大学の先生を辞めてVTuberの研究所のディレクターになった

やりがい搾取のイラスト(スーツ)
  • このエントリーについて
  • そもそもいろんな職業を経験してきた
  • 大学の先生すげえなとおもう
  • 大学のこれから
  • 就職活動のこれから
  • エンタメ産業のR&D
  • まとめ

このエントリーについて

このBlogエントリは、退職者 Advent Calendar 2018 というアドベントカレンダーの2018/12/25にむけて寄稿するものです。特定の企業や組織・団体について批判する意図はありません。職業選択の自由が日本国憲法の22条1項にあるかぎり、転職することも自由です。言論と表現の自由は憲法21です。そんなわけで、転職ブログが自由に書ける自由は憲法によって保障されている良い国です。

2018年はよい退職ブログを多く見かけました。これとかこれとか。NTT関連の会社さんが多いのは他意はありませんが、とてもロジカルでいい退職ブログだと思いました。

タイトルはブロガーらしく、センセーショナルに。
中身はいい話を。

そんなわけで半年ぐらい書き溜めていたBlogをいくつか放出しながら、1か月ぐらいかけてみんなの役に立ちそうな話を書き綴ってみようと思います。

そもそもいろんな職業を経験してきた

2018年5月に8年勤めた関東地方の私立大学の准教授を辞めました。
大変お世話になりました。

そもそもいろんな職業を経験してきた私なのですが、それを軽く書きだすと…
(1) 某カメラメーカー
(2) ゲーム開発スタートアップの東京支社立ち上げ
(3) 大学院博士に復学→博士取得
(4) 放送系研究所でポスドク
(5) フランスに渡りVR研究(ポスドク研究員)
(6) 日本に戻り科学館の科学コミュニケーター
(7) 私立大学の情報学部の教員
(8) ゲーム開発企業において研究所ディレクター
マンガ化もされていますので読んでみて。我ながらマンガのような人生…。

大学の先生すげえなとおもう

ジョブホッパーになるつもりなんてなかったんです。
「博士取得という選択」が私の職業人生を10年間ぐらい波乱に満ちた世界に叩き込みました。
最初にメーカに就職したときにR&Dで採用されたはずなのに、強引な事業部長の引き込みで福島事務管理課という最果ての地で生産管理システムのお守をする仕事になりました。これは本当に辞めたかった。でもガマンした。同日に内定もらっていた某有名ゲーム会社の企画職を辞退しなければよかった。教授推薦なので断らざるを得なかった従順さを悔いた。その後、社内ベンチャーで出向し、運よく国際的なゲーム開発企業の日本支社立ち上げに携わらせていただいたのですが、その仕事を辞める時も、それはそれはもう慎重に慎重に判断しましたし、親戚からはクソミソに言われました。
それでも当時のグラフィックス偏重のゲーム開発の世界には未来を感じられず、また海外のゲーム開発のステージには多くのPh.Dホルダーが活躍していましたので「今後の日本のこの業界にはもっと博士が必要だ」と信じて、死ぬような思いで博士論文を3年で書き終わりました。必死でした。

博士取得後、フランスでのポスドク時代に、Flash動画でこんな作品が公開されました。2:30ぐらいに「ポスドクは前途多難です」と断言されています。

その後のオチで……みんな死ぬのですが、これを見て、社会風刺やジョークとして笑うどころか、私の家族は泣きました。ほんとこのFlashの作者は罪深い。今なら客観的に観れますけど、フランス留学当時は本当に貧乏だったので刺さりました。辛い思いさせてほんとごめん。

でも実際この時期は文科省がポスドク1万人支援計画などを打ち出していて、その後の雇用環境も大変よくない状況が続いていたことを記憶しています。
日本に帰ってきた2008年にはリーマンショックが起きたりして、雇用環境はさらに悪化。博士だけでなく修士も、不安定な契約や派遣社員といった仕事に就かねばならないような時期が長く続きました。

大学の先生のポストも、JRECINのようなジョブポストのWebデータベースができたおかげで、かつてのような紐付き公募(もともと意中の人物が着任することを想定して、知っている人しか応募させない、かつ応募期間も極端に短い)なんて公募も減っており、1つの公募に数百人の応募者が集まるなんてことも珍しくなくなっています。逆を言えば、求職側は非常に熾烈な戦いを求められるわけで、年間にフルペーパー査読付き論文が1~2本、つまり「博士学生なら3年以下で卒業できてしまうレベルのアウトプットが常に維持できている人」から採用されます。もちろん学歴バイアスはとても強くかかる世界です。

加えて、採用に関係する書類は膨大で、履歴書、業績リスト、教育に関する小論文、社会貢献、その他実績などなど最低でも6種類ぐらい、ぜんぶ紙。フォーマットが大学ごと微妙に異なります。

応募すると決めたら1週間ぐらいかかる。締め切りは変な時期にあるので、夏休みとか家族旅行に出かけた先でこれに取り組んでいたりする。そのうえ結果はシンプルなもので「慎重に先行した結果、貴殿は…」とお祈りレターが郵便で届く。

採用されるだけでもこれぐらい大変なので、助教や准教授など多くのポストは「さいしょの4年は契約社員」、「次の4年は再任」、もし本気で正社員にしてほしければ「テニュアトラック助教」で…といった地獄のような雇用形態も全く珍しくなく存在します。ちなみにテニュアトラック助教というのは書いてあればまだいいほうで、一般的には無限雑用地獄と論文評価地獄と任期制雇用地獄を同時に味わって生き延びたものだけを正規雇用にするというバーチャルじゃない蟲毒環境が多いです。

若干の評価の誤差はあれど一般的には、博士学生の時点から3年で3本以上のフルペーパー論文が通せない人は、その後の大学の先生をやっていくのも難しいということですよね。博士学生なら、好きな時間に寝起きして、研究に集中して開発なり実験なりをして、論文を執筆し、時々アカデミックボランティアなり教授の手伝いなどすればいいわけですが、大学の先生はほとんど間違いなく、週に何コマかの講義がありますし、研究室には学部の卒研学生、修士学生、博士学生といった学生たちを最低でも10人、多いところだと40人ぐらい抱えています。私立大学ですと数え方にもよりますが講義の5~7コマはザラですし、専門学校っぽいスキル・ラーニング重視ところだと「4タテ」といって1日4コマx5日=20コマ超!というところもあります。さらに最近は研究室配属を3年生からスタートするゼミ重視の教育が主流になっていますので、面倒を見る指導する学生さんの数はさらに10~20人ぐらいは増えます(この辺の配分は学科規模と教員数によるので、そこそこ教員数が多く、学生数が少ない学科なら1教員当たり4人程度で済むところもあります)。

「大学の先生すげえな」と思うところは、このような「研究」と「教育」という2つのミッションを同時に満たすために、ただでさえ新しいことをやり続けないとアウトプットにならない研究の世界で、やれコンプライアンスだの倫理だの後から追加されたルールに沿い、さらにそれを継続するために研究費を獲得するための書き物をしたり、土日にオープンキャンパスに駆り出されたり、何百ページもある卒論や修士論文、博士論文を何人もの学生さんパラレルで指導したり添削したり、時には自分でコードを書いたり実験したり特許を書いたり、一方では未完成な学生さんのメンタルや進路の相談に乗ってあげたり、不登校の学生さんのケアをしたり、親御さんのお話を聴いたり…。そんなことが24時間365日、加えて言うとTwitterやFacebookといったSNSですら起きたりするところです。

「大学の先生すげえな」と思うところは、上記のような従事する時間給に換算するとかなり悲しいことになるハードモード極まりない仕事環境に対して、意外とマイペースで過ごしている先生も同じ組織にいたりすることですね。あんまり具体的に書くつもりはないのですが、いらすとやさんを検索したら「まさにそれ」という画像がありましたので採用させていただきました。頭が良くて従順で、勉強が良くできる普通の人のメンタルでは耐えられないような理不尽で非効率な職場環境の一つではないかなと思います。こういう環境は私の知っているところでは公務員さんなども近い環境ですね。公共の福祉と安定の名のもとに、理不尽極まりない謎の中間層で謎の権限がたくさん存在し、人の生き血を喰らっています。

もちろんそんな大学ばかりじゃないと思います!
でも(複数の大学における非常勤講師の経験を思い起こすと)
「そうではない」を全面に押し出す大学も少ないかな。

あと本当に紙が多い。無駄な紙を減らす努力とか微塵も感じられない。

加えて無駄な電子メールも多い。加えてメールで事が片付かない。
最低でもこの数年でSlackとGoogle Driveに本格的に移行しないと、大学で育った学生が可哀そうな事になるレベルに業務改革が進んでいない。

そういえば2014年8月、プラネタリウム開発者 大平さんが近所の大学を辞められました。

大学のこれから

ちょっと闇深い話を書きそうになりましたけど、大学はこれから変わらないと!と思います。業務、経営、日々の先生方の意識など。転職を真剣に考えていた頃、こちらのエントリでお会いした毛利宇宙飛行士に言われたことですが、

これからの時代、大学がいちばん柔軟でなければならない

という話ですね。大学がとても固く硬くなっていく時代に、大学とは何なのか?を常に見ている側の毛利館長らしい視点。

他の紹介すべき例ではMITメディアラボの新所長になられた伊藤穰一(いとう・じょういち)さんのお言葉。講演や「9プリンシプルズ――加速する未来で勝ち残るために(The Principles of AI)」という書籍の中に「resilience over strength」という言葉がありましたので最近よく意識しています。日本語訳ではレジリエンスは「回復力」と訳されますが、「柔軟性」としてもよいと思います。

Resilience over strength。未来予測が当たらない社会では、何かが起きたときに俊敏かつ柔軟に対応できる力を備えておくことが重要になります。変化を無理に抑えつけたり、変化に対して抗ったりする強さよりも、変化を受け入れ、そこからしなやかに跳ね返っていく力が求められるのです。

伊藤穰一
9プリンシプルズ――加速する未来で勝ち残るために(The Principles of AI)」

Joichi ItoはMITを本当に変革させています。最近ではWebメディアを使ってMIT Pressという権威ある大学出版メディアをディスカッションとその集合知の場にしています。最近のディスカッションでは「THE CANCER OF CURRENCY(通貨の癌)」では太陽光線によって光合成のようなシステムを獲得し、レジリエンスをもって変革しつづけていく地球上の生物に例え、生物学や医学のその先を見据えたような話で、研究者たちのアタマをかき混ぜています。

すべての大学がMITのようになれとは思わないですが、学ぶべきことは多いです。

民間企業や様々な公的職業、日本やフランスの大学を経験してきた私ですが、振り返るに、現在の日本の大学には頭が良くても、ストライカー型の行動をとれる社員がほとんどいない感じがします。例えば、先生方の仕事を無限に増やす間接部門の業務不効率について客観的な分析や提言を述べたり、潜在的なコンプライアンス違反やリスクを指摘するような論文を日々の業務の中で書ける人はいない。いたとしても「怪文書」にしかならないのかもしれない。でも自分の組織における自浄や改善が働くような作文が掲出・提言できない状態にもかかわらず、自分の研究分野における論文が書けるという環境では、理不尽なパラドックスは拡がる一方ではないかしら。

仮に博士たちが建設的かつクリティカル(批判的)な提案ができたとしても、理事や事務職員がそれを飲めるわけでもない、そういう環境が問題なのかもしれないですよね。そういう時は「いち従業員」になるしかないというパラドックスも、現在の大学の可能性を硬く狭めている原因かもしれない。

そういう時は教職員組合が…。機能していればよかったのかもしれませんが。

あまり知られていないことではありますが、教授会という仕組みそのものも、すでに過去のものになりつつあります(資料)。

「雇用契約が不安定であるから、こういうことになる」という意見も時々耳にします。たしかに30~40代で、仮に家族がいたりして奥さん子供を養わねばならない方がいたとしたら、自分から選んで4年の契約社員(再契約なし)という不安定な職業につきたい人ってあまりいないですよね。でも今の若手の教員は前述のとおり、博士に進んだ時から(正確にはセンター試験を受けた時から、いやもっと前、生まれた時から)過度な競争下にさらされてきました。他者を蹴落として蹴落として蹴落として成立する競争バランスならまだ幸せなほうで、実際には過度な競争に加えて、世の中の変化スピードがさらに襲ってくる。安定を求めているほうが何かおかしいのかもしれません。

まあ普通に考えて高めの住宅ローンは組めないですよね。
(不動産屋さんも銀行も、怖いことに大学の先生には審査がとても甘いので沢山貸してくれるのですけど)

一方では世間や大学経営者側が「大学はこういうものだ」という固定観念にとらわれすぎではないでしょうか。新品の校舎を作り、教室を作り、それらしい背広を着た教員を立たせ、数十人数百人を同じ教室に集めて10年以上前の常識を偉そうに教える。仰々しい書面を送り、入学手続きだけで数十万円、4年間で数百万円の費用を払わせて、就職率は100%。うまく学べなければ「それは本人のせい」、という大学を作りすぎていませんか?これは大学としては「当たり前」かもしれないけれど「大学がどんなに楽しい場所か?」は一切マニフェストに含まれていないし、多様な人々に対する教え方やその相性を保証する仕組みがない。最も大事なモチベーションを維持する「楽しい大学」を作る活動に、教員はミッションとして参加させてもらえているのだろうか?

