」が成立し、「遊戯状態」にあると定義できる。

「行動の自由」や「やめる自由」もさることながら、現代ではプレイスタイルや表現、つまりファッション性や同人制作など「個々のユーザのクリエイティビティを発揮できる自由」も重要な要素です。

<写真上:様々なファッションで参加する>

<写真下:同人制作の数々>

動的ペルソナ:「白井博士の未来のゲームデザイン」より
動的ペルソナ:「白井博士の未来のゲームデザイン」より

これは「白井博士の未来のゲームデザイン」において予言していた「動的ペルソナ」が確実に進んでいるということで、Pokemon GO登場以降、2016年以降はこの図の動的ペルソナに「Pokemon GOをプレイする女子」を想定してエンタテイメントシステムを設計していかねばならないということです。

 

みんな新しい体験が欲しい

どうしてあたらしいゲームを始めるのか

筆者の調査によると、日本人が初めてゲームを開始する年齢が「4歳」で、その理由は「プレイしたいゲームがあったから」ではなく「友人や周囲の話題についていきたい」というモチベーションが切っ掛けになっています(幼稚園におけるヒアリング、大学生に対するアンケート中心の調査による。本当は大規模調査したいので誰か一緒にやりましょう)。つまり「ゲームを開始する理由はそもそもソーシャル」ということです。

また新しいゲームを開始する時、特にプレイしたことがない「新しいジャンルのゲームを開始すること」は人々によって難しく、ちょっとした挑戦になります。自分の意思ではダウンロードしないアプリをダウンロードする時は、仲の良い、信頼できる他人から誘われる時が最も有効に働きます。新しいSNSツールなどがまさにその典型で、自分が信頼しているリアル友達に誘われない限り、もしくは強い強制力がある、センスいい、出し抜かれたくない、話題についていく必要がある、といった理由がない限りは新しい価値観のゲームをプレイしたりアプリをインストールする事は、なかなか期待できないのではないでしょうか。

Pokemon GOを始める理由

その中で、Pokemon GO が持つ魅力、「Pokemon GOを開始する理由」だけでも列挙してみるとこれだけの要素があります。

・ポケモン世代

・既存スマホゲームに飽きた

・Ingressエージェント

・運動不足解消したい

・なんだか米国で話題なので

・(非ポケモン世代)子供がインストールしろというので

・(非ゲームプレイヤー)株価への影響がすごいので知っておきたい

多くのPokemon GOプレイヤーや、未リリースの日本市場が気づいていない点も指摘しておきます。

ほとんどのスマホユーザーが「友達が欲しい」と思ってゲームをダウンロードしたりはしません。

しかし Ingressは大会に出ると、ほぼ高確率で新しい友達が増えます。

 

Ingressは愛されているのです。
(時には愛憎余ってたいへんなことになりますが)

そんなこともあって、Niantic LabsはIngressエージェントを中心に、Pokemon GO の日本でのベータテストを事前に行っています。体験したIngressガチ勢は「Pokemon GO は Pokemon GO、IngressはIngressで面白い」と言っています。やっぱりIngressは愛されているのです。一目惚れがそのまま続いている感じです。

専用ハードウェアこそが頑張る場所

上記の通り、”ガチ勢”は簡単に乗り換えをするのではなく、今後、IngressとPokemon GOなどそれぞれの位置情報ゲームにあわせてスマホ2台持ちといった方法に流れていくのではないかと予測します。その中で、Pokemon GO プレイヤー専用のIoTガジェットである『Pokemon GO Plus』や任天堂が売り出すかもしれない関連商品や専用ハードウェアのような展開は、さらに新しい文化や商機を生み出すと見ています。

日本製品が世界で成功するなんて話は、本当に最近聞かなくなってきているなか、
任天堂は頑張って商品展開を進めてほしい!と思います。

 

もちろんNiantic Labsも動いています。他社の参入チャンスも大いにあると思います。

▼ポケモンGO、ARデバイスへの対応等、今後の新機能に期待(MoguraVR・2016/7/14)

http://www.moguravr.com/pokemon-go-ar-vr/

ポケモンGOを近々リリースされる可能がある新型Google Glassや、Microsoft HoloLensなどのウェアラブルARデバイスで体験可能にすることも検討中だとハンケ氏は語っています。

