研究室をたたきなおす

朝からずっとFabien(博士の学生)とSimon(教授)でミーティング。
研究企画とかの推進会議。GTTというらしい…が実際にはもっとどろどろとした内容になった。
どろどろとした部分については、書いてもしょうがないので心のうちに留めておくことにする。
少なくともフランス語で、教授の間違いについて殴り合いをできるぐらいの能力は身に着けた、ということなのかな…。
言語の違いと文化の違いだけは考慮しないと、ただの「小うるさい外人研究者」になってしまうので注意が必要なのだけど、
Simonはこういう下克上トークはいきなり突っぱねたりしないので、まだ会話が成り立つ。
Fabienは私の言わんととしていることは理解しているし、そもそも彼の身の上にも関係のある話なので真剣だ。
結局、トイレも行かずに4時間ぶっ通しで話し合う。
結論はこうなった。
「日本式のゼミを立ち上げる」
まあ日本でもいろんな研究室を見てきた結果なのだけど、
やはり軍隊式といわれようとなんだろうと、週1、最低でも2週に1回ぐらいは、定期的に自分の進捗や研究の方向性について、みんなの前で話す機会が必要だ。
「自由だ」とか「自律で」とかいうのは幻想。
今の世の中、そうPC立ち上げてればマルチタスクでメールやらFireFoxやらが動いている環境…では、集中して何か成果を出さずに1週間すごすなんて容易。
毎週成果ゼロなら、1年いようが3年いようが、成果ゼロ。結果が上がらずスキルが下がれば精神は病むし、家族は不安になる。
進捗0.1でもいいから毎週「何かやってます」と言えるようにならないといけない。
それはそれできついことだし、準備のための時間や会議の時間も馬鹿にならないのだけど、それが「研究室で研究する」ということなのだと思う。
さらに、技術離れが日々進んでいく教授自身にも渇を入れさせてもらった。
結局、興味のある技術なり科学なりに日々取り組んでいないと、脳みそは止まってしまう。
何か面白そうな玩具を買ってきて、研究室においておけば何か結果が出る、なんてのは幻想。
何か面白そうな玩具を買ってきたら、真っ先に分解して、修理して、それから学生に渡して「試してみれば?」とか言うのがカッコいいし正しいはず。
先生は思いつきでものを言ってもいいかもしれないけど、「試してみろ」というなら自分がまず手を動かさないと、学生がだめになる、そして研究室がだめになる。
具体的な例えで言えば…
「『セカンドライフ』が面白いらしいぞ、これで何か作ろう」…とか気軽に言う。
そんなこと学生に試してみろなんていうなら、まず自分が『セカンドライフ』でお金が稼げるまで遊んでみるべきだ。
わたしはRichard君に連れてもらってやってみたが、1時間ぐらいで「fatigue」だ。
(ちなみにfatigueというフランス語は英語のtiredに近くて、「疲れた」、もしくは「飽きた」ってこと。)
普段の人生でも十分クリエイティブでハードなのに、ゲームの中まで同じことするなんて馬鹿げてる。
おまけにシステム利用料や税金まで払わされるなんて「テスト」の範疇を超えてる。
てゆか、普通にネトゲ中毒で学校来ない博士学生とか大量にいるって状況を知ってるんだろうか?
本当は、
(ここまで書いたら学生にOpenCVとVirtoolsの質問を受けて小1時間ぐらい執筆中断)
(さらにSimonに来週の火曜日に来る訪問者向けのデモをごりおしされて執筆中断&モチベーション低下)
…ここまでしてあげる意味って何だろうね、とか考えている自分がいる。
ダメな管理の挙句に研究室に学生がいなくなっても、誰もこまりゃしないんですよ、実際。
先生が一人でぽつねんと、好きな研究をやるだけです。
会社と違って誰かが借金抱えたりしません。
借金を抱えるとすれば、ダメな管理に付き合って、ダメ博士学生ライフを送った学生自身とかですね。
根底にあるのは人の問題なので、大きな研究室になればなるほど管理は難しくなりますしね。
それから学位の意味も謎。
座ってるだけで取れる学位に何の意味があるんだろう?
学位自身の価値が低下してしまうだけなのに。
努力なくして栄光なし。
努力なき栄光には毒しかない。
とりあえずゼミの立ち上げは進みそう。
5分程度の技術もしくは科学に関する「今週のアップデート」を各人が話して、それぞれの研究者のゴールについて全員が理解すること。
本当に当たり前のことなんですけど、まだまだ前途多難な気がするな…。
Fabienはよくわかってるし、味方になってくれているけど、立場が学生なだけに、根本的な問題にてこ入れができない。
…ここまでしてあげる意味って何だろうね、とか考えている自分がいる。
実名書くといろいろ問題があるので、「一般的な話」として書きますけど、
上司はこういうとき、
「これはコミュニケーションの問題」と理解していることが多い。
けど、正確にはコミュニケーションを上手に取れてないのは部下じゃなくて上司。
部下の立場で本人の辛さや悩み、取り組み、うれしさ、などを本当に理解していなかったら、
もっとも言ってはいけないタイミングで、言ってはいけないことを言ってしまう。
職場の雑用とかタダ働きとかは実際には「小さな問題」(でも生きるためには必要)で、
実際には部下より先に帰るときに、上司が部下に「何を言ってあげられるか?」というあたりなんだと思う。
部下が夜中まで残って仕事しなきゃならないのは何故なのか?
少なくとも「彼が好きで残っている」のか「終わらなくて、助けてほしい」という状況なのか、
どちらかを理解しないで毎晩、定時に帰り続けたら、コミュニケーションなんて無いようなものだ。
そう、家で一人で働いているのと同じ孤独を職場で味わうってこと。最低。
ぜんぜん全く同じ理由で、技術もそう。
コンピュータサイエンスにかかわる研究者について、少なくとも
『昔はねー、フォートランとかベーシックとかやったんだよ』
みたいなトークは、VBでもPHPでもRubyでもActionScriptでも挑戦してから言ってほしい。
Matlabでもいい。
これらは、少なくともフォートランやベーシックよりは上記の言語は楽になってると思う。
「忙しいから」を理由に科学/技術から離れるのは脳硬直の初期の症状だ。
プログラミングを1行も書かないで、学生を指導した気にならないでほしい。
別にプログラミングじゃなくてもいい、半田ごてでも、紙と鉛筆で数式や図を書くのでもいい。
クリエイティビティがどーとか、と他人に言うのであればまず自分のなかにクリエイティビティを保つべきだ。
はっきり言って30、40、50を過ぎた大人が、プログラミングを始めるのはきつい。
(30過ぎてフランス語を始めるのだって、きついけど)
でも、それ、その行為自身は、
何通かの「どうでもいい電子メール」をやっつけることよりも、
なんだかよくわからない理論をこねくり回して論文書いてみてリジェクトされるよりも、
よっぽど意味のある時間になるはず。
「えーそんな」と思う方は、ぜひ、脳の活性化を自分で試して味わってみるといいと思います。
そして、「30、40、50を過ぎた大人が、プログラミングを始めるための方法」を開発したらいいのだ、と思う。
よっぽど脳トレ買ってきて遊んでいるより意味があるはずなんだけど。