大口孝之氏講演 3D映像の歴史-再び失敗に終わらせないための失敗の研究-

はじめて芸術科学会の総会に参加するために、

はじめて東工大田町キャンパスCICを訪問。

そこで大口氏の基調講演を拝聴いたしました。

コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション/大口 孝之
昨年の6月、突然脳梗塞で倒れられて、CGの古い方々からカンパを集め、病床でのPC購入などお見舞いをし、その後見事にリハビリで復活されました。
http://ameblo.jp/akihiko/entry-10278973326.html

大口氏の肉声を聞くことができるとは。

さらに厚い講演です。感動ですよ。

以下、大口さんのすごさを伝えるために、私の速記を公開します。

実際には当時の映像が紹介されていますから、すばらしい資料収集能力です。

(なお一部の詳細はキネマ旬報4月下旬号に掲載されているとのこと)

大口孝之氏
3D映像の歴史-再び失敗に終わらせないための失敗の研究-

1920 アナグリフ立体映画の登場

1922~5年にかけて短編作品が作られた。
 「AudioScopiks」飛び出す映画
 アナグリフ方式、赤と青以外に青と黄色もあった。
 映画館の白色スクリーンが使えるという特徴。
 立体映画のライバルとしては、ワイドスクリーン、トーキー、2色カラー。
 世界大恐慌によって映画会社や劇場の開発投資はトーキーに集中。
 ★失敗の理由:立体映像のコンテンツが単なる見せ物に過ぎず、トーキーのインパクトに完全に負けていた。

パッシブステレオの誕生
1929年 エドウィン・ランドが偏光フィルターを実用化(車のヘッドライトのまぶしさ軽減に使うつもり、売れなかった)
1936年 ドイツ「Herotar」Zum Greifen Nah
1937年 ニューヨーク万博、ポラロイド「InTune with Tomorrow」
世界大戦のおかげで軍事機密扱いに。

シルバースクリーン、直線偏光フィルター、ポラライザーの原理

1935年 ソ連の裸眼立体映画
 視差バリアをつかった「ラジアルシアター」を考案。
1947年 戦後復活するが、視差バリアは暗いのでレンチキュラー方式で普及。
「ロビンソンクルーソー」(1947)、ゴーゴリ「五月の夜または身投げした娘」(1952)などカラー作品。

1950年代 第一次立体映画ブーム テレビの普及
ハリウッドが観客の減少に危機感を抱く。テレビでは味わえない環境を生み出さねば観客が劇場に足を運ばなくなる。
1920年代のワイドスクリーンと立体映画を比較
シネラマ式ステレオ式立体(3D)映画とパノラマ式立体映画(ワイドスクリーン)を比較している。

1953年 長編40本、短編68本
1954年 長編21本、短編5本
1954年 長編2本、短編1本
 ほとんどがパッシブステレオを採用。ブームは急速に収束した。
日本でも実は1953年に東宝初の立体短編映画を製作「飛び出した日曜日」、「私は狙われている」。
(「七人の侍」と並んで紹介されている)
東宝は軍と密着していたので独自のカメラ技術を持っていた。岩淵喜一が開発したトービジョンを使用。システムは1943年に完成していた。
★第一次ブーム失敗の原因
 映像のシンクロがずれる。複数の映写機が必要。→シングル方式の開発。
 昔はリールなので1本の長編映画で最低3回はフィルムチェンジがあった。その間毎回客の出し入れをしていた。そのためシンクロがずれていたまま上映していた可能性が高い。
 メガネが煩わしい。長時間の立体視が眼精疲労をもたらす。偏光メガネの生産が間に合わない、使い回しのメガネで病気がうつる(トラコーマなど、おそらく風評だが)という懸念。
 やたらとものが飛んでくるなど「飛び出し」を使う演出が陳腐、などなど。