間接部門の事務職員だって「大学は楽しい場所」にしていいはず。
そのための努力をしていいはず。

学校は楽しい場所であってほしい。これは私だけの妄想ではないはず。

「すべての人にとって楽しい」という場所は難しいのですが、大学は多様な人々を集めて多様な可能性を開拓する「いろんな人がいる楽しい場所」であるべき。

また学ぶ場所が「楽しい場所」であるためのテクノロジー「EdTech」も研究されています。

最近では文部科学省だけでなく経産省もEdTechを熱心に推進しています。角川ドワンゴ学園が運営する「N高等学校」には2018年11月現在7,474名の生徒が学んでいます。講義は動画視聴で行われ、ホームルームはSlackで運営されています。通信制高校をどこか「日陰者の社会不適合者が行く場所」と考えている人は多いかもしれないけれど、そんなことはないです。(少し自分でしらべる意識があれば)「N高は場所や時間の制約を受けず、社会の没個性化から生き延びた多くの天才たちが学ぶシステムである」ということがよくわかります。このシステムはとても柔軟であり、真剣に子供たち一人一人に向き合っている…そんな変革も意外と大学の先生は知らなかったりします。

実は私も11月からデジタルハリウッド大学 大学院で「人工現実」の講義を担当させていただいております。教員の仕事は基本的にお断りしてきたのですが、長年付き合いのある杉山学長の「バカにされよう、世界を変えよう」という考え方が大変おもしろく、また事務方も熱心に依頼を続けてこられるため、客員教授として週1回21時からの夜学でVRエンタテインメントを体系的に教えさせてもらっています。

デジタルハリウッド大学のHPより

実はこの講義も単なる非常勤講師、つまり個人の副業として契約しませんでした。あくまでも現職における「イノベーション型人材発掘育成事業」として受託しています。そういう仕組みでなければ、(単発の講演ならともかく)企業側において、大学で連続した講義で責任のある話をする理由など希薄かもしれないです。それに前述のとおり、大学法人と教員の力関係はとても非対称で、教員は弱く孤独。クリエイティビティも自主性も(本来期待される立場とは裏腹に)守りづらい面があります。給与が高いとか安いとか、職位が高いとか、そういう話ではなく、新しい社会に対してどんな仕組みが作れるか?どんな効率化が図れるか?文科省など上からのルールをただ教員や学生に押し付けるのではなく、どうやって個性を開花させ、楽しい場所にできるか…?これらを真剣に取り組んでいるかどうか、そこが応諾するポイントだったと思います。

でもデジハリ大は常に変革しつづける大学なので、柔軟さがない先生には辛い場所かもしれませんけど。

就職活動のこれから

そんなわけで最近は、VRエンタテイメントシステムやVTuber関連のR&Dと並列して、イノベーション型人材を発掘するべく、さまざまなコンテストに協賛したり、イベントを開催したり、先生方と協力して、進学する予定の4年生の研究を応援する形で欧州型のインターンシップを実施したりしています。皮肉にもまた4年生の卒論のめんどうを見る指導する機会に恵まれたということです。

でも最近の就職活動ってずいぶん変わりましたね。

インターンシップとか、完全な売り手市場とか。たぶん彼らの世代には彼らの世代の「苦労」があるのだと思います。卒論一つとっても日本語のスキルひとつとっても「好きなことを一生懸命やる」という行動規範をとっても、柔軟な発想を持って、自分自身が柔軟に変わっていかないと、世の中の変化スピードについていけなくなる。

……大学がそういう脳梗塞の場所にならないことを祈っています。

そして、(私が育ててきた学生を振り返って思うことですが)2010年の大震災直後に就職した世代の労働者諸君は、そろそろ自分の本当にやりたいことに向けて舵を切るべきタイミングが来ていると思います。30歳を手前に、35歳を手前に、やり残したこと、やりたいこと、変わらない環境、変えたい自分…そういった日々のルーチンから一歩離れて、自分が生まれてきた理由を決定づけるような仕事に向き合ってみてください。君ならできる!

エンタメ産業のR&D

転職を悩んでいた時期は、ちょうど同世代のアメリカのCG研究者で仲のいいPaul Debevecが、南カルフォルニア大の先生からGoogleVRにメインの仕事を移籍した時期でもありました。いろんな人にいろいろ相談に乗ってもらいながら、自分の人生にとって必要なジャンプとそのための準備をすすめました。

そんなわけで新しい仕事ですが、VRエンタテインメントのR&Dを推進する研究所のディレクターを担当させていただいております。

小さなころから演劇やコーラス、芸能事務所で舞台慣れしていた自分ですが、その後のゲーム開発やNHK時代、24年のVRエンタテインメントシステム開発の経験、SNS発信力などすべてが役に立つ仕事があるとは運命に感謝です。

エンタメ産業のR&Dは本当に新しい仕事で毎日エキサイティングです。

こんなふうに体を張って英語で踊る…なんてことが日々の業務ではないですが、このような新しい挑戦を世界に向けて続けていくことが大事な仕事のスタイルではあります。

大学のように業務で徹夜しなくても何とかなりますし、皆さんとても優秀ですし、GoogleDriveとSlackで間接部門の方々がとても効率よく動いてくれますし、無駄な報告書とか、頭の悪い会議とか出ても出なくても変わらない面白くない会議とかないですし、付加価値のある知的財産を作り出す仕事ってサイコー!と思います。

でもエンタメ産業のR&Dは回転も速い!本来なら何年もかけて構築していくべきはずの市場の成長が毎週のように塗り替わる状況は本当に驚きの毎日です。VTuberが社会を革新していることを否定できないです。

2018年7月頃、こんな活動もしていますが3か月もしないうちにもう新しいモーションキャプチャシステム使ってたりします。

また未来館での企画者時代でも感じましたが、この手の仕事は一般的な組織に比べ「自分大好きな人」が多いので、自分大好き!というエネルギーを常に持ち続けていないと不安になる人がいるかもしれません。自分は大丈夫です。

まとめ

以上、「大学の先生を辞めてVTuberの研究所のディレクターになった」というタイトルで長々と現在の大学が抱える潜在的なリスクと、そこで学ぶ学生さんへの心構え的なものを書き綴らせていただきました。

ぜんぜん退職ブログじゃない!だまされた!という人のために…

ありていな転職ブログ的まとめ方で補足しておくと、給料も下がらなかったし(前職もちゃんともらえていた感謝)、周りも優秀だし、通勤地獄から救われるような社宅補助もあるし、健康診断も超過勤務に対する管理も厳しいし。加えて言うと、前職でやっていたこともそのまま生かしつつ、仕事の幅は大きく広がったし、外国語交渉能力や知財創出能力、事務処理能力なども役に立っていて、なんのデメリットもなかった。SNSやネットでの発信力も疎まれるどころか奨励される世界に戻ってこれて良かった。

…というか生きて仕事できるだけで幸せです…。

よくしていただいた大学の先生方には感謝感謝感謝です。
それ以外の辛いことはよく覚えていません!
挨拶してくれる人は職業関係なく今でも仲良いですけど…。

辛い時期を支えてくれた(=犠牲になった)奥さんと子供らには感謝です。
一生かけて償っていきます。

さて、ここまで読んでいただいたみなさんが、これからどんな組織でどんな仕事をするかわかりませんが、職場の理不尽や業務不効率化に対する分析および提案などは「転職ブログ」という形ではなく、ロジカルな小論文として社内の上のほうの人にどんどんエスカレーションしたほうがいいと思いますね。一つの職場や職業を長く続けられるかどうかは、その社会を変える努力がどれだけ本人のエコシステムにつながり、貢献する気持ちが長持ちするかにかかっています。こういった「社会をよくする作文」を書く手法はもっと普及すべきと思います。決して、退職の最後っ屁として放屁されることが当たり前になるべきではないと思うのです。

また文章が苦手な人は、身分を隠して仮面をつけて喋ったらよいと思います。対人で利害関係のある人に話ができない人は、ぜひとも[REALITY Avatar]でアバターを着て、他愛のないことを喋ってみてください。すっきりしますよ。

人生は一生勉強であり、それは「勉強」の文字が言うような「勉めて強く」ではないかもしれません。柔軟でストレングスのあるstudy。自分が好きなものには忠実に、そしてそれを守り続けるためにも意志は強く。100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる姿勢として重要と思います。

TwitterやVTuberといったアバター文化は、善悪の白黒がつかない世の中において、自分と社会との境界を探るよいシンギュラリティの界面です。難しいことはどんどん社会に問いかけていくとよいと思います。

また、どうにも現在の環境から脱せない人は、人間が持って生まれた物理的な存在、社会的な制約からリリースされて「なりたい自分になる!」という意思で、「カワイイ・かわいい・可愛い」と、誰からも愛される存在になることを許容してみてください。

自己肯定感を高め、承認欲求の不足を補い、より輝いた魂で日々を過ごしてみてください。

きっと、難しくて硬い殻をやぶって、
柔軟な新しい人類として生まれ変わるチャンスになると思います。

大学や、大学の先生がもっと柔軟になることで、
若い人々に希望を与え、チャレンジができる世の中になります。
日本はもっと変われると思いますよ!