(関連記事)ポケモンGOがVRに対応の可能性 ライセンスが示唆か

みなさん知らない人も多いので、Niantic Labs社のCEOである、John HankeがGoogle Mapsを作るさらにはるか前に、何を作っていたか、紹介しておきます。

Windows95の時代にMMORPGを作っていた人物が「自分の子供を外に連れ出すゲーム」を作ったのがIngressです。時代を先取りしすぎです、しかも「Meridian 59」は、権利問題を解決して、いまでもプレイ可能な状態でネットに存在しています。

John Hankeの挑戦はまだまだ続くのではないでしょうか。

そして、この先進性を一緒に楽しんで、未来に進めていかければなりません。

 

IngressやPokemon GOはコンテンツなのか?

筆者が今回、Aegis Nova Tokyoで見たかったのは、Ingressの人気や人々の行動・理解がどのように変化していくのか?といった点です。課金アイテムの売れ行きとかアフターパーティーの人の集まり方とか。そもそもIngressは終了するのか、Pokemon GOは始まるのか。

そういった「IngressやPokemon GOはコンテンツなのか?」といった疑問に、Aegis Nova Tokyo終了後の私は明確にNo、だと言えます。

Ingressは世界システムです。エンタテイメントシステムです。
Pokemon GOも次なる可能性やポテンシャルを秘めています。

それは一過性の人気ではなく、人類の歴史に大きな第一歩を与えるアクションであると感じます。

 

どう控えめに見積もっても、
長年続いたJRの「ポケモンスタンプラリー」は来年夏には終了していると思います。残念ですが。

夢の世界がどこにあるのか?

ARで想像を補うのか、VRに自分を浸すのか。

ARは宇宙のリアリティです。VRは地球のリアリティです。

どっちがいいか?そんな宗教戦争は無意味だと思います。

 

夢の世界を地上に持ってくる技術は、たくさんあっていいとおもいます。

Pokémon Go の日本リリース、いろんな問題が片付かなくて、いつまでたってもラウンチしないけど、おかげで新しいARゲームやビジネスのアイディアはどんどん出てきます。

GoogleGlass今売れよ!的な。 

ちなみに、現在公開されている Pokemon GO はトレイラーで描いていた機能のほんの一部でしかない、今後もどんどん機能追加されていくはずです。負けていられません!!

 

まとめ

まったくどうにも信じられないぐらい長いエントリーになってしまいましたが、最後まで読んでくれてありがとうございました。

『Pokémon GO』に学ぶ商標問題と、VRを面白くするために「もっと大事なこと」。

・”ポケモン”は商標問題のポケットモンスター。

・VRコンテンツ作ってる人は、特許でも商標でもいい、IPとっとけ、いますぐとっとけ。

・プレイヤーも作り手であることは楽しい

・プレイヤーは複合ペルソナ、ひとりじゃつまらない。

・プレイヤーは動的ペルソナ、Pokemon GO以降を設計せねば。

・ライブ感、みんな集まるMMMOを維持する技術

・みんなに愛される必要性

・ハードウェアこそがんばれ

 

以上、テクノロジーの話ではない話ばかりで、何も前に進んだ感じがしない話になってしまいましたが、なんでこんな長い話を書いたのか、というと、私も「ひとりじゃつまらない!」のです。

ARやVRのエンタテイメントシステムのその未来を、これからもバシバシ解説していきたいと思います。

世界のエージェントやトレーナーたちと一緒に、今日も、歩きます!

 

 

 

追記

おとなり韓国も…

そういや日本のGoogle Mapsの地図著作権もいろいろ問題あるわけですが、これは Ingress で解決済み。
こうやってNianticがいろいろ風穴あけてくれているという理解もできる。

原発をいま止めるべき10の理由 – Ten urgent reasons to stop nuclear plant now

「川内原発を止めてください。」(change.org)

パリ在住のアーティスト,新津 亜土華 さんに紹介されてこのchange.orgのキャンペーンを知りました.