 ライバルであるワイドスクリーンの成功
1952年「これがシネラマだ」シネラマ
1953年「聖衣」シネマスコープ
1954年「ホワイトクリスマス」
 幅2.59、レンズのみの交換で臨場感を出す方式が圧倒的に普及。

パートアナグリフ
1961年「骸骨面」どくろのメガネをかけるとその部分だけ地獄が見えるぞ、という演出。
1969年「飛び出す冒険映画 仮面忍者 赤影」『仮面をお取りください』という応援演出。

シングルシステムの登場
プリズムを無味あわせることで1台35ミリのカメラやプロジェクターでの撮影上映を可能にしたシステムが登場
1965年,1977年、上下が分かれたフィルムが成功。

ソ連「ステレオ70」
日本万国博ソ連館
70mm5Pのフィルムを左右分割したサイドバイサイド方式レンチキュラー方式ラジアルラスターによる裸眼立体上映とパッシブステレオの両方に対応。
ロシアではパッシブステレオの作品は未だに作られている。

■立体映画の絶滅を救ったポルノの流行
西側ではポルノの流行(とてもソフトのものだが、宗教的規制がなくなりレーティングが出来た)
一度は忘れられたパッシブステレオはポルノ映画として復活。
1969年「淫魔」10万ドルで作られた作品、興行成績2600万ドル(90億円) Stereo Vision 70
1972年立体ポルノスコープ「先天性露出狂」西ドイツ作品 Stereo Vision 70

第二次立体映画ブーム
1980年 米国の家庭にケーブルテレビが普及
「ゴリラの復讐」(1954)、「荒野の復讐」(1981)
超立体映画「ジョーズ3」(1983)
ほとんどがシングルシステムを使用、大半は出来の悪いB級~Z級映画ばかり。作品の質が保てず自滅。

時分割(アクティブステレオ)
最初に特許を取ったのは1898年、アメリカ
「Device for Obtaining Stereoscopic Effets in Exhibitiong Pictures」
1897年フランスでも特許が存在する
1922年モーターによる機械シャッター(ACモーターの発明者)1500回転/分のモーター
1930年ソ連 ブザーの原理で
1948年頃(情報求む)日本「清水式映画」清水武雄(霧箱の改良で有名な理化学研究所の研究者)
 観客の前に回転式シャッターを置いて立体視化する方式。
1953年 アメリカンテレビジョン研究所のウリセスAサナブリアが円筒形の回転式ビューアーにより実現。

1953年 3Dテレビの実験放送が行われる。NABの前身NARTBで公開実験。
カメラのレンズ前に半分が鏡になったガラス円盤を45度において回転。干渉には偏光メガネを使用。
淀川長治さんが日本人で唯一参加していたらしい。

1954-5年 3Dビデオ社 サイドバイサイド方式に分割してプリズム式ビューワーで干渉する。TeleVistaを考案。メキシコで実験放送を試みた。

透過性セラミックスを使うPLZTと偏光板を組み合わせ高電圧で高速に制御する電子式シャッター
1980年 米StereoGraphics(現RealD)

液晶シャッター方式の実用化
1981年 松下電器産業(現パナソニック)が立体テレビ用に試作。
1986年 ビクターシャープ松下立体VHDビデオディスクプレイヤー
1987年 任天堂と背が、ナムコ、タイトー、アーケードゲーム開発
失敗の原因は60Hzのフリッカー
1993年 レーザーアクティブ

三洋電機のチャレンジ
1987年 フリッカーレスLVプレイヤー NHK放送技術研究所と共同開発、120Hz化。液晶シャッターメガネをコードレス化。

1993年頃は国内でランダムドットステレオグラムやステレオ写真3Dのビデオソフトのブームがあった。
しかし新作の立体映画のようなキラーコンテンツがない。

シャープのチャレンジ
2002年 携帯電話 ムーバSH251iS 視差バリアによる裸眼立体液晶を搭載。
2003年 裸眼3D液晶搭載ノートPC Mebius
2006年 撤退:モジュールが厚くなる、視差バリアのために解像度や明るさが半分、3Dが横方向にしか対応していない。