よい新年をお迎えください。  白井暁彦

様式美

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Miraikanにぶち撒いてきたミームを感じた (20180324の日記から)

未来館SC(Science Communicator)7期のヒゲのおじさん白井です(当時の写真)。

未来館SCの同窓会があって、久しぶりにお台場に向かいました。

ソロ参加の予定が、10歳になった次男君を子守するミッションが飛び込んでしまい、久しぶりに未来館に連れて行きました。

到着時刻が遅く館が十分に見れないのはわかっていたので、初レンタサイクル・初電動アシスト自転車に挑戦。いやあ大きくなったんだなあ息子。

第1部の交流会、全然脳みそオフだったのですが、なんだか話をするバトンが回ってきて…これがSCの無茶振り文化^_^ 酒井さん谷村さんありがとうございました。小山さんにも会えたの嬉しい。荻田さんの伝説や闘いの日々など体を張ってお伝えいたしました。荻田さん元気かなあ。

移動中に交流していただいた臼田さんPavelさんありがとうございました。日能研通う息子の問題は長男の時よりもさらに考える力が要求されているようです。

第2部は銀座エリアで肉バル。合同会社サイエンスシーズ( www.sciseeds.com )という会社で科学ワークショップを開発運営しつづける小林直樹さんが次男君に「6本の箸だけで可能な限り高くする」というミッションを与えてくれました。普段鬱積した教育環境にいる息子の手が動き、目が輝き、様々な工夫をし始める…親が与えられないキッカケを頂きました。

五十嵐さんSkypeチャット途中で切れてごめんなさい。

そんなわけで日本科学未来館という職場で自分がぶち撒いてきたミームに再会できました。

在職中は困難も多くトラブルばかりでご迷惑おかけする面倒な職員だったと思うのですが、その後のSCへの良い刺激にはなっていたようで…無駄な事なんて全然ないですね、全部役にたってます。

(自分自身は全部役に立つように生き延びてます、というのが正しいかもですが)

 

久しぶりに毛利館長に子供みたいな質問をさせていただきました。

「宇宙飛行士は喧嘩しないのですか?」

『上ではしない、命に関わる』

「ホームシックにはならないの?」

『そういう人はスクリーニングされる。一分一秒でも宇宙に居たい人しか宇宙飛行士にならない』

地上では喧嘩ばかりする宇宙飛行士だけど「宇宙でのケンカは命に関わる」という1つの共通概念だけで、人間はしなくてもいい喧嘩をしなくても済むのだなあと。

そして重力が恋しくなる人は地球を出て行く必要がない…なんて事も短いやり取りで学ばせていただきました。

他にも色々な毛利館長の闘いについても聞かせて頂いたので、宇宙飛行士との雑談はいつもハッとさせられるのですが、最後に1つだけ大事な質問を。

「毛利館長はいつまで未来館の館長なのですか?いつまでも?」

『ウン、1つやるぞと決めたら、結果が出るまでに20年はかかるから』

「そうですよね、教育なんてまさにです。私も自分の息子が小学校に上がってから、その教育期間にSC在職し続けられないの辛いし、いまの大学の仕事でも関わる中教審のやってる教育改革ってこの20年の話ですものね…。息子は学校で1/2成人式とやらをやってきました。…ところで未来館20歳のお祝い…しないんですか?」

『それはね、日付が決まってる。2021年の7月9日だから』

「じゃあその時は、みんなで成人式のお祝いをしないといけませんね!」

という感じで色々聞き出してしまいましたが、成人式の日付は変わらないそうですから皆さん今から日程確保にご準備よろしくお願いいたしますね!

以上現場から報告でした。

Kafunsho – Hay fever, seasonal allergy in Japanese

I have hay fever. I have a runny nose and itchy eyes during mid February to mid April in Japan. My birthday is in-between of them. So, my fever peak is exactly at the peak at my annual age incremental day… My Cedar pollen allergy had started when I was 21 years old. In this year, it is better because I’m taking rest well and keep my pace of working. but it weakens me… Here I’m writing down my condition myself.

  • Discomfort on the eyeballs
  • Sleepy, always fatigue
  • Runny nose
  • Sneezing
  • Be in not concentrated mind
  • Forgetting a lot (more than usual)

It’s harder during the waking up and going to sleep. Don’t lough me about these small issues. When it beat me up, I can use a box of tissues by a few days (or less).

In the other aspect, food and smokes are also very effected to the condition. Tabaco smokes make me harder than other season. Fried potatoes and hamburgers are most hardest food in this season. Sometimes, pollen is not the reason of this seasonal allergy. In some area, Yellow River sand from China is known as real reason of this phenomenon.

To be better life if you gave the seasonal fever like me:

Take shower to wash out everything often.

Drink water lot

Don’t be shy to wear surgical mask in the street :-[]

 

I’ve tried to know when the first hay fever had found. It was existed in some oriental medicine sites.

https://www.1sshindo.com/sp/explanation/hay_fever.html

東風生於春。病在肝。
故春気者、病在頭。
故春善病鼽衂
(素問金匱真言論篇)

東風 is wind from East. It is a word of spring seasonal. 風邪(Kaze) is a cold in Japanese. The influenza is separated from it today. But the word is combined by wind + evil. The seasonal fever was recognized as an infection. The hay fever is not recognized by pollen but it is recognized by wind infection. It also describes affecting to liver, head and running nose.

My Taiwanese student Rex also found a detailed document.

https://ctext.org/huangdi-neijing/jin-gui-zhen-yan-lun/zh

… So, now I can say, researching it is better than taking medication to solve small disabilities and issues. Because it is continuing from a few thousands yeas ago. And if the advanced regenerative medicine is realized, I’ll still be weaken by this seasonal allergy. So, I’ll try to love to feel “smell of spring” by my nose rather than nothing be seasonal felt by medicines.

…Hakkushooon!!

暗号通貨に神は宿るか?

コインチェック日本円の出金再開で喜ぶユーザの声が聞こえてくるけれど、その先に資金体力低下で倒産の可能性も出てくるから何を喜んでいるのかなとも思います(私もユーザーですよ!)。

利用者保護の名の下に「自分の資産さえ守れればそれで安心」、という発想は一見正しそうに見えるけど、ユーザーの皆様、まずは「過ちを反省」しましょう。

「あやまち」とは「誤ち」とも書きますが、ここは「過ち」。

過ぎたるは及ばずがごとし。

そして「どんな神を信じるか」今一度、悔い改め考え直しましょう。

投資や投機に神も仏も無い、そう考える人も多いでしょう。儲かるなら何でもいい、暗号通貨から株や不動産投資に乗り換えよう、そう考える人も多いでしょう。でもその乗り換え方は新たな過ちを生むかもしれません。そもそも世界の基軸通貨であるドルは無神教ではないのです。

トランプ大統領(非公式翻訳)のツイートより。
NationalPrayerBreakfast (祈りの朝食会)

わが国の創始者たちは、独立宣言において4度も創造主(神)に呼びかけた。
我々の通貨にも「我ら神を信ず」との宣言がなされている。また我々は忠誠の誓いを朗唱するとき、自分たちの胸に手をあて、「神の下の一つの国家なり」と宣誓するのである。

ドルに刻印されている「IN GOD, WE TRUST」の精神は何の問題もなく維持されてきたものではなく、常にその神と信仰しない自由と戦いながら人々の深層に棲みついてきたシンボルです。
Wikipedia日本語版「In god we trust」解説

5セント硬貨に刻まれている、「IN GOD WE TRUST」の文字
5セント硬貨に刻まれている、「IN GOD WE TRUST」の文字(Wikiepdiaより引用)

暗号通貨も信じるなら神が必要。ホワイトペーパーなり、信頼できる運営なり。それがtrustというものでしょう。

そんなわけで今日(2018/2/9)は前日のダウ1032ドル安に続いて、日経が開けて400円安→一時700円安。

通貨や株の価値がなくなった時に、何を信じるのか?人間は常にその「trust」の意味を問われています。
皆に trust される通貨は価値が高まりますが、trust が弱ければ売られる運命です。
人工知能に取引を trust するのも同じこと。

そして日本語の「安心安全」とかいった言葉の雰囲気は日本の消費者としてのみの感覚で、世界の市場において同様にトラスト(信任/神託/信託)してはいけないです。 trust の原義は traust (堅固)という言葉で、繰り返し使われるうちに「信頼」という意味を持つようになり、スペルも trust に変わった経緯をもつようです。

この trust の変化と日本語の「信頼」という外在的な評価としての意味を持つ語の差を考えると、英語圏の trust やドルやアメリカ国家は、まずは「強い精神」で、たくさんの人が信じているという事。まず法整備ありきとかではなく、信頼に足る強い精神。そこに価値が生まれるのですね。

市場が弱気になった時、色々な事が見えて来ますね。
あなたのお金には、神が宿っていますでしょうか?

Satoshi論文で人類が得たもの、失ったもの。

松尾真一郎先生のSatoshiに関するMediumがすごく面白かったので久しぶりにブログ書きました。

“Satoshiが注意深く設定した世界の境界線” by @ShaneMatsuo https://medium.com/@ShinichiroMatsuo/satoshi%E3%81%8C%E6%B3%A8%E6%84%8F%E6%B7%B1%E3%81%8F%E8%A8%AD%E5%AE%9A%E3%81%97%E3%81%9F%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%A2%83%E7%95%8C%E7%B7%9A-cde3f8ffa0e4

いやあアカデミズム大事。フィンテック業界とかで括る前に、まずはセキュリティとか暗号方面の研究業界だって沢山あるわけですからね。

さてこの記事Facebookで床井浩平先生と國光宏尚氏がシェアしていて知ったのですが、この記事では「マイニングの報酬」とかビットコインによる価値そのもの、本当の価値については言及がないのですよ。

床井先生はそこに疑問を持たれていました。

「ビットコインの本当の価値はなんなんだろう?」

『価値なんて無いです、みんなそんな漠然としたものに回答も出せずにお金突っ込んでいたのですから濡れ手にアワなんですよ、だからバブルって言うの!』という回答は投機方面にはいいでしょうね。ちなみに泡じゃなくて粟ですけど。

ビットコインのマイニング価値としては電力と計算機パワー。これらの中国での原価からおそらく1BTCあたり40〜80万円が妥当と見られている情報もありますが、今後、中国政府のビットコインに対する取り締まりなどが強化されていくと、根底から評価替えが必要になるでしょうね。

そんな社会情勢、地政学的リスクで決まるなら、外為とあまり変わりないですよね。でもそれは違うかもしれません。

以下ちょっと長めの作文をしてしまったので、多少推敲してまとめておきます。

参考までにSatoshi論文の日本語訳を読んでおくといいかも。探せば沢山ありますが、こちらはとてもよく訳されていらっしゃいます。

ビットコインの原論文を読む

まず採掘と送金はそれぞれ別の報酬です。金に例えて採掘なのですが、その中身はSHA256などのハッシュアルゴリズムによる暗号生成です。ゴールドラッシュ時代と違って、掘った人が精製蓄財できるだけでなく、売ることも、送ることも、変動相場制の市場で売買することもとても容易です。

ビットコインの場合はブロック生成時間と理論的上限があるので、費やした計算機コストと電気代、1ブロックあたりの貢献度で決まります。送金は、完全採掘終了後も欲でドライブされていく事を想定して設計されています。

Meduim記事にこれが言及されていないのは確かに不自然で、原著には6章で触れられています。Satoshi論文の境界を越えている、と言えるのは数学的証明があるかないかかもしれませんが、それを言うとSatoshi論文は51%問題についてポワソン分布の確率関数を申し訳程度に解いているだけです。マイニングの難易度設定なども詳細がありません。

ただSatoshi論文には様々な有益な使い道や起きるであろう予測については断片的ではありますが、多くの記述があります。

Satoshiが本当に日本人であれば、ソニーやNEC、富士通の研究者(在外研?)であり、Pay-easyやマイナンバー、Felicaの問題点を解決しようと考えたものかもしれません。
*白井個人の妄想ですがWinnyを作った故 金子勇先生か、その近しい方ではないかと考えております。

特許出願をしてもいいけれど(多くの弁理士はこれは実装が伴わないシステム特許だ、と却下したがるでしょう)それはこの非中央集権的な発想に反して価値を根底から失わせ、面白くないなと思ったのでしょうね。

もちろんこの論文だけでマイニングソフトウェアを実装する事は不可能ですし、マイニングソフトウェアがオープンソースで開発可能なのも一般的には言及がないけれど重要な事です。