私はフランス暮らしを通して職場での常識的な政治ディスカッションやクリティカルシンキングについて経験を積みましたが,現在,日本のコンサバティブな職についている立場上,政治的思想的な発言はできるだけ控えたいです(ここは個人ブログですが,社会の一員として社会的な責任を持っているが,政治思想の発言ではないことを明言しておきます).
この問題,昨日までは4:6ぐらいで「継続稼働いたしかたなし」という風潮で理解していました.
主な理由は「現地の人々が復興を頑張っているのにその電力を県外の人々の”不安”だけで止めてしまってよいのか?」という意見によるものでした.主にTwitterで.

しかし,エネルギー関係のエンジニアであった父の話や,
新しくなった日本科学未来館「100億人のサバイバル」ゾーン1での毛利館長のメッセージなどを見るにつれ,
急速に考えが変わってきました.

署名するかどうか,署名したからどうなる,ということではありませんが,ここ数日モヤモヤ考えていた疑問や不安を,以下「原発をいま止めるべき10の理由」としてまとめてみました.

1. 福島の失敗から学んでいない

北澤宏一先生(元東京都市大学学長・独立行政法人科学技術振興機構顧問・東京大学名誉教授)が晩年の最後の仕事としてまとめた「福島原発事故独立検証委員会有識者委員会」のデータ,経験,失敗から何も学んでいない.

2. 想定外の自然災害

現在起きている群発地震は気象庁の観測史上初の現象であり,想定外の自然現象であるといえないか?単発の地震であれば耐えられる問題も,物流が停止し,人員が自由に移動できず,リソースも判断も平時ではない状況で,すでに想定外の状況に入っていないか?

3. これは経済問題なのか?

技術的に制御できる,止められるのであれば止めるべきであることは一般市民であっても理解できる状況.「異常はない」という情報はしつこいぐらいに報道されているが,人々は異常がないことを知りたいのではない.何日あれば安全に止められるのか,止めることによってどのようなリスクがあるのかを知らされるべき.技術的な問題のレイヤーと経済問題,政治的な問題,訴訟問題などを分けて考える必要がある.訴訟をすることで1日1億円の補償金がかかるとしても,福島での事故によって,日本が失った国土は経済的に復旧可能なのか,と考えると,これは経済問題ではない,という判断にならないのか?

4. リスク管理ができていないのでは

「異常がない」と報道されているが,止めること,継続することに対して,どのようなリスクがあるのかをどう管理できているのかの情報も,判断もない.少なくともNHKニュースの「異常がない」という報道が真実だったとして,世界各国からの視点で,どのように異常がないのか,例えば建物の損傷やインフラ,従業員の被災状況などビジュアルで理解できる写真や説得力のあるデータが一切ない.

5. 制御できない科学技術となっていないか

原子力発電所を構築する技術のうちいくつかはその安全基準の判断に疑わしい条件がある(原子炉格納容器漏えい検査の不正とその事実に関するTEPCOのH14年における経緯説明など).福島での事故においてそれらが現実の事故として明らかになっているにもかかわらず,現状においても「異常がない」とする姿勢はすでに我が国における原子力発電所が制御できない科学技術となっていないか?

6. 経済戦争が理由になっていないか

原発の運転継続となる判断が,過去のエネルギー戦争や経済戦争が原子力発電所の建設ラッシュ,またはその建設による借金が背景にあったとして,この経済戦争が続いているとして,原発の灯を落とすことがその戦争への戦線を下げることとしても,この行き過ぎた競争をクールダウンさせる理由として,福島での事故やこの自然災害の脅威を肯定的に使うことができないのはなぜか?リスクを取ってヒートアップさせる理由があるのだろうか?

7. これはカミカゼなのか?だとすれば国土でやることか?

