たとえ話数点

仕事のストレスが(略)。
着実に進めようと思っているのに、うまくいかない。
座ってる場所と能力が合ってない気がする。
コストもテクノロジーも解決しているのにスケール感が合わない。
組織の中で従順であろうとすればするほど、空転する。
まずは高校サッカーでたとえてみる。
カメラはエースストライカーを追っている。
その影で、バックスにもものすごくいい動きをしている子がいたりする。2年生?
確かに優秀なプレイヤーであればバックスでも優秀なのかもしれないが、
周りが見えていて、それだけの機動力があるのに、なぜそのポジション?
と監督の采配を疑いたくなる。
年功序列か?
ならば3年生をバックスに入れればよいのであって、
彼をそこにおいてバックスの経験を積ませることに何か意味があるのか。
サッカーにたとえると、違う点は、
「1点でも敵チームよりも多く得点すれば勝ち」というルールではないところかも。
そんな狭い相手で優越競ってどうする、
世界のステージで戦ってきた人間なのに。
…腐れていても仕方がないので気分を入れ替えて
執筆したり実家のペンキ塗りをしたりする。
ペンキ塗りは勉強になる。
ビートたけしの家もペンキ屋だった。
自叙伝も何作か読んだことがあるが、
父親のペンキ作業の話は非常に勉強になることが多かった。
まずペンキというのは基本的には二度と同じ色は作れない。
作業の段取りというものが非常に重要だ。
素人はまずペンキを塗るためにペンキから塗ってしまうが、
クオリティを左右する行程のほとんどは準備で決まる。
錆び落とし、掃除、乾燥、マスキング、下塗り、そして本塗り。
刷毛を使うかローラーを使うか。
2度塗り3度塗りするか、一度で決めるか。
塗っている最中だっていろいろ考えることはある。
ノビをとるか、乾きをとるか、仕上がりのムラをとるか。
同じ製品だって缶が違えば二度と同じ色は作れないから
塗料の残量を考えて作業しなければならない。
作業の後半だって、片付けを最小負荷で終了させるために
多くのテクニックがある。
ムダしていいなら、楽もできようものだけど、
塗料に関しては余裕があった方がいいが、
多くの場合、ムダを出さない作業方法ほど、美しく仕上がる。
美しく仕上がった表面を見るのは楽しい。
真っ白は特に難易度が高く、奥深い。
ホリゾン切ったスタジオのように
奥行きが感じられなくなるぐらい、真っ白。
今回学んだことは「前に塗った人間が見える」ということ。
いい加減にマスキングした塗装を次の塗装者がフォローできるわけではない。
サメとかダマとかホコリとかダレとかウキとか、
どれをとっても前の人間の塗装に影響する。
塗料の消費にだって影響する。
しかしペンキのことを知らない人を相手に
前の塗装者のせいにするわけにもいくまい。
自分だっていつも完璧に仕上げるわけでもないしな。
自分だってこのペンキがダメになる頃は、
誰がここを塗ったかだって思い出せないに違いない。
そのときにペンキが足らなかったんだとか、
日が暮れそうだったんだとか、そんな言い訳は思い出せないはず。
だからこそ、しっかりやらないとダメなんだと思う。
妥協のある仕事は伝染する。
なんかこんな事書いていたら、
自分が職人なんだなあということを再認識。
職人が博士持ってたりするから苦労するのか?
それともこれは東京限定なのか。
いいやちがうな
ゲーム業界で働いていた頃が懐かしいな。
ここに、一つの回答にたどり着くのに、
複数の経路がある課題があるとする。
「どの道を通っても良い」と言われているなら、
『速くて低コストな道』
『とにかく安全な道』
『いろんな寄り道が出来る道』
『誰も通ったことがない道』
どこを通りますか?
多くの仕事は道順なんて見えてない事が多いが、
それでも上司や周りとは、道の選び方が間違ってると
うまくいかないことも多いと思う。
4月ぐらいに向けて、何か大きな環境の変化が
来るような気がする。
(でないと自分が壊れそうだ)