「本当の価値」ですが、多くの初期貢献者が名乗り出ることを避ける事になります。知ってしまってはいけない事、手に入れてしまってはいけない価値を手にしてしまうからですね。

そう言う意味で「本当の本当の価値」は、人々が中央集権的な通貨発行体による経済から支配されなくなる代わりに、別の何かに支配されるという事ですね。具体的には暗号生成コストと互助的なブロックチェーンの仕組みに財布を繋がれるということです。
小麦の農作物化に成功した代わりに、小麦に支配された人類とほぼ同じ事が起きています。
その前に日本人は犯罪者と国税庁に支配される直前にいる状態ですが。

以下追記。

ブロックチェーンにはその他にも沢山の実用上の弱点があります。たとえば、支払いに使うだけなら過去の台帳はたしかにハッシュにしてしまうので不要ですが、税金の支払いや銀行送金に使うのであればやはり必要です。

小口現金のような少額決済のためにビットコインを使うのか、税金のような支払い証明や銀行間送金に使うのかといった想定はたしかにSatoshi論文の境界を越えていますが、少なくとも10円玉が過去誰に使われてきたかを記録するデータベースに10円以上使うわけにはいかないでしょう。論文中にもそのあたりは言及があります。つまりブロックチェーンが「繋がっていて、正しい」ということを高速に保証するのと「過去を全て記録する」のは根本的に異なります。

人類のDNAが過去の祖先から繋がっていて「人類の父親は童貞ではない!」ということを証明することはできますが、人類が過去見聞きして来たことを全て残すことはできないのと同じ事ですね。

「小麦による支配」という話は『サピエンス全史』からの引用ですが、やはり過去の人類も、狩猟の時代から、農耕の時代に移る時に色々な痕跡を残しているようです。狩猟時代の方が健康で、食の偏りがなく、移住がしやすかった。一方でジャガイモやトウモロコシの農作物化に局所的に成功することで、安定して食料を得るグループが生まれる。安定して食料を得ることで、早く離乳しより多くの子供が増やせる。
それにより、旧来の生活を送っていたグループにも影響が出ます。追いやられて行くか、農産物を育てるか、奪い取るか。

いまの仮想通貨と呼ばれる暗号通貨の狂想曲はまさにそのような状況にあります。
このチェーンに繫ぎ止められたのは、他でもない人間の欲望と計算機資源と電力というエネルギーです。「中央集権的」と言っていた頃は、まだ一部の人間がコントロールをしていました。中央集権的という話は国だけではありません。Suicaだって、ストア用のリーダーを誰でも持てるならば、満員電車でスリ行為がいくらでも行えますが、そうはなっていません。そこの品質管理を価値としている存在がいるという事です。暗号通貨の場合は、マイニングソースコードの管理と計算機力と電力と通貨を支えるコミュニティによって互助的な関係で暗号通貨は盛り上がって行きます。しかし、冷静に現在の仮想通貨と呼ばれているシステムの設計や利用状況を見れば、宛先を間違えればどんなに高い金額でも一瞬で消えて無くなりますし、イーサリアムのようなスマートコントラクトが可能な分散計算機ではなくあえてビットコインやBCHといった「悪化が良貨を駆逐する」状態です。

人類は、このように、情報や効率といった欲のために、より不安定で不健康な選択肢を選んでしまう生き物なのです。

さて大学などの研究が「世の中に役に立つ/立たない」といった水掛け論が聴こえて久しいですが、さてSatoshi論文で人類が得たもの、失ったものは何でしょうか?すでに経済的な価値を超えていると思いませんか?

本当にすごいことは、役に立つとか立たないとか、そういうレベルの話では無いのです。
本当の意味での革新、馬鹿げた事、世界をひっくり返すような考え。名前がSatoshiなだけですが、日本人的な名前からこんな事が起きている事にワクワクしますね。

追記の追記。

ICOは…ネズミ講というよりも先に「風説の流布」で捕まる人もいるかもしれないですね。

暗号通貨でネズミ講に当たりそうなのは「NEMのスーパーノード」に代表されるノード運営ですね。実際にはセキュリティ知識もサーバ運用知識もほとんどない人々が立ち上げていますので近いうちに問題が出るでしょう。
不労所得への甘い誘惑がミームとして人類に寄生しています。

「Nintendo Labo」公開によせて

2018年1月18日、任天堂の新製品「Nintendo Labo」が発表されました。あまりに興奮してしまい、Twitter連投してしまったのと、前回のSwitchの時みたいに「こんなの全然売れない!」という世間の評価に対して、ちゃんと論評して未来を描いてみたところ、しっかり売れました。そういう未来が来てしまうと、あとで振り返るのはなかなか難しいので、回想録としてまとめておきたいと思います。

Switchはもはやゲーム機ではない、材料だ。

すっごい良くできた映像。どんな国の人にでも、段階を追って理解を積み上げながらわくわくできるようになっている。Switchはもはやゲーム機ではない、材料だ。
書籍「WiiRemoteプログラミング」の続きを書くときがきたかも?

Nintendo Labo(ニンテンドーラボ) 初公開映像

儲かるとか儲からないとかいう視点で見ている大人がいるけど、それは関係ない。京都任天堂とMAKE文化は正直とても遠いのに「子供の遊び文化への大いなる挑戦!」と評価したい。原価はとても低いし、消耗品、というか材料しか提供しないのだから安全基準、製造体制なども含めて。株価も上がっている。

「Switch」という名前は、遊びの文化へのスイッチONなのかもしれないし、もしかしたらこのプロダクトにおける電子部品としての「SW」という意味があるのかもしれない。

 

予測を上回る未来

個人的には寄稿「Switch、みんなが気付いてない10の未来」(2017/03/01)の予言が当たっていてうれしい。日経テクノロジーオンライン寄稿「Switch、みんなが気付いてない10の未来」(2017/03/01)の予言が当たっていてうれしい。 http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/feature/15/022100062/022100001/
(有料サイトですみません)

自サイトにてインデックスと無料版を公開しております
http://aki.shirai.as/2017/03/nintendo-switch-20170301/

「Nintendo Switch、みんなが気がついていない10の未来」
http://aki.shirai.as/2018/01/nintendo-switch-unknown-future/

関係ありそうなのは
1.Switchは「テレビゲームの歴史にトドメを刺す」
4.「何かゲームがしたい人」は結局なにも買わない
6.玩具の歴史であってゲーム機の歴史ではない
9.「Joy-Con」がひらく日本がアップルを超える未来
“Switch”という名前の本当の意味 などなど。
http://aki.shirai.as/2017/03/nintendo-switch-20170301/

リクエスト多かったので再編集しておきましたが長いので以下おもしろいところだけ抜粋。

一番手が抜けない場所がユーザー任せ

Switchが新たな将棋盤となり、触覚を主導にした触覚VRエンタテイメントが玩具の未来にあるとすれば、その開発をまず任天堂が最初に行ってユーザーやサードパーティに示すべきです。HD振動だけでなく、分離合体が可能なゲームコントローラー「Joy-Con(ジョイコン)」は、コントローラーをどう持つか、Joy-Conと組み合わせて使うガンやハンドルなどのオプション機器をどう組み合わせるか、画面とどう対峙するかまでをユーザに任せています。
ゲーム開発者の視点から見ると、「エクスペリエンスを作る際に一番手が抜けない場所」をユーザーに任せているわけで、開発者としては戸惑いもあると思います。簡単に表現すれば「カードゲームと同じ、トランプの持ち方まで設計しない」ということでもありますが、そのトランプで大貧民やブラックジャックといった「ゲームの遊び方」を示していく必要があるということです。ミニゲーム集「1-2 Switch」がまさにその具現化でしょう。

そんなわけで、Nintendo Laboは新たな遊びを開拓するために、ユーザにクラフトを預けることで、想像力のバトンをユーザに戻すのですね!

ちなみに、昨日、VR関係の桜花一門さんとこの手の話をしていたのですが、「ユーザに任せる」って発想がゲーム開発者側から出てくるにはとても勇気がいると思います。とても大事なことです。

STEAM教育とメディアアートと研究とLaboの関係

STEM教育、もしくはSTEAM教育について「チームラボの高須さんからシンガポールのSTEM教育について学ぶ」というエントリーを書いたことがあるのですが、STEM教育つまり”Science, Technology, Engineering and Mathematics” すなわち科学・技術・工学・数学の教育分野にアートを加えたSTEAM、でもやっぱりここには「遊び」が足りない。プレイフルであることを(日本の)教育の現場が供しないのもありがち。でも研究者はこの分野に果敢に取り組んできたのです。

例えば、神奈川工科大学 情報学部 情報メディア学科の鈴木浩 准教授(つまり同僚ですが)が中心に開発してきたプロジェクト「たたかえ!!僕らのシャドウロボ」はまさにNintendo Laboにインスパイアを与えたと見ます。
http://www.hsuzuki-lab.info/?page_id=87

SIGGRAPH Studio2013での発表
https://dl.acm.org/citation.cfm?id=2503673.2503688

LABO、MAKEやCAMPといった名前からも、これまでのモノづくりコミュニティへのリスペクトと、その先を提案する気持ちを感じます。

今後に期待!

この狙ったかのようなタイミングで、ニンテンドースイッチ向け「KORG Gadget」というゲーム感覚で音楽が制作できるアプリも発表されています。なんだか対戦ゲームっぽいこともできる様子。

 

日本のゲーム、デジタルモノづくり、メディアアートやSTEAM教育はNintendo Laboを刺激し、Laboはそれらを刺激して新しい才能を育てるものと考えます。素晴らしいです。

タイムラインでいろんな方々のご意見や興奮を収集しておきました。

http://aki.shirai.as/2018/01/o_ob-at-2018-01-18/

今後も何かあれば追記していきたいと思います。

追記

■「Nintendo LABOの熱狂がマジでわからない」と人はいふ

TVゲームの概念と市場をTVゲームから連続的にTVの前から引きはがすのがどんなに大変なのか?って話はTVゲーム開発者やVR開発者なら絶対わかる。

でも熱狂的なビデオゲーム信者にはわからない、枠の外が見えてないし、子供も見えてないからこれはしょうがない。LABOはそれを破壊しにかかっているわけじゃないから安心しよう。純粋に「インターフェイスを自作できる”だけ”」と考えていただいてもよい。HORIの仕事を自分でやれる、それだけでも「与えられたものしか遊べない支配」から子供たちは抜け出せるんだよ。

あと「クソ高いダンボール」という意見はわかる。
正直なところ、利益率90%の製品が飛ぶように売れてしまうぐらいでないと、30年成長しそびれたビデオゲームの負の思考をひっくり返すことは難しいと思う。
逆言えば、この価格でクリスマス商戦までもつなら、地殻変動が起きると思います。

この30年、ゲーム産業はソフトウェア産業としては成長し続けたのだけど、
でも玩具産業としては、新しいものはすべてゲームソフトがが潰してきた。
玩具とゲームが融合した形でソフト化した例はamiboだけど、これも他者が真似て失敗している。
LABOはKANOやlittlebitsの追従として見ても異様さはないですよね。

ユーザの自由なクリエイションや現実世界の物理を生かしながら、既存IPを生かす方法や、上手な箱庭を作る方法は、現在のビデオゲーム開発の現場においてとても重要、マリオメーカーしかり、マイクラしかり、VRなんてまさにそれ。

根拠もなく「売れないでしょ」って言っている御仁は、未来の「LABOを楽しむ子供の想像力」すらないオジサンだってことを認めるべき。
例えばamiboが「パイルダーオン」するようなゲームが出てきてやっとその価値や意味が分かるぐらいの想像力のなさ。一方で「ダンボールが邪魔」とかリアリストなんだ。

想像力がない人は「LABO」を買わないし、彼らが現在考えている遊びに想像力は必要がない。任天度としてもキャズム超えるまでは市場に寄与しないから特に気にする必要はない。

そしてクリエイションはエネルギーが必要。継続的に遊ばせる必要すらあるのかどうかも模索する必要がある。きっかけで十分。

まずは「ファミリーベーシック」や「ロボット」、「バーチャルボーイ」は「高嶺の花」でいいんだ。
でも、一生に一度でも触れておいてほしい。
そんな玩具を友人の家で遊んだことはないか?
月刊誌の雑誌の付録を一気に作り上げてしまった記憶はないか?