IMAX 3D方式の登場
1985年 つくば博「ユニバース」
1990年 「ユニバース2」(大口さん)
1986年 「Transitions」
1990年 「野生よふたたび」
1883年 「Imagine」韓国 太田博の人間と科学館で上映された作品
1994年 「ブルーオアシス」
日本のIMAX3Dシアター 現在残っているのは「サントリーIMAX」だけ、年内撤退。フィルムIMAXは終了する。

第3次立体映画ブームのきっかけ
映画業界の提言
現在映画館に入っている7方式
RealD 円偏光、Zスクリーン
IMAX 加IMAX社2008年開発、IMAXと名がついているが別に大きいわけではない。床から天井までいっぱいにスクリーンを張り、客席傾斜を高めることで心理的に巨大にさせている。DLP CinemaProjector(2K)を2台使用。他の方式に比べて250%も明るい。イメージエンハンサーによりスクリーンをカメラで常時監視してサーバーにフィードバックして品質管理。
 なかなか人気で予約しないと観れない。国内は口コミで広がり109シネマズ川崎4館で運用(今後増える)。
Dolby3D Inifitec波長分割回転フィルターがプロジェクターの中に入っている
MI-2100 韓国マスターイメージ社。モーターで回転する円偏光フィルター、1578館も入っている。
XpanD スロベニアにX6D社が2008年にNuVisionの技術を買収、液晶シャッター方式、光効率17%、カラーバリエーションも豊富。デジタルプロジェクター1台、設置や移動が極めて簡単で30分で済む。
 ただし評判は悪い。電池と回路が入っていなどるが重い、液晶の質が悪い。シミが浮き出してくる。今後SONYやパナソニックと互換性をもつ予定。
Sony4K 4Kプロジェクタの左右を切り落とし上下分割。RealDのフィルタがついている。映写機を売るのはソニー、どうやら3DについてはRealD社と直接契約する必要があるらしい。
フィルム3Dシステム
 Technicolor社が2009年に開発。1960~80年代のオーバーアンダー方式と同じもの。スクリーン張り替え&レンズ入れ替えだけで済むので予算1/10で済む。世界で3000スクリーン目標。急速に普及。日本では富士フイルムが対応。

■再び一過性の流行に終わらせないためにも
 【見やすく疲労の少ない干渉システムの開発】
 メガネの存在を否定するのではなく、異空間への没入する儀式として必要なものとして位置づけ
 ただし液晶方式はどうかと。

 【普及の鍵を握る2D/3D】
(1)
(2)depthmap → displacement map
(3)3Dモデリング 見た目でモデリングし、オリジナル画像をプロジェクターで投影するように貼り付ける。
(4)ボクセル化による半自動処理 日本人いずみさん「AVATAR」で使われている、StereoD社が開発した独自手法。
(5)自動処理
 三洋電機のCID法(1995)SONYもにている、JVCの深度パターンを当てはめる方式(2005)、上の方は空、といった感じ。
 エンボス処理などのフィルターによる簡易表現、動画の時間差利用、輝度彩度暖色寒色などなど。

立体表現の演出的成熟
「感情移入と没入感は相反する」
 如何に周りの音がきこえてくるか→周りの音がきこえてくると邪魔
 DISNEY「ボルト」の"デプススクリプト"
  アクションシーンは深度深い、感情シーンは深度浅い

今後公開される主な3D作品
「ヒックとドラゴン」他(いろいろ紹介)

PCの電池が切れたのでこの辺でおしまいにしておきます。

なお、一部iPhoneでUst収録したものがあるのですが、大口氏の講演を保護するために公開はいたしません。

(相談してもらえれば一部見ることは出来るようにはしておきます)

杖を片手に世界中の映像技術を収集する、大口氏に愛の講演依頼を!