リスクを取って勝利を得ようとする,これは日本のかつての歴史に何度か登場したカミカゼ精神に他ならない.だとすれば,それは自国の国土を永遠に消えない傷をつけてもでやるべきことなのか?運よく自然環境が味方することもあるだろう.しかし現状は,自然環境は明らかに日本人にとって不利に傾いている状況であり,原発運転継続はプラスの要素は一切ない(安全に稼働していれば,プラスマイナスゼロの状態).マイナスの要素としては事故のリスクであり,福島のように永遠に立ち入れない土地を増やすだけではないか.そこで地面を削る事業を延々と生み出しているという意味では喜ばしいと考える人々もいるのかもしれないが,それはプラスではないだろう.

8. 国際社会における責任を考えていない

少なくとも,私は海外の友人たちに「なぜ日本は九州の原発を止めないのだ,何ならほかの原発だって止めたほうがいい」という質問や忠告に対して,説得力のあるデータや写真や理由を持ち合わせてはいない.「現地の人々にとってこの電力は必要なのだ」という意見も,九州電力のでんき予報(http://www.kyuden.co.jp/power_usages/pc.html)を見る限りでは 943万kW, 77%と需要は減りこそすれ余裕がある.つまりYes派だってきちんとデータをみてつぶやいているわけではないのではないか.

九州電力による「でんき予報」電力使用実績データ(4月上旬)

前項とも密接に関係するが,国際社会から「日本人はクレイジー」という否定しがたい風評をあてられるマイナスも考えていただきたい.日本は原発事故のおかげでノーベル物理学賞を獲得しているわけではない.きちんとデータをもって考えるべき.

9. これだけの止めるべき理由があるにもかかわらず,議論が全く不透明なまま継続ありきの異常さ

素人視点でこれだけの問題が出てくるのに「異常がないのだから継続すればよい」という簡単な状況なのだろうか.政治家も報道も,国民市民に説明するのが仕事にもかかわらず,説明は十分にされていない.地元の人々にはされているのだろうか?この震災で国会TPP特別委員会が連日中断しているが,(プロ市民を除いて)報道やネットでの風潮を含めて,議論を整理して,一般の人々にわかりやすく「止めるべきなのか,止めない理由があるのか」をきっちりと理解できるように説明していない.どこでどのようにディスカッションされているのか,一般市民が国際社会に向けて説明できる程度の情報や証拠は必要な状況では.

10. そもそも日本人は自分の意志で原発を止められないのではないか

大変残念な最後の項目ではあるのだけど,もしかして日本人は「電気は使うけれども,原発を止める選択肢なんて最初から持っていない」のではないか?だとすると,原子力発電所は「技術的には止められるが,経済的には止められない,ブレーキの壊れた乗り合いバスのようなもの」ではないか.この現実が認識できているのだとすれば,それは今すぐ止める努力をしなければ,例えば,みんなでブレーカーを落として,電気契約を解約するぐらいの抗議運動でもし続けないと,本質的な解決にならないのではないか.

以上,私は原子力が専門ではないのでたぶん間違っていることも多くあると思います.でも一般の人がモヤモヤしていることを箇条書きにすることはできたと思います.

change.org立ち上げ人の高木博史さん,
どこのどなたか存じませんが,
異常な状況にある日本人に疑問を投げかけてくれてありがとう.
英語併記で立ち上げてくれてありがとう.
でも画像はもうちょっと説得力のある画像にしたほうがいいかもしれない.

ちなみに私は現存するどこの政党にも協力するつもりはありません.節電には協力したいですが,
特に日本の左寄りの政党には協力するつもりはありません.

政治的な潔白が不透明なままの場合は,本キャンペーンへの応募は取り消したいと思います.

 

以下,「偉い人視点」で

じゃあどうすればいいの?

をまとめてみます.