まずは、それでいいんじゃないかい?

値段の高さは気になるけど「買いたいけど買えない」それでいい。今の任天堂の社長がこの価格を判断したんだ、何か考えがあるんだろう。初期の極度な品薄とかね。

ちなみに任天堂の株価はこの2日で5%以上、100株でも持っていたら30万円は上げた計算。いいものをつくれば市場は評価するし、資本は動く。

「Nintendo Switch、みんなが気がついていない10の未来」

日経テクノロジーオンライン「任天堂Switch、私はここに期待する」に寄稿した記事が2017年3月1日に公開されました。
http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/feature/15/022100062/022100001/

以下、Web公開バージョンで紹介します。

なお、当時は「こんなハード絶対売れない!」という下馬評でした。ホントですよ!

1.Switchは「テレビゲームの歴史にトドメを刺す」
2.グラフィックス性能の向上で見えなくなる「何か」が明らかに
グラフィックス性能を上げたら売れるとは限らない
3.テレビの奪い合い戦争が終焉する
遊びを遊びとして保つためには「やめる自由」が大事
4.「何かゲームがしたい人」は結局なにも買わない
ゲームを買うのはソーシャルな理由
5.でもスプラファンは「スプラ2」さえ出れば満足
任天堂ハードで「○○専用機」は珍しくない
6.玩具の歴史であってゲーム機の歴史ではない
7.「1-2 Switch」こそが最注目タイトル
8.「VRエンタメ」の未来に「触覚VRエンタメ」あり
一番手が抜けない場所がユーザー任せ
9.「Joy-Con」がひらく日本がアップルを超える未来<
“Switch”という名前の本当の意味
10.やはりSwitchは「テレビゲームの歴史にトドメを刺す」

 

「Nintendo Switch、みんなが気がついていない10の未来」

 

「Nintendo SwitchにはXXがない!だからダメだ」という噂をよく耳にします。

そうですよね。後方互換性もないし、今流行りのVRサポートもないし。

でも本当にダメなのでしょうか。

 

発売前のゲーム機ですから、開発者は「守秘義務」があり、知っていても何もいえません。本稿を真剣に読んでくれている読者さんに予め宣言しておきます、以下のお話は筆者の憶測です。しかしただの憶測ではありません。ちょっとした未来予測を込めたSFとして書いています。筆者がかつて2006年にWiiリモコンと出会い、2009年に「WiiRemoteプログラミング」という書籍を執筆させていただいたとき、Wiiに対する世間の当初の印象と、そのプロダクトが本当に持っていた価値とはずいぶん違う、ということに多く気付かされました。今回はそのようなハッカー・開発者・教育者・エンタテイメントVRの研究者としての視点から、未来予測フィクションを書きます。​題して「みんなが気がついていない10の未来」、です。

 

1.  Nintendo Switchは「TVゲームの歴史にトドメを刺す」

TVゲームの歴史を終焉させる、つまりゲーム的に言えば「トドメを刺す!」ということです。物騒な書き方かもしれませんが、いわゆる「TVゲームのマーケットが縮小して…」という市場の話ではありません。俯瞰的にゲーム機の歴史を見ると、現在のTVゲーム据え置き機は「第8世代」、携帯機は「第7世代」ハードと呼ばれています(Wikipedia「ゲーム機」)。Nintendo Switchはこの歴史の中では「据え置き機の第9世代」かつ「携帯機の第8世代」というべきタイミングで登場することになるのですが、もしかするとこの年表はNintendo Switchの登場によって終焉を迎えるのかもしれない。その1つが「携帯機と据え置き機の融合」というちょうどネアンデルタール人とホモ・サピエンスのように「進化的吸収説」で歴史に終止符を打つのかもしれません。他にも様々な理由を挙げていきます。

 

2. グラフィックス性能が向上すると見えなくなる「何か」が明らかに

 

少なくとも、Nintendo Switchは「最新のゲーム機」ではありますが、「最高スペックのゲーム機」ではありません。CPUやメモリ、グラフィックスのスペックで最高を手に入れたいのであれば現在は間違いなくPCベースのVR Readyなハードウェアが最上位機種になります。ムーアの法則で語れるような半導体の世代交代モデルは既に様々な分野で特異点を迎えています。

ところでゲームハードはこの20年、リアルタイムグラフィックス産業において、世界で最も先進的なハードウェアの一翼を担っていました。例えば現在では一般的になっている「GPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)」という名称ですら、ゲーム機のグラフィックス戦争により生み出された語なのです。

1996年当時、世界で最も高速な3Dグラフィックスといえば、産業用グラフィックスワークステーション(GWS)を開発するシリコングラフィックス社(SGI)一強でした。当時の3Dグラフィックス、立体視やVRといった映像環境は、最低限の体験をするだけでも3000万円の予算が必要だったのです。その当時の任天堂はSGIのGWSと同等の能力を持つ第5世代ハード「NINTENDO64」を希望小売価格25,000円で販売しました。SGIと提携してRISCベースで開発したカスタムCPUをもち、当時に存在していた他のゲーム機をはるかに大幅に上回る高性能であり、競合機種の一つである初代PlayStationの搭載するCPUの約4倍の処理能力を持っていました。しかしゲームハードとしては大成功とは言いがたい印象がありました。CDROMが主流となるメディアが、ROMカートリッジである点もよく指摘されました(そういえばNintendo SwitchもROMメディアです!)。

しかしNINTENDO64は失敗だったのでしょうか。

ゲーム機はこの20年、グラフィックス市場を一変させ、NVIDIAとATI(現・AMD)を大きく成長させました。「GPU」という単語はPlayStation初代からPlayStation2の登場、DirectXによるゲーム機のグラフィックス戦争のさなかにあったNVIDIA「GeForce 256」(1999年)により生み出された語です。ゲーム機によって世界中で数千万、数億という単位で消費されるプロセッサ「GPU」は、グラフィックコントローラとしてPCパーツの一部として産まれ、3万円前後のゲーム機という畑で育ったのです。

その後のハードソフトを合わせた「ゲーム市場」は拡大し続けています。ゲームソフト市場は変わらず成長し続け、モバイル、特にスマホを舞台とするオンラインゲームサービスを含めた市場はこの10年間で高成長を続けています。その一方で相対的にTVゲーム、特にゲームハードの市場は微減し続けています。ここで、CPUやGPUといった「ハード性能が向上することによって市場が拡大する」という考えかたが幻想であることを見つめ直さなければなりません。シンプルに表現すれば「ゲームプレイヤーはグラフィックスを気にするが、グラフィックスが性能が上がってもゲームハードが売れるわけではない」ということを、任天堂ハードは20年かけて証明し続けてkているのです。一方でそれは「グラフィックスが汚くてもゲームが売れる」という話ではありません。「ゲームと映像の間にある重要な何か」への挑戦が重要なのです。Nintendo Switchによって、リアルタイムグラフィックスとGPUの歴史における「大切な機能」がまた一つ明らかになるかもしれません。

 

3. テレビの奪い合い戦争が終焉する

 

Nintendo Switchは家庭でのテレビの奪い合いを終焉させます。家族間のチャンネル争いだけでなく、拡大多様化する映像コンテンツ視聴の奪い合いも終焉させる技術が搭載されています。そもそも「テレビのチャンネル戦争」以前に、そもそも地デジ化・デジタル多チャンネル化以降、チャンネルは争うどころか物理的な視聴時間自体が足りなくなり、YouTube以降、非インタラクティブな映像コンテンツの視聴携帯は大きく変わりました。大学生と日々触れ合っていると「若者がTVという据え置き型ディスプレイデバイスを所有していない」という状況は否定しようがありません。今の若者にとっては「テレビのお笑い芸人」よりも「人気ユーチューバー」の方が影響力をもっていたりするのです。

さてこのような背景で任天堂ハードは「TVに繋いで遊ぶTVゲーム」というハードウェアを連続的に変質させるような根本的な変革を起こす必要があります。どうやってそんな変革を起こせるのか!多くの電機メーカーは「機器を買う人」のペルソナを中心に市場を分析しがちですが、任天堂ハードの特性として「自分で買わない人が主ユーザー」、つまり子供達であることに注目しましょう。今後のゲーム市場、ゲーム文化の支え役になるであろう若年齢プレイヤーのゲーム・プレイスタイルを設計することは今後の十数年に渡って影響があります。そこを設計しなければ、PlayStation PortableやPS Vitaのようにスマホと融合し「進化的吸収」の道を歩んでしまいます。それも仕方ないのかもしれませんが、「コアなゲームプレイヤー」が、PlayStationやアニメ視聴のためのハードディスクレコーダーと取り合いしている場合ではないのです。ゲームプレイヤーはゲームがしたいのです、テレビやスマホのUIに拘束されるべきではないのです。ここはゲームプレイヤーに向けて「あえて”TVゲーム”にトドメを刺す!」ということで様々な垣根も壊して新しいID(工業デザインとアイデンティティ)を示していかなければ、という気概も感じて欲しいと思います。

技術的にはNintendo Switchの「TVを前にプレイしている最中に、モバイルとしてゲームが続けられる」という点は大きな特徴です。ディスプレイデバイスをいつでも切り替えられるということは、サスペンド機能、つまり「いつでもやめられる」という機能を持っているということです。この「やめる自由を持つ・いつでも再開できる」という技術は、遊びを遊びとして保つための重要な要素であり、Nintendo DSをはじめとする携帯ゲーム機とスマホゲームが据え置き機を凌駕するきっかけとなったという見方もできます。PlayStationもOSの改善により、いつでもやめられるソフトウェア技術が成長していますが、Nintendo Switchでは、解像度ごと変えられるという大胆な設計です。ゲーム開発者は根底からそれを考慮して開発する必要があります。ハード的にはNVIDIA Tegra X1カスタマイズ版によって、ドックモードと携帯モードでディスプレイ描画解像度が代わり、携帯モードではGPU最大性能の半分程度しか出さない、という大胆な設計です。これはGPUの後の歴史から振り返ると、大きな転換点になるかもしれません。

 

4. 「何かゲームがしたい」という人は結局何も買いたくない

筆者は大学生などを中心に長年「ゲームをはじめてプレイした理由」を調査しています。それによると、現在の20代が初めてプレイしたゲームは圧倒的に「ポケモンシリーズ」が優勢です。「Pokemon GO」の爆発的な人気を見てもそれは納得ができますが、筆者の興味はタイトルだけではなく「いつ、なぜそのゲームをプレイしたか?」という理由です。

大学や保育園・幼稚園等、様々な教育環境で調査したところ「ゲームをはじめてプレイした年齢」つまり、ゲームとのファートエンカウントは「4歳」が最も多く、その理由は「兄弟や友人などの話題についていきたい」というものでした。ゲームを開発する側の視点で考察すると、具体的に「ポケモンが面白いからプレイした」という記憶をもっている人はほとんどいない、という点は注目すべきで、ゲームデザインの良し悪しはファーストエンカウントにあまり影響を及ぼさない可能性が示唆できます。

