存在しないストレス

ネットワークが重い。
ある中国人留学生が教室に居るときだけ重い。
言っておくが、私は中国人留学生全般に対して偏見など抱いては居ないが、
個別に言わせてもらえば、あの女子学生は駄目だ。
昼間はめったに見かけないし、
夜にフラーっとあらわれるし、
研究室にきても挨拶もしないし、
そもそも研修期間なのに何もやってない。
完全な落伍者だ。
まあそんなやつでも取れる学位は、紙と同然だ。
他のまじめにやってる学生がかわいそうだが、
それはそれ、個々人ががんばってるならそれが財産だろう。
というわけで見るからに頑張ってないので駄目だ。
なんというか、
「お前は駄目なやつだなあアハハ」
といってあげる友達も居ないのが痛い。
それはそうとネットが遅すぎる。
あいつのせいかどうかわからんが、
自分の脳内相関係数では0.9を超えてる。
どれぐらい遅いかというと、
・Gmailが開けない
・SVNでチェックアウトできない
・メールみてるとIMAPで既読にすることすらできない
つまり仕事にならない。
文句をBlogに書こうにも、ネットが不安定なので書いていて消える。
まるで口封じされたみたいだ。
というわけでテキストエディタに書いている。理不尽だ。
理不尽なようでいて、
世の中というのは得てしてこういうものだろう。
悪意は無いやつが楽しみ、一生懸命やるやつがストレスを感じるのだ。
タバコを吸うやつがいい気分になり、妊婦が汚い空気を吸う。
酒を飲んでいい気になって道路に吐いた汚物を、
いい気分で鼻歌歌いながら歩いていた歩行者が踏む。
捕鯨船を攻撃して正義漢面するやつがイルカと思えば、
火災になった捕鯨船を助ける環境保護団体もいる。
下っ端なのに滅茶苦茶ポジティブでも
リーダーが滅茶苦茶ネガティブなチームとか。
だから何。
そんなんでストレスを感じてどうする。
そもそも、それでストレスを感じるほうが負けだ。
誰も悪くない。
ただ、どっかに良識センサーが壊れたバカが居るだけだ。
もちろん、その「どっかのバカ」を片っ端から尋問して、
デスノートあたりに出席簿よろしく名前を列記してもいいだろうが、
その行為自体がバカだ。バカすぎる。
もしくは「ストレスを感じるやつが偶然そこに居合わせるのが悪い」、
と考えてもいいかもしれない。
そう考えれば
地球上、どこだって逃げ場が無い問題、かつ
自分がどうにかできる問題だけ真剣に取り組めばいいのだ。
もし、親切心でどっかのバカを助けるなら、
「喜びを持って」助けるべきだろう。
たとえば、春のこの時期に飲みすぎて、
電車の中で食べたばかりの何かを噴出しそうになっている
「とってもフレッシュマン」が居たりしたら、
『見てみぬふり』なんてするかもしれない。
しかし、電車の中は『共有空間』だ。
彼の爆弾が暴発したら、被害者は確実に自分を含む乗客だ。
そんなときは満面の笑みで彼を助けてあげよう。
手持ちのビニール袋を渡してあげるのもよい。
窓の開く席を教えてあげるのもよい。
ただ、笑顔が保てないようなヘルプはするもんじゃない。
たとえば、身を挺して彼の暴発を防いだり、片付けたり、という感じのやつだ。
ともかく、何かボランティアをして、ストレスを感じたり、
あとで彼のことを恨んでしまうような行為なんて、もってのほかだ。
そんなものは最初から「存在しなかったストレス」なのだから。
そう、こうやって、腹の立つ何かを整理して書いているうちに、
違法なダウンロードは終わっているかもしれない。
もしくは本人ごと警察当局にしょっ引かれているかもしれない。
つまり、タイミングが違えば、そもそも存在しなかったストレスなのだ。
世の中の悪がなくせない以上、
自分が交通事故にあわないように気をつけつつ、
自分と、自分が幸せにしてあげたい人だけ、幸せにしてあげればいいのだ。
世界中を幸せにするのためには、それしかない。