<いますぐやるべき原発推進派の情報開示>

  1. 福島の失敗と異なる止められない点について表でまとめる
  2. 現在の群発地震が想定内であることを写真で表現する
  3. 仮に止めるために必要な技術的なプロセスと,判断プロセス,実際に止めるとなった場合の経済問題を表にまとめる
  4. 「異常がない」の判断基準について表でまとめる(実は細部は異常があるのですが,関係各位の努力で異常が無いことにしてます,ということも含めて表現する)
  5. 止める判断をした後の技術的プロセスについて,実際に想定外の事故が起きてしまったぐらいの詳細さでHP上で明示する
  6. 継続運転することのプラスの理由を表現する
  7. 現時点で人々が不安に思っている不確定要素について,FAQ形式で紐解いていく
  8. 日本語と同じ情報を海外に向けて同時発信する.YouTube等の動画でも発信すべき.
  9. 原発を止める判断をする窓口,プロセスはどこだかはっきりする.少なくとも事故が起きた時の責任の所在の明確化.
  10. 国民の選択の上で継続しているのかどうか?もし積極的な節電や電気契約解除にまでたどり着くと影響があるのかどうか?この問題に対してNoと叫びたい人とYesと叫びたい人の正しい窓口について明示する.

以上.

メディアアートを考えながら,オンライン年賀状、結局どこで出すのが得なのかを調べてみた

2017年新春,追記しました.

 

#年賀状はメディアアート」というタグを展開していることもあって年賀状はメディアアートではないかと考えている.


メディアアートの授業では「メディアアートとは人と人との関係性を作るアート」と定義してさまざまな作品を分析解説している.ここ数年は「郵便年賀.jp」というサイトがさまざまなWebクリエイターを巻き込み,大変興味深いメディアアートとしか呼びようがない作品(サービス)を展開されていたのであるが,今年は,全然新作がない.2015年末に株公開を達成し民営化の成功によるものだろうか.そら「干支似顔絵作成ツール」とかつくったら12年はイノベーションしなくても良いのかなという気もしないでもないが,そんなことをしているとメディアアートは社会に溶けて行くだけなので,新しいメディアアートを作り出さねばならない.

21世紀にハガキは絶滅するのか?

年賀状はよいものである.特にハガキがいい.丸見えなのも,良い.時間がかかるのも良い.SNSで「あけおめことよろ」なんてタイムラインを見ていなければ流れてしまうし,そんな手軽な挨拶は新年にふさわしくない.ハガキは丸見えでやってくる.家族にも親戚にも丸見えのソーシャリティ全開のアートだ.グラフィックアートが中心であるが,手芸や工芸,アニメ,マンガ,ゲームといったメディアアートの範疇に入るオタク文化もしっかりと受け止められる.なんならMaker文化も取り込んで電子回路も組み込んでもらってもいい.

しかし手紙という文化ははっきりいって廃れている.フランス人は旅行に行ったらまず最初に「絵葉書はどこだ,ポストはどこだ」といって家族や親戚に10枚ぐらいは出す.アメリカでも郵便局は街中のいいところにドカンとある.しかしメキシコに行ったら郵便局どころか切手もない,そもそもポストがない.空港ならさすがにあるだろうと思って聞いてみると,「クーリー?そんなものはクーリーエレクトリックで出せ」と言われた.メールは電子メールで出せ,か.そうだよね,この手に持っているスマホでパシャっと絵葉書とってメールで送ればいいよね….って違うだろ!だったら御土産物屋で絵葉書売るなよ!電子回路組み込むぞ!

もし自分が乗った飛行機が落ちたとする!メキシコで強盗にあって死んだとする!
そんな時,自分が最後に送った電子メールにどれだけの意味があるんだよ!
お葬式やるころに,届くであろう絵葉書がいいんじゃないか,わかってくれよ!

それはともかく,オンライン年賀状はよい

それはともかく,オンライン年賀状は良い.郵便年賀.jpが生み出したものの中で一番win-win-winなプロジェクトではないだろうか.ハガキ派も,ネット派も郵便局も儲かる.ハイブリッド感がよい.

なんといっても,翌年以降は住所とかを管理する必要がないのもうれしい.年末の寒くて忙しい時期にプリンター関係でイライラしなくて良いなら,数千円のコストは払うべきと思う.自分で印刷してもそれぐらいかかるし.

値段を調べてみた

ここ数年,郵便年賀.JPと提携していた「ウェブポ」と「Yahoo年賀状」を利用している.ウェブポはあまりが画質が良くなかった(レーザープリンタ画質)が,今年は富士フィルムイメージングの高品質印刷でまあまあ.Yahoo年賀状はスマホアプリで宛名を読み込める(ちょうど名刺管理サービスのEightに似ているクラウド人力処理)ので元旦以降に便利である.