実践教育学的に見ると4歳児はちょうど、自分と社会との関係を理解する年齢です。つまり非常にソーシャルな理由でゲームとのファーストエンカウントを達成するということで、現代のゲーム市場が”ソーシャル”ゲームであることを考えると今後もその傾向は続くでしょう。

さて4歳で友人や年上のきょうだいでゲームを知った子供たちはその後、親やサンタクロースにお願いするという方法で「話題についていきたいからポケモンがやれるゲーム機が欲しい」と明確に希望するようになります。「自分で財布を開き、購入する」という段階にはさらに遠く、中高生になっても「無料だからスマホゲームをやっている」という理由が明確に残ります。

つまり「何か(something)ゲームがしたい」と漠然と考えている子供達は、結局のところ「何かゲームを買いたい」という衝動には中々繋がりません。むしろ「無料で遊ぶというゲーム」を楽しんでいるプレイスタイルすらあります。「ゲーム機を買いたい」という気持ちを刺激するには、良いゲームが出ることが大事ですが、その次の決め手はソーシャルな理由であることをよく見極めておく必要があるでしょう。そういった意味で、Nintendo Switchのパーティプレイに適した設計と価格帯は大変よく狙った設計であると評価できます。

 

5. でもスプラファンは「スプラ2」さえ出れば良い

センセーショナルなNintendo Switch発表以降、Google TrendsやTwitterなどの反応を見ていると、驚くほど「Nintendo Switch」に対する言及は少ないです。加えて「1-2 Switch」についての言及も探すことは難しいです。名前が一般名称すぎるという理由もありますが、むしろゲーム機本体よりも「スプラトゥーン2」、「ゼルダ」のほうが「Switch」よりも期待されていることを肌で感じます。

しかしこれは正しい任天堂ハードウェアの進化ではないかと考えます。WiiUを初めて店頭で見た時の子供達の反応は「デカっ!」でした。しかし「スプラトゥーン」が大流行してからの子供達の反応は全く異なるものでした。

Nintendo WiiUの代表作となりシューティングゲームの歴史も塗り替えた「スプラトゥーン」、2016年5月28のリリースから2年近くの人気が続いています。「スプラトゥーン2(以下スプラ2)」をWiiUで発売しないことは、狂気にも似た感想をスプラファンに与えています。振り返ると、現在のWiiUは「スプラトゥーン専用機」です。これではまるでファミコン登場以前のカセットを交換できずに単一ゲームしか遊べない「第1世代ハードウェア」のようではありませんか。しかし「カセットを交換できない」のではありません。交換したくない。「WiiUは最高のスプラトゥーンのためのハードウェア」で良いのです。

スプラファンにといってNintendo Switchは「スプラ2さえ出れば良い」、「トルネードをどうやって打つのか!だけが興味ある」という反応です。真のスプラファンにとって「スプラ2専用、3万円のハード」は高くはないはずです。なんせ現行の「WiiU+スプラトゥーンセット」はAmazonで45,540円しますから、おそらく比べても安くなります。なお筆者はユルめのスプラファンですが、現行WiiU本体とスプラトゥーンを合計3セット所有、イベントにも家族総出で参加します。唯一残念なのが、P2Pネットワークの設計です。大変高速で高度なネットワーク実装なのですが、同一LAN環境では快適な対戦ができないのです。快適な「スプラトゥーン2によるLANパーティ」が開催できるのであれば歓迎です。

さらに思い起こせばWiiの時代は市場においても「WiiはWii Fit専用機」でした。なかなか下がっていかない超ロングテールな「Wii Fit」人気は、一方では健康管理アプリの分野を刺激しましたが、一方ではサードパーティで参加しているゲーム開発者のため息を呼びました。新作ゲームを発売しても、Wii Fitの週間売り上げランキングを超えられないのですから!

このようなサードパーティに冷たい状況を任天堂の開発環境を整備する側は意識しており、WiiUではUnityやHTML5による開発環境が整備されました。しかし任天堂文化の最大の問題は「開発者ライセンスの硬さ」とも言われています。それも体制が変わったのはつい最近のことですから、今後は期待できるかもしれません。

これまで述べてきた通り、発売前は色々と噂になりますが、きっちりとした品質の製品を提供していれば、ハードウェアの第一印象は普及後にはあまり意味を持たないのです(また今回も第一印象は「デカっ!」かもしれませんが…)。

 

6. これは玩具の歴史。ゲーム機の歴史ではなく。

 

さてここまで予測してきた通り、Nintendo Switchはゲーム機ではありません。今一度、Nintendo Switchの定義を「最新のTVゲーム」から「最新の玩具」に置き直してみましょう。だんだん未来が見えてきます。え?見えてこないって?

多くの一般の方にとって、玩具の技術は枯れた技術であり最新の技術ではないと考えるかもしれません。それは多くの玩具が「飽きられる、子供向け」という性質上、品質、バリエーションと利益を維持するために低価格の原価で抑えられているためでもあります。しかし「ゲーム機という玩具」は価格帯が異なります。高級かつ高品質、ソフトウェアとサービスが詰まっています。そして「高機能である必要」はないのです。例えば、過去の任天堂ハードにはブラウザもDVD再生機能も標準搭載されませんでした。今回もブラウザは搭載されないようです。PS VitaにはWifiに加えて3Gモデルが発売されましたが、Nintendo SwitchにはWifiしか搭載されないようです。これは任天堂ハードが「なんでもできる家電の中心」ではなく、純粋な遊びのための装置であろうとする意思を持っていると感じます。遊びのために余計な機能を追加することで、遊びを阻害します。そして全てがスマホに吸収されていってしまうのです。

任天堂はカルタや将棋の会社です。ファミコンカセットやポケモンカードはその遺伝子を引き継いでいます。Nintendo Switchは「TVゲームの呪縛」から解き放たれ、再度、ゲームを玩具という装置にもどし、新しい将棋盤を作っているものと考えましょう。

 

7. 「1-2 Switch」こそが最注目タイトル

もしここまで読んで、Nintendo Switchを入手する気持ちがムクムクしてきたのでしたら、ぜひ「1-2 Switch」を一緒に購入しましょう。ゼルダとスプラ2も大期待ですが、筆者は「1-2 Switch」こそがSwitchの本質を占う最注目タイトルであると考えます。もうディスプレイすら不要。HD振動も思う存分味わえます。任天堂も本気です。2月中旬から大泉洋さんを起用したCMでプロモーションを開始しています(動画)。

 

「1-2 Switch」公式ホームページ

https://www.nintendo.co.jp/switch/aacca/

 

これまでも任天堂は新ハードにおいて「メイドインワリオ」、「リズム天国」のようにシンプルかつ限られた機能でジョイフルなゲームタイトルを発売してきました。今回は全28種類のミニゲームが用意されています。

 

8. 「VRエンタテイメント」の未来に「触覚VRエンタテイメント」あり

 

Nintendo Switchがまだ「NX」と呼ばれていた頃、世間は「VR元年」となりHMDベースのVRエンタテイメントが大流行しました。当然Nintendo Switchにも「VRサポートはあるんだろうな」という憶測があり、それを否定された報道や発表があるたびに、Nintendo Switchへの残念だという意見が飛び交うようになりました。仮想的なライバル「PlayStation VR」だって20年来のグラストロンの経験を超えて実現した製品であり、そもそも任天堂自体「Virtual Boy」を1995年に15,000円で発売しています。

そもそもNintendo Switchの設計であれば、HMD対応は可能です。現状のWiiUだって、ヘッドトラッキングさえ実装すれば、HMDとしての利用は可能であり、非常に性能の良いワイヤレス画像伝送を実現しています。Nintendo Switchにおいては、子供達への安全と、それを実現するヘッドマウント部さえ設計できれば、製品や体験は実現可能でしょう。むしろ、ゲーム開発者やユーザ側に任されていると理解した方が良いと思います。

このようなVR研究を大学等の研究機関で経験したスペシャリストも任天堂の開発者にはいらっしゃいます。当然、様々な可能性を検討した上で、この設計なのでしょう。リアルタイムグラフィックスやHMD、没入映像環境などはVRの研究者としては当然の技術です。TVゲームからの脱却、映像が綺麗になっても面白くはならない、いっそのこと画面見なくても遊べるゲームつくったら?という意思で「VRでゲームを面白くするには」、それはまさに筆者が博士論文でテーマとした「触覚VRエンタテイメントシステム」です。そしてそれを実現する挑戦が、Nintendo Switchの「HD振動」です。

さてNintendo Switchが新たな将棋盤となり、触覚を主導にした触覚VRエンタテイメントが玩具の未来にあるとすれば、その開発をまず任天堂が最初に行ってユーザやサードパーティに示すべきです。合体可能なゲームインタフェース「Joy-Con」は、HD振動だけでなく、UI(ユーザインタフェース)の持ち方、樹脂等で作られるペリフェラル、ユーザがディスプレイをどう構えるか?までをユーザに任せていることになります。これらはゲームのソフトウェア開発者としての視点では「エクスペリエンスを作る上では一番手が抜けない場所」をユーザに任せているということで、開発者としては戸惑いもあると思います。簡単に表現すれば「カードゲームと同じ、トランプの持ち方まで設計しない」ということでもありますが、そのトランプで大貧民やブラックジャックといった「ゲームの遊び方」を示していく必要があるということです。「1-2 Switch」がまさにその具現化と考えます。特徴的な2作を紹介します。

 

ライアーダイス

 

 

 

金庫破り

 

非常に繊細な触覚をゲームに組み込んでいます。「HD振動」がどのようなハードウェアで実現されているのか、購入して分解するまでは謎ですが、技術的にいくつか想像できることがあります。まず、コントローラと本体の通信速度が非常に高い可能性があります。この辺りは実現しているゲームの速度や、触覚からも想像つきます。1秒間に60〜100回の更新で実現できる映像信号のレンダリングに対し、触覚レンダリングは1秒間に1000回以上の更新が必要です。HD振動がどこまで触覚レンダリングを実現しているのかは発売後でないと検証しづらいですが、合体分離可能なハードウェアであり、特許や前情報を拝見すると、電気や無線通信といった旧来の接続方式ではなく、光を使った通信で、NFCや無線給電を採用しているようです。少なくとも長時間遊ぶ人は「Joy-Con充電グリップ」は入手しておいた方が良さそうです。またゲーム機本体よりもJoy-ConのほうがamiboやNFCで培った任天堂のゲームハードのビジネスとして明確な感じがします。

 

9. 「Joy-Con」が拓く、日本がAppleを超える未来。

 

上記のようにJoy-Conは現在公開されている情報としての合体分離や「IRカメラ」だけでなく、反応速度、電源、接続性、タフネス…と驚くべきポテンシャルを秘めています。スポーツゲーム、釣りゲーム、いや「スポーツや釣りのVRエンタテイメント」を待ち構えている人々は期待して良いのではないでしょうか。

そしてこのJoy-Conをコアとしたテクノロジは、日本発のエンタテイメント・ペリフェラルの基幹産業を刺激する可能性があります。それは例えるならAppleがiPhoneで切り拓いた「スマートフォン」という市場を凌駕するようなインパクトがあります。たとえばAppleの

 

Apple Watchで触感フィードバックを実現するモーター装置「Taptic Engine」を製造する2つサプライヤのうちひとつは日本電産(Nidec)と言われています。アルプス電子も自動車用の触覚フォースフィードバック技術をゲーム用途に検討しているようです。先に紹介した「バランスWiiボード」のキーパーツであるフォースセンサはミネベアミツミによる製品で1台あたり4個使用されています。経済効果は当時の株主総会でも話題になっていたようで開示はされていませんが数十億円規模と推測できます。
ゲーム開発者やゲームプレイヤー向けにもうちょっと「わかりやすい昔話」をします。筆者がiOS用の新しいゲーム「王様スロット」を学生とともに開発していた2013年頃の話です。そのゲームは研究として「ディスプレイの外側で起きるエンタテイメント」を設計したものでした。簡単に言えば「王様ゲーム」のためのスマホアプリです。これを子供でもプレイできるかどうかを実験した動画が残っていましたので紹介します。

 

「王様スロットを5歳児で試す」

 

 

このアプリは結局リリースされませんでした。当時のAppleの審査において「スマートフォンの画面内ではなく外部で起きるインタラクションを検証できない」という品質保証上の問題で懸念でAppleにリジェクトされたのです。IngressやPokemon GOが実現している現在では昔話でしかありませんが、日本のハードウェア製造業がこのような挑戦を許すでしょうか?最終製品を提供するメーカーが考える「品質」の中に「画面の外側まで設計、品質維持する!」という意思がなければ不可能です。そのような意思があるプラットフォームとハードウェアメーカーとの協業やその経験は今後、明確な違いが出てくると考えます。具体的にはミドルウェアやOS、APIの設計がその基盤技術になります。CRI・ミドルウェアはゲーム開発者向けに20年近くの歴史があるソフトウェア企業ですが、東大卒の博士所有VR研究開発者を数多く擁しており、触覚ミドルウェア「CRI HAPTIX」として、まるで音響ファイルを扱うようにインタラクティブな触覚を発生させられるミドルウェア製品を発表しています。

このような、コンテンツ開発を支える知見や経験がミドルウェアとして水平展開し、ゲーム業界が爆発的なエネルギーを持つ例は近年の「VR元年」におけるUnityやUnreal Engineなどのゲームエンジンにおいてすでに実証されています。

ゲームコンテンツ開発者はApple、ソニーやマイクロソフトといった競業他社のプラットフォームともマーケットを棲み分けつつ共存し、特殊なハードウェアをミドルウェアがつなぐ、そして生まれたハードウェアが、スマホやVRの未来を刺激する。任天堂が「Switch」という電子部品のような名前をつけた、もう一つの理由がここにあるようにも感じます。少なくとも、PlayStation VRを産み出したソニーと、Nintendo Switchを産み出した任天堂がどちらも日本の会社であることに誇りと興奮を覚えませんか?

 

 

10. 最後に、 Nintendo Switchは「TVゲームの歴史にトドメを刺す」

Appleですら設計できなかった「画面の外のインタラクション」とその後のハードウェア産業の刺激も予言したところで、さいごに大事な未来を予測しておきます。それは「Nintendo Switchには最強のコピープロテクトがかかっている」という点です。

かつて任天堂はDSの違法複製ソフトウェアに悩まされました。Wii以降では「バーチャルコンソール」として公式エミュレータが提供されており、1980年代の懐かしいゲームがプレイできますが、おそらく「Nintendo Switchのゲームはコピーできないどころか、エミュレータも出せない」という表現が正しいと思います。NFCがついたゲームコントローラはamibo付きでゲームを売っているようなもので、任天堂とそれを流通させる店舗には確実な利益が保証されます。店舗は頑張って面白いゲーム体験をプロモーションして、コミュニティを醸成し、販売促進につとめることができます。つまりこれは「玩具」なのです。そして体験はコピー出来ないということを忘れてはいけません。

これまで「TVゲームの歴史を終焉させる」という、若干悲観的な話で未来予測を書きましたが、ひとえに「Nintendo Switchは良い方向にTVゲームの歴史にトドメを刺す!」ということです。旧人類と現生人類、ネアンデルタール人は身体能力では現生人類を上回っていたのに、長い年月を経て、現生人類に遺伝子的に取り込まれてしまったという説が有力です。スマホとゲーム機、玩具と映像、どちらがどちらの遺伝子を取り込むのか、短い時間では説明できませんが、そのどちらも「人類の歴史において最先端の楽しむための技術」であることは間違いありません。

いろんな意見、多様性があって良いと思います。まずは買ってみてから文句言ってみようぜ!

 

略歴

白井暁彦(神奈川工科大学 准教授、VRエンタテイメントシステム研究者)
1992年 東京工芸大学 写真工学科卒業、1996年 同大学院画像工学専攻卒業。某大手ゲーム開発企業の企画に内定するが教授推薦でキヤノン(株)に就職、福島工場で生産管理を学ぶ。縁あってキヤノングループの英国ゲーム関連企業Criterionを経て2001年、東京工業大学総合理工学研究科博士後期課程に復学、2004年に『床面提示型触覚エンタテイメントシステムの提案と開発』で博士(工学)取得。(財)NHK‐ES、フランスLavalでのVRによる地域振興、日本科学未来館科学コミュニケーターを経て、現在、神奈川工科大学情報学部情報メディア学科准教授、国際基督教大学 非常勤。専門はエンタテイメントシステム、メディアアートの工学教育。国際学生VRコンテスト実行委員、Laval Virtual ReVolutionチェアマン、他。著書に『WiiRemoteプログラミング』,『白井博士の未来のゲームデザイン ―エンターテインメントシステムの科学―』など。

新年のご挨拶~2018年 戌年 元旦

あけましておめでとうございます

旧年中は秋口から急に体調を崩し、職業人生において、はじめての挫折を味わう年になってしまいました。
幸いにも職場の配慮があり、長期の療養をとらせていただいております。
学生さんや先生方をはじめ、たくさんの方々にご迷惑をおかけしてしまったことをお詫びします。

容体のほうはおかげさまで安定しており、一旦は全く動かなくなった腕も、毎日のリハビリと運動療法の成果もあって、なんとか絵ぐらいは描けるようになってきました。

挫折したときは原点に返ってみることが大事と思います。
健康を害するような習慣がないか、乱暴な食事や睡眠、薬に頼って無理をしたりしていないか見直し、適切に食べ、家族と話しをして、運動する習慣を身につける…。
そのような当たり前のことをやってみることがまずは大事ですね。
モノづくりの原点に立ち返ってみることも大事でした。
本を読む、写真を撮ってみる、スケッチブックに描いてみる…など、基本的な読み解きや表現を通してわかることというのは多く、それは自分が恥ずかしくなるようなことであったとしても、それ自身を受け止めて学びなおしていく行為であると思います。
子供たちにしっかりと勉強のしかたを教えることも大変な経験になりました。
学者という生き物は、どうしても頭の回転ばかりが速くなってしまいます。
本人はそれでよいのかもしれませんが、稚拙であっても頭の回転が速く行動が早く、ということがすべてにおいて良いことではありません。

年末の紅白歌合戦の企画として、羽生善治永世七冠のインタビューがありました。
http://news.livedoor.com/article/detail/14099838/
「将棋をどのぐらい分かっているかと言われたら、あまり今もわかっていないという感覚は実感としてある」
その短いことばにはっとさせられました。続けて「初心忘るべからず」について、
「始めたときの気持ちということではなくて、『その時々の初めて』という意味がある。例えば将棋を始めた時の気持ちとかプロを目指した気持ちとか、ターニングポイントみたいなところでの気持ちを忘れない、というのがいいのではないか」と述べていました。

生きながらにして将棋の伝説となった同世代の人物の口から「初心という言葉は、初めて将棋をうつ時のことだけではない」という言葉を聞いたことは、大変衝撃がありました。

たしかに、子供たちと将棋を指していると、思いもつかないような新しい手を指してきたり、大人が根負けするような勝利への執着心を見せたりします。
そして、新しい技を教えると、子供でも大人でも、頭の中に回路が開いていく感覚をおぼえます。
数学の問題に取り組んでいるときなどでも同じような感覚を感じることは、皆さんも経験があるのではないでしょうか。

効率化や人工知能の発展とともに、人々の仕事がより複雑かつ高いハードル、無理難題に対する高いエフォートが求められる時代にあります。

一方では「どうやったらそんな高いハードルを飛べるようになるのだろうか?」、「そもそもそんなハードルを飛ぶ意味なんてないのでは」といった若者たちの感覚も感じます。

知らない人、できない人が、「できるようになる過程」を主観で体験していく過程は大変時間がかかるけれども、重要な体験であるなあ、とかみしめているわけです。
それは、できることだけをやっているよりも、大変意味があることなのかもしれないです。

さて、2018年は戌年。新世代「aibo」のデビューの年でもあります。
イヌは野生のオオカミとDNA的にはほとんど変わらず、1万年以上前にヒトのパートナーとして共に生きる道を選んだ生物です。
人類と最も歴史の深い、相棒とも呼べるでしょう。
新しい aibo もきっと、人類のよき友として、我々のヒトとしての在り方に、おもしろい刺激を与えてくれると思います。
未来の人々からみたら「あたりまえだよ」ということを、どうやったらわかりやすく言語にしていくことができるか、
これからも自分がやれることを少しずつ、増やしていきたい年です。

みなさまの2018年が良い年になりますように。

 2018年 元旦  自宅にて   白井暁彦

#ポスト平成サザエさん 第2話「ワカメ、告白される」

‪以下はTwitter小説 #ポスト平成サザエさん‬ の再掲です。

第1話と設計コンセプトはこの辺から読めます

第2話

‪浮かない顔で帰宅するワカメ「ただいま…」‬
‪サザエ「どおしたの、浮かない顔してー!」‬
‪ワカメ「お姉ちゃん…私…告白される!」‬

タイトル
第2話‪「ワカメ、告白される」‬

‪場面転、家族会議。‬
‪波平「けしからん!ワカメは小学3年生だぞ」‬
‪サザエ「あるわよ、イマドキの小学生はみんなの前でやるのよ」‬
‪カツオ「知ってる、公開告白っていうんだろ」‬
‪サザエ「アンタは黙ってなさい」‬
‪波平「ますますけしからん」‬
‪フネ「ワカメ、相手の子はどんな子なんだい?」‬
‪ワカメ「それが…クラスの花子ちゃんから聞いただけで、誰だかわからないの」‬
‪一同「エーッ!」‬

‪場面転。カツオ、居間でPC操作しながら‬
‪「見つけた、学校裏サイトにスレが立ってた」‬
‪サザエ「どれどれ?…3年イソノに公開告白予告」‬
‪ワカメ「やめてええ」‬
‪カツオ「ふむ、返信ゼロか。相手はクラスの影が薄い男子…これは堀川君の自作自演の可能性もありえるな」‬
‪ワカメ「ふええ」‬


‪*堀川君: 現サザエさんに登場するワカメのクラスメイト、サイコパスの疑い。‬
https://matome.naver.jp/m/odai/2146144744612537301
‪本作ではあえて堀川君の異常行動を抑え気味に許容しながら嫌悪するワカメを描きつつも人格として尊重する方向性を持たせる。‬

‪カツオ「でも予告って事はこれから本番の告白があるって事だな」‬
‪ワカメ「もう嫌あ!」‬
‪サザエ「良かったじゃないモテないよりは!」‬
‪フネ「2人とも、やめなさい!」‬

‪フネ「ワカメの気持ちはどうなんだい?」‬
‪ワカメ「わかんないよ…そもそも告白って何なのかわかんないし…」‬
‪サザエ「そうねえ、好きです、とか付き合いましょう、とかそういう感じじゃないかしらね」‬
‪ワカメ「ええー、何それ、お姉ちゃんはそういう経験ないの?」‬

‪サザエ「あるわよー、ラブレター書いたり、ポケベル使ったり…」‬
‪(回想4コマパート)‬
‪公衆電話でポケベルから愛のメッセージを送る若き日のマスオ‬
‪『お仕事、遅れる…04510-0906』‬
‪若き日のサザエ「045-10-0906…オシッコトオイ、起きてる?なにこれ」‬
‪マスオ『アイシテル…114104』‬
‪サザエ「電話番号案内せよ、コレクトコールで電話くれ?」‬
‪(回想パート終)‬