(2017年追記)Yahoo年賀状は2017年はサービスしていないようで,株式会社connectitのこちらのサイトになります.
https://net-nengajo.jp/service/scan/

価格体系は変わらず以下のようです.

  通常価格 10-29枚
(10% OFF)
30-49枚
(20% OFF)
50枚以上
(30% OFF)
普通紙 78円 71円 63円 55円
写真用紙 108円 98円 87円 76円
喪中・寒中 68円 62円 55円 48円

 

価格については,初めての人にとっては年に一度しか使わないから,正直なところ,一度頼んでみないとよくわからないと思うだろうから,以下,グラフにしてみた.

maisu-kingaku

tanka

私はどちらかのサービスの回し者ではないし,安ければよいと言うことでもないからコメントはしないけれど,数枚ならどちらも大して変わらないが,30枚以降で変化があるので確認すべき.さらに,80枚頼むより,100枚で頼んだほうが合計金額からして安いということもある.日数やサイトの使いやすさなどは各サイトで確認して欲しい.それから自分はオリジナル画像を印刷するだけなので,デザインの豊富さとか,アーティストコラボ的な要素が好きな人はそれも大事かもしれない.

グラフの読み方がわからなかったり,追加情報があれば @o_ob までお寄せいただければ幸いです.
(宣伝とか商売とかは無視しますが)

 

 

「水木しげるの幸福論」と息子と読む

誰にでも、成績や学校環境など、社会にはいろいろ悩ましい問題がある。

努力しても努力しても日々忙しく、虚しく過ぎる。学校や親は「まっとうな人間はこうあるべき」という話はする。そのために「やらねばならない事」についての話はする。さらにその理想について足りない自分の話ばかり突きつける。

しかし、ふと考える。
そのような人間はみな幸福なのであろうか?
そのような人間の努力はこれからの世も幸福であるのだろうか?
そもそも幸福とは何なのであろうか?

アタマをからっぽにするためにも、息子と一緒に、先日、妖怪の世界に旅立たれた漫画家・水木しげる先生の「水木サンの幸福論」を読んだ。漫画家らしく、軽く読みやすい特徴のある語感で朗読しやすく、息子と一緒に並んで読んだ。朗読した。

幸福の七カ条

第一条
成功や栄誉や勝ち負けを目的に 、ことを行ってはいけない 。

第二条
しないではいられないことをし続けなさい 。

第三条
他人との比較ではない 、あくまで自分の楽しさを追求すべし 。

第四条
好きの力を信じる 。

第五条
才能と収入は別 、努力は人を裏切ると心得よ 。

第六条
なまけ者になりなさい 。

第七条
目に見えない世界を信じる 。

本章の詳細はKindleの無料版でも読める。
http://j.mp/1mtjpc4

いくつか抜粋しておく。
・不幸な顔をした人たちは 、「成功しなかったら 、人生はおしまい 」と決め込んでいるのかもしれないネ 。

・人間は好きなこと 、すなわち 「しないではいられないこと 」をするために生まれてきた。

・楽しみながら好きな漫画を描いて 、楽して暮らしたいという人たちです 。そういう人たちは 、ほとんどが消えてしまいました 。たぶん 「好き 」のパワ ーが弱かったのでしょう 。

・ゲーテ「いつも遠くへばかり行こうとするのか ?見よ 、よきものは身近にあるのを 。ただ幸福のつかみ方を学べばよいのだ 。幸福はいつも目の前にあるのだ 」
・若いうちは努力。
・ゲーテ「人間は落ちるところまで落ちると 、もはや他人の不幸を喜ぶ以外楽しみはなくなってしまう」
・ゲーテ「世の中のことは何でも我慢できるが 、打ち続く幸福な日々だけは我慢できない 」

・「幸福に関する水木サンのテツガク的論考は 、あの世に行くまで 、いやホントにあの世へ行っても続く」

などなど。
勉強になる。