‪ワカメ「何それ、笑っちゃう!」‬
‪タラ「でんごんゲームみたいですー」‬
‪カツオ「ねえさんの暗号読解能力も問題だけど、成りすまし対策がザルですね」‬
‪サザエ「アンタはいつからここにいるのよ」‬

‪カツオ「ねえワカメ、とりあえず明日は学校に行って、その公開告白とやらを受けてみたらいいんだよ、あとで断ればいいじゃない」‬
‪ワカメ「わたしこわい、堀川君だったら困る」‬
‪サザエ「何か起きたらどうするのよ」‬
‪カツオ「何も起きないよ、なにせ小学生ですから」‬
‪サザエ「アンタが責任もって救うのよ?」‬
‪カツオ「了解であります」‬

‪場面転。通学路、カツオとワカメが登校中。‬
‪堀川くん「やあワカメちゃんおはよう」‬
‪カツオ、防ぐ姿勢。‬
‪ワカメ(警戒しながら)「うう、おはよう」‬
‪堀川くん「花子ちゃんから告白の事を聞いたよ、今日の放課後だって?頑張ってね!動画配信の準備をしておくね」‬
‪走って学校に先に向かう堀川くん。‬
‪ワカメ「怖かったー」‬
‪カツオ「堀川くんが告白犯ではないとすると、一体誰なんだろう?」‬

‪場面転。‬
‪放課後、公開告白、子供達に囲まれるワカメと花子。スマホで映像を撮る堀川くん、見守るカツオ。‬
‪花子、くるっと振り返り‬
‪「ずっと友達でいて欲しいの!」‬
‪ワカメ「えっ、花子ちゃん、告白ってこういう事?よかったー」‬
‪抱き合うふたり‬
‪カツオ「なにせ小学生ですから」‬ウインク
スポット
‪終わり‬

CEDEC2017 1日目 講演メモ

CEDECの全文書き下しはいろんな経緯があって禁止されて要るっぽいので、期間限定パスワード付き講演メモです。

  • 今年は本当にVR関連多い、基調講演からこれです!/『ソードアート・オンライン』 仮想から現実へ。 小説とゲーム技術のお話。 ~ソードアート・オンラインが現実になる日まで。#CEDEC2017 #CEDEC https://t.co/suEHvWjRgj 08:54:47
  • 「魂をゲーム世界に…ということもできるかと思ったのだけど、そうするとゲーム小説からSF小説になりすぎる…と思ったんですよねえ」 #CEDEC2017 in reply to o_ob 10:30:04
  • 川原礫「網膜投影型ってあるにはありませんか…?球体の内側に張り付けてしまうとか」
    原田勝弘「うちも球体あるのですけどあれはあれで難しいこといろいろありまして」
    川原礫「アウトプットがねえ…。脳から出てくる運動信号、体が動いちゃう問題も。小説の中では体をマヒさせるというやばい設定」 in reply to o_ob 10:38:32
  • 川原「脊髄あたりに手術する人かどうかで新たなデジタルデバイド生まれますよねえ。ところでこんなとこ座っていてPSVR手に入らない、抽選に受からない」
    原田「まさかこの二人(川原・原田)が『個人的にPSVR手に入れられてない』とはねえ。世の中にまだまだ普及していない」 in reply to o_ob 10:40:57
  • 川原「ナーヴギアからアミュスフィアは小さくなってちゃんと進化。いろいろ人が死んだりしたのでバッテリーは大きいのついていない。僕の趣味メディキュボイドは医療用のVRデバイス。オーグマーはシナリオ書いているときはヘッドホンタイプを考えていた。ソニーのプロダクトデザイナーのデザイン」 in reply to o_ob 10:43:05
  • 川原「グランツーリスモで246走りたいとか。大好きで書いているのですがね、仮想の東京で戦っている間、自分はベッドで寝ているんですよね。こいつらどこにいるんだ?って感覚が出てきてしまった。いままでのSAOは体がどこにいてもいいのだけど、映画版はARで。生身で頑張ってもらうべきと。」 in reply to o_ob 10:48:39
  • 川原「ポケモンGOはまだ出ていなくて。その前の #Ingress があって。その位置情報バトルにヒントを得たということはありますね。」
    二見「川原さんは本当に運がある。(こちら側は)ポケモンGOのティザーを見ていて、映像のコンテつくってましたね」 in reply to o_ob 10:51:02
  • 川原「いまTVCMでポケモンGOのレイドバトルやってるじゃないですか、あれがまさにやりたかったこと!なんですよねえ」
    原田「あれをVRでやりたい。東京タワーまで行きたくないんですよね俺」
  • 続いて、劇場版SAO「オーディナルスケール」とは? in reply to o_ob 10:52:23川原「オーディナルスケールに、プレイヤーは生活のすべてを提供しているので、ポイントごときでは釣り合わないことを支払っているので…これは言わないやつですが。強さは基数(カーディナル数)ではなく序数(オーディナル数)であるランクナンバーで決まる。この数学用語が高校生に伝わらない!」 in reply to o_ob 10:54:42
  • 原田「オーディナルスケールのほうがソードアートの世界では進化したことなんでしょうけど、現在の状態に近いですよね」
    川原「SAOの世界では一人の天才が巨大のブレイクスルーを作ってしまい、それをゲームだけに使います!と宣言してしまっているので応用とかできないんですよ」 in reply to o_ob 10:57:57
  • <オーディナルスケールスケール内の「ユナ」について>川原「僕の作品中ではAIもそうとうオーバーテクノロジーで。AGI、汎用人工知能の域に行っているのですよね…。現実世界の歩ける場所を判別できたり…。」
    二見「初期のプロットだと、死んだ人間をどう生き返らせるのか?なんてテーマも」 in reply to o_ob 10:59:53
  • 川原「そうですね、それは出来上がった映画でも、人間がのこしているライフログから人間を再生するというあたりですね。」
    原田「個人の人格をシミュレートするのか実際に作るのかですけど、セラピーになるのか『お父さんだったらなんていうだろう?』とか死んでからできるという研究も進んでいる」 in reply to o_ob 11:01:32
  • 原田「人間としか思えないAIと競うのは楽しい。いまはスキャンする必要があるけど」
    川原「AIはゲーム内でナビゲーションメッシュを作るという話を伺ったときにすごい衝撃を受けて。これこの後のスクエニひとの講演らしいんですけど。AIは別のものを見ている!ということが衝撃で。」 in reply to o_ob 11:04:53
  • <アリシゼーション編・SAOにおける人工知能>川原「『トップダウン型AI』ユイとかユナとか、限界まで進化した、人間の問いに対して完璧に答えるAI、でも本当に話していることを理解しているのか。ボトムアップ型AIは最近あらわれてきた。会話を理解している、この子に好きといわれたら?」 in reply to o_ob 11:07:20
  • 原田「そういう日はすぐ来る。愛がうまれて信仰が生まれて…というところまで行くと思う。共に暮らす日はすぐ来る。」
    川原「滅ぼされる日は来ますか?ホーキング博士とかシンギュラリティとか…」
    原田「それもわからない。僕らはクーラーの効いた部屋でそれを眺めていたい」 in reply to o_ob 11:08:46
  • 原田「VRを研究すればするほど、現実社会の再定義をしなければならない。これは面白い。VRMMOがどれぐらい先になるのかわからないけど、本当にいま僕らはスタート地点にいる。」
    川原「小説を書いていて、現実のテクノロジーに追い抜かれていることもあって。ガジェットのスペックとか…」 in reply to o_ob 11:10:01
  • 川原「週刊アスキーの編集者に『今もうちょっと上言ってますね』とか言われたりする。現実に追いつかれないように、一足か二足ぐらい先の未来を描いていきたい。充実したCEDEC3日間を!といってましたが、こんな話ですみません」おわり!拍手喝采 in reply to o_ob 11:11:10

https://twitter.com/o_ob/status/902720599042043904/

  • 大入り満員!【ラウンドテーブル】 WM(ワーキングマザー)開発者の悩みとその解決策を共有しよう!-ワークライフバランス実現のためのTIPS #CEDEC2017 https://t.co/a8al4SDj0D https://t.co/6bOyYazDwT 11:32:17
  • オーガナイザーは久保絢子さん(スクウェア・エニックス、プログラマ)
    「ゲーム業界にこんなにママがいたなんて!」
    ・会社の制度に文句を言う場ではありません
    ・旦那の愚痴はこのあとランチセッションで! in reply to o_ob 11:36:05
  • 参加者
    Aさんデザイナー。旦那がプログラマ。
    BさんC社、3DCGで旦那がプログラマ。7歳小1.
    CさんC社、企画子供は5歳。旦那は別の会社でディレクタ。
    DさんS社、サウンド技術、現在は編成・経営企画。3歳。
    EさんS社子供はこれから。旦那がプログラマ。
    Fさん。これから不安。 in reply to o_ob 11:40:46
  • テーマ1「職場で困っていること・要望」
    ・20代で産んでいる人はほぼいない、契約・雇用が安定している。
    ・プロジェクト制なら最後までやりきらなければならない
    ・「どうするの?」「やめてもいいんだよ」
    ・どうしていいかわからない上司
    ・子育て社員を応援する会社もある(半人月で計画) in reply to o_ob 11:49:11
  • ・時短勤務はいつまでとるの?→自分で調べて小学校3年までとれることがわかる
    ・「夜の会議」勤務時間なのか裁量労働なのか→会社としてはまずは時短勤務で実績作ってください
    ・作業量と集中できないことをちゃんと伝えるのは
    ・「この10年は無理」と宣言するべき
    ・実際にはそんなに長くない in reply to o_ob 11:57:09
  • ・独身の悩み「このスキルで残れるのか」子育てを犠牲に
    ・子育て社員同士のガス抜き会は大事
    ・そのガス抜き会に人事が絡むのも大事
    ・いろんな世代の子育て社員、多様性大事さてまとめタイム。 in reply to o_ob 12:17:17
  • ・夫婦の同じ仕事100%
    ・夫の両親と雇用関係を結ぶ
    ・会社でのワーママ同士のつながりとても大事
    ・このような場はとても大事
    ・40歳を超えると「このまま働いていていいのか」圧力がある
    ・保活の厳しさ、地域で違う
    ・上司や人事に相談するの大事
    ・「前例がない」→雇用予定証明書発行 in reply to o_ob 12:22:18
  • ・在宅勤務はできるはず、海外では事例あり
    ・こっちから会社に発信していかないと制度として成立しづらい
    ・ガス抜き会は必要です
    ・効率的なガス抜きとしては利害関係のない人、言葉を受け止めてくれる人
    この後は希望者のみで延長戦。
    今で体験をまとめる作業をします。
    ランチ会もやれれば。 in reply to o_ob 12:24:15
  • ワーキングマザーラウンドテーブルよかった!
    ゲーム業界が実践してこのテーマに取り組んで、社会に打ち出して行くべき!
    多様性ない社員集めて「子供向けのゲーム」なんて難しいよねえ、とか。ホント思います。
    #CEDEC #CEDEC2017 in reply to o_ob 12:44:05

 

  • インタラクティブセッション

https://twitter.com/o_ob/status/902719815718023169/photo/1

その他つぶやき

https://twitter.com/o_ob/status/902862411702472705/photo/1

 

白井は2日目の15:20~講演します/次世代VR/ARエンタテイメントのための多重化映像生成ミドルウェア #CEDEC2017 #CEDEC https://t.co/W0PhFBi2ug 08:55:26実は #CEDEC での口頭発表は CEDEC2000以来実に17年ぶり!#CEDEC2017 in reply to o_ob 09